アマゾンのアパレル店あえなく閉鎖 革新的でも消費者の心つかめず
米アマゾン・ドット・コムは2023年11月9日、同社初のアパレル実店舗「アマゾンスタイル(Amazon Style)」を全店閉鎖した(写真:後藤文俊)
米アマゾン・ドット・コムは2023年11月9日、
同社初のアパレル実店舗「アマゾンスタイル(Amazon Style)」
を全店閉鎖しました。
【関連画像】アマゾンは食品スーパー「アマゾンフレッシュの新規出店を再開する」と発表
アパレルは米国でも「デジタルトランスフォーメーション(DX)があまり進んでいない業界だ」といわれますが、アマゾンスタイルは例外。アマゾンが持つ技術をいかんなく導入することで、店舗における商品選びから試着、そして購入へと至る顧客体験を刷新。アパレルにおけるDXの先進事例として注目を集めました。
●破壊的イノベーションを体現する先進店だった
そんなアマゾンスタイルの1号店がオープンしたのは22年5月29日のこと。
店舗があったのはロサンゼルス近郊グレンデール地区にあるショッピングモール(ライフスタイルセンター)「アメリカーナ・アット・ブランド(Americana at Brand)」です。2階建てで面積が約3万平方フィート(約840坪)もある立派な店構えが特徴でした。
そして22年10月18日には、
オハイオ州コロンバス北東部にあるショッピングモール「イーストン・タウン・センター(Easton Town Center)」に、
約2万8000平方フィート(約780坪)
もある2号店をオープンさせています。
アマゾンスタイルが革新的だったのは、店に並べた商品(サンプル品)に付いているQRコードをスマートフォンアプリで読み取るだけで、好みのサイズやカラーの商品を試着室に届けてもらえること。
一般的なアパレル店のように、試着する服を自ら試着室へ持っていく必要がありません。店内を回って気に入った商品のQRコードをアプリで読み取るだけで、試着室に商品が届き、自由に試せたのです。
試着室は1号店に40室、2号店にも36室あり、
部屋の空きを待つ順番待ちがほぼ発生しないというのも特徴の1つ。
セール期間などで仮に“満室”になっても、列を作って待つ必要はありません。
試着室が空いたらアプリにその旨の通知が届く仕組みだからです。通知が届いたら、試着室の鍵をアプリを使って解錠。
後は、スタッフが試着室に届けてくれた商品を好きなだけ試せました。
また、その日に購入しなくても、試着した服のデータがアプリに残るので、後でじっくり検討。
ネットから注文できる点も便利でした
(詳細は、「アップルストアより魅力的? アマゾン初のアパレル店で買い物してみた」でご確認ください)。
このようにアマゾンスタイルは、従来のアパレル店とは大きく異なる仕組みを取り入れており、
筆者の目には
「これぞ破壊的イノベーションを体現する先進店だ」と映っていただけに、オープンから2年で閉店となったのは残念です
実は閉店の前日(11月8日)、筆者はアマゾンスタイルを再度、訪れました。驚いたのは店舗に、お客はもちろんスタッフもほとんどいなかったことです。約840坪もある広い店内にいたのは筆者を含めてわずか4人。実に寂しい光景が広がっていました。 以前はお客が来店するとスタッフが明るい笑顔で挨拶してくれましたが、この日はそれもなし。本来は試着室へと商品を運ぶための専用エレベーターが、閉店で不要になったマネキンを搬出するのに使われていました。一方で、商品だけは以前と変わらず整然と並んでいたことが余計に寂しさを増していました。
●店を知ってもらうマーケティングがなかった
筆者が訪問したときに、唯一セールスフロアにいたレジ係が暇そうにしていたので、「閉店するのは残念ですね」と声をかけたところ、中東系で50代と思われるそのレジ係がカウンターから出てきて、思いの丈をぶつけるように話しかけてきました。 https://business.nikkei.com/atcl/gen/19/00381/112100050/p5.jpg 閉店が決まり、がらんとした店舗の奥にレジ係の女性がいた。
声をかけたところ、アマゾンに対する不満が口をついて飛び出してきた(写真:後藤文俊)
急な閉店で不満がたまっていたのでしょう。「この店が閉鎖される理由を知っていますか。マーケティングの失敗です。アマゾンスタイルにはマーケティングが、まるでなかったのです」などとまくし立ててきました。 この女性は開店当初から働いているとのことでしたが、「地元(グレンデール市)の人でも、アマゾンスタイルという店を知っている人はほとんどいません」などと嘆くことしきり……。 彼女の母国であり、著しい経済発展で知られるアラブ首長国連邦(UAE)の商習慣を引き合いに、
「来店したお客にコーヒーやドーナツを振る舞うなど、なりふり構わぬサービスをしてでも、アマゾンスタイルを知ってもらう努力をすべきだった」とも。
「アマゾンスタイルを知ってもらうためのマーケティングが、まるでなかった」という彼女の指摘はもっともで
、筆者も思い当たるふしがあります。
アマゾンが(22年までは)年に1回、
「プライムデー」という大規模なセールを実施していることはご存じでしょう。ネットだけでなく、アマゾンが開発した食品スーパー「アマゾンフレッシュ(Amazon Fresh)」などの実店舗でもセールを展開。大勢の客が詰めかける恒例行事になっています
しかしアマゾン系列の中でアマゾンスタイルだけは例外。プライムデーの時期でもセールやそのプロモーションは一切、しませんでした。唯一、22年の年末時期にインフルエンサーを呼んだイベントを開催したことがありましたが、大々的に告知をするわけでもなく、イベント開催を知っていた人もごく少数。 いくら破壊的イノベーションと呼べるような先進的なビジネスモデルを採用しても、店舗の存在が知られていなければお客は集まらず、ビジネスとして成り立ちません。 ●やや“特殊な店舗”になっていた アマゾンが、こんな初歩的なことが分からない会社だとは思えないので謎は深まるばかりですが、経営リソースの配分を変える決定が急になされ、そのあおりで撤退が決まったのではないでしょうか。 実際、11月9日にアマゾンは食品スーパー「アマゾンフレッシュの新規出店を再開する」と発表しています。これはつまり、アマゾンフレッシュを再スケールするために、ぱっとしなかったアマゾンスタイルへの新規投資は中止し、そのリソースをアマゾンフレッシュに振り向けるということだと思います。 生鮮品を扱う食品スーパーは、毎日の買い物の場になるとともに(生鮮品以外の商品の)ピックアップや返品拠点にもなる。つまり「アマゾンフレッシュの店舗は“多重活用”ができる戦略拠点になり得るが、アマゾンスタイルはそうではない」のです。 そしてアマゾンは既にロサンゼルスに展開するアマゾンフレッシュ3店舗を改装し11月11日に再オープンするなど、準備を加速しています。 その3店舗とは、アマゾンフレッシュ1号店であるウッドランドヒルズ店、アーバイン店、そして22年9月にオープンしたばかりで44店舗目となったパサデナ店です。 中でもパサデナ店は、アマゾンが開発した自動決済システム「ジャスト・ウォーク・アウト(Just Walk Out、JWO)」を撤去した一方、スマートカート「ダッシュカート(Dash Cart)」を導入しているという、やや“特殊な店舗”になっています。 アマゾンによると、こうした店舗改装は「(英スーパーマーケット大手テスコ元幹部の)トニー・ホゲット氏が指揮をとっている」とのこと。流通業界では、ホゲット氏がこのプロジェクトを進めるに当たり、豪食品スーパーのウールワースグループで役員を務めていたクレアーズ・ピーターズ氏を招へいしたことが注目されています
さて、改装されたアマゾンフレッシュは、作りたてのドーナツやアイスコーヒーの他、乳製品、スナック類、ホームケア、ヘルス用品など、2000アイテムを新たに導入しました。 バナナやリンゴ、オレンジなどを子供に無償提供する「フレッシュ・フリービー・フォー・キッズ(Fresh Freebies for Kids)」というサービスも提供。アマゾンフレッシュ初のセルフレジも導入されました。
●アマゾンフレッシュの生き残りは厳しいのでは
筆者はアマゾンスタイルを訪れた後、ついでにアマゾン・フレッシュ・パサデナ店も視察したのですが、ファサードに「グランド・リオープニング(Grand Reopening)」という横断幕が掲げられ、エントランス正面にはダッシュカートが配備され、スタッフがカートの使い方を説明しているなど、まさに「リニューアルオープン」というべき活気あふれる光景を目にしました。 一方で、以前あったJWOの入店ゲートは撤去されていましたが、天井に設置されたカメラやセンサーはそのまま残っているという不思議な光景も見ました。
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改装されたアマゾンフレッシュ・パサデナ店の店内。JWOの入店ゲートなどが撤去され、改装されていたが、天井に設置されたカメラなどはそのままだった(写真:後藤文俊) 面白かったのは、新たに取り扱いが始まったクリスピー・クリーム・ドーナツです。あくまでもテナントとして入店しているため、店内の他の商品のようにアマゾンアカウントや手のひら認証で商品を決済できる「アマゾンワン(Amazon One)」が使えず、クレジットカードなどで支払う必要がありました。
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パサデナ店での取り扱いが始まったクリスピー・クリーム・ドーナツ。テナントなので、アマゾンワンは使えなかった(写真:後藤文俊) また、精肉やシーフードは扱っていましたが、対面販売コーナーはなくなっていました。販売コストがかかるため、やめたのでしょう。 さらに、以前はアルコール売り場にスタッフが常駐していましたが、リニューアルでいなくなったようです。JWOを導入していたときは(商品を店舗から持ち出すだけで精算ができてしまうため)、アルコール売り場には購入者の年齢を確認するスタッフが必要でした。しかし、リニューアルで(無人販売でなくなったため)人員を配置する必要がなくなったのでしょう。またレジ横にあったイートインスペースは6台のセルフレジとダッシュカートの決済レーンになっていました。 価格を表示するプライスカードに「セール」の文字が目立つように配されるなど、価格訴求が強烈にされていたことも印象的です。それでも「集客には苦労するだろうな」というのが正直な印象。「アマゾンフレッシュの商品は安くない」というイメージが米国の消費者に根付いてしまっているからです。 アマゾンは数々の破壊的イノベーションを実現している先進企業ですが、破壊的イノベーション以上に「破壊的プライス」を提供できないと、アマゾンスタイルだけでなく、アマゾンフレッシュの生き残りも、厳しいのではないか。そうした印象が拭えない店舗視察となりました。 (構成:安倍俊廣)
後藤 文俊
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