74歳、余命1年半の宣告を受けた後、夫が衝撃告白。30年間隠され続けた真実とは

婦人公論.jp

(写真提供:新潮社)

 

 

 

 

今や結婚した夫婦の約3組に1組が離婚するという日本。離婚理由はさまざまですが、「不倫」が原因となることも。直木賞・柴田錬三郎賞を受賞した作家、唯川恵さんが話を聞いた方の中には、74歳にして夫の不倫を知った女性もいたのだとか。今回は、その74歳・郁代さんへのインタビューを3回に渡ってお届けします。出産後専業主婦だった郁恵さんは、バブル崩壊の影響で再び働くことに。大学時代に同じサークルにいた友人・晴恵さんが自身の仕事先を紹介してくれ、無事就職。そこで郁代さんは「なんとなく職場の人間関係がぎくしゃくし始めたんです」と言っていて――。

 

 

 

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◆社長との不倫の噂 

妻が働きに出ることで、夫婦関係は変わったのだろうか。 

最近は共働き夫婦が多く、家事も子育てもふたりで協力し合っていくのが当たり前となっているが、あの時代はまだ、男は仕事に邁進し、女は家庭を守る、という概念が根強く残っていた。妻が働きに出るのは構わないが、家事や育児に影響が出ない程度に、が夫側の条件だという話もよく耳にした。 「うちの場合、決まったらもう何も言いませんでしたね。夫は仕事の依頼があれば仕事をするけれども、そうでないときは業界の人と飲んでばかりでした。とは言え、そういうところから仕事に繋がっていく業種だということはわかっていましたし、元々家にあまりいない人だったから、特に問題はありませんでした。娘たちは安心して両親に預けられるし、仕事の方も私が買付けた商品がよく売れて、すべて順調でした」 それは何よりです。 「そのまま1年ほど過ぎて、すっかり働くことに慣れた頃に……なんとなく職場の人間関係がぎくしゃくし始めたんです」 何があったのですか。 「私は買付に出ていて、ほとんど店舗やオフィスにいなかったからよくわからなかったんですが、晴恵ちゃんから聞いたところ、どうやら社長が社内で不倫をしているらしいって話でした。確かに、年の割に雰囲気のある男性で、そういうこともあるかもしれないなって感じでした。社内では、相手は誰だって犯人捜しみたいなことも始まっていたようです。私は外回りが多いので、ほとんど関知していなかったのですが」

 

 

 何だか、悪い予感が。 

「ご推察の通り、いつの間にか相手は私ということになっていました」

 

 火のないところに煙は立たない、とも言われるが。 

 

失礼を承知で言わせてもらうが、思い当たるふしはなかったのだろうか。 

「社長とは時々一緒に仕入れ先に出向いたり、時には接待に同行したりもしていましたけど、それだけです。事実無根です」

 

 

 

 

◆後味の悪い結末 身に覚えはないと。 「もちろんです。聞いた時は本当にびっくりしました。どうしてそんなことになったのか見当もつきませんでした。最初は馬鹿らしくて放っておいたんですけど、噂はあっという間に広がって、店に顔を出すと、ついこの間まであんなに和気藹々だったのに、露骨に避けられるようになってしまったんです。小さい会社でしょう、こういう時、逃げ場がないんですよね。 それで晴恵ちゃんに相談したんです。彼女はすごく心配してくれて、ちゃんとみんなに説明しておくし、放っておけばじきに誤解も解けるわよって言ってくれたので様子を見ていたんですけど、状況は悪くなるばかりでした。半年近く経った頃、さすがに社長も問題視して、みんなの前できっぱり否定しました。私もそういう事実は一切ないって説明しました。でも状況は変わらないまま。ついには社長の奥さんの耳にまで入ってしまって」 大事になってしまった。 「そのうち、晴恵ちゃんからこんなことを言われました。もう不倫が本当かどうかの問題じゃないって。みんな、あなたのことが信用できなくなっているって。それに自分が紹介した人が原因で社内の雰囲気がぎくしゃくするようになっていることに耐えられないって、泣かれてしまいました。そんな晴恵ちゃんを見て、これ以上迷惑は掛けられないと思って、それで辞めることにしたんです。誤解を完全に払拭できなかったのは悔しかったけれど、もうどうしようもありませんでした」 後味の悪い結末でしたね。 「夫は私を信じてくれていたので、それがせめてもの救いでした。次の仕事を見つけて心機一転頑張ろうとしたんですけど、やはり3年ぐらいは引き摺りましたね。人が信じられなくなったし、陰で誰に何を言われるかと思うと怖くて。今も何かの拍子にあの時のことが思い出されて、嫌な気分になります」 生きていれば理不尽な扱いを受けることもある。 さぞかし悔やしい思いにかられただろう

 

 

 

◆余命宣告 

「あの、話はここからなんですよ」 不意に郁代さんが言った。 「ふた月ほど前のことなんですけど、実は私、余命宣告されまして」 えっ……。 思わぬ言葉に目を見開いてしまった。 「7年前に大腸がんが見つかったんですけど、その時は初期で、手術をして、ずっと経過は良好でした。だから安心していたんですけど、再発が判明したんです。もう肺にも肝臓にも転移しているとのことでした」 言葉を失ってしまう。 「そりゃあショックでした。孫たちの成人式くらいは見届けたいと思っていましたから。でももう手の施しようがないことがわかって、覚悟を決めました。もって1年半とのことです」 そうですか……。 「ただ、私以上に夫がショックだったようです。まさか私が先に逝くなんて考えてもいなかったんでしょうね、私以上に落ち込んでしまって」 何と言っていいものか……。

 

 

 

学生時代のこととか、家族の思い出話なんかをしていたんですけど、先日、あの時のことが思い出されて話をしたんです(写真提供:PhotoAC)

 

 

 

 

◆夫の告白 

「それでも最近は少し落ち着いて、夫ともよく話すようになりました。他愛ない話です。学生時代のこととか、家族の思い出話なんかをしていたんですけど、先日、あの時のことが思い出されて話をしたんです」 不倫の濡れ衣の話ですね。 「ええ、あの時はすごく辛かったけれど、あなたが信じてくれて嬉しかったって言ったら、夫が突然、私に頭を下げたんです。あの時はすまなかったと」 え、それはいったい。 「夫は晴恵ちゃん、もう呼び捨てでいいですよね、晴恵と不倫していたことを白状しました」 ええっ。 驚きの展開である。 「たまたま仕事先で顔を合わせて、久しぶりだから飲みに行こうとなって、それからだそうです」 いつ頃の話だろう。 「下の娘が生まれた頃ですね」 どれくらいの期間を? 「私に最初のがんが判明した時まで続いていたそうです」 ということは30年以上も。 「びっくりしたなんてものじゃありません、まさに青天の霹靂」 それはあまりにも酷い裏切りである。 「夫は、しょっちゅう会っていたわけじゃない、2、3か月に一度ぐらいとか言ってましたけど、本当かどうか。私の病気がきっかけで、これじゃいけないって思って別れたそうです」 もし病気が判明しなかったら、もっと続いていたかもしれない。だとしたら、言い訳にもならない。 「昔から遊び相手がいたのはわかっていましたけど、いつも玄人さんだったし、黙認してきました。それが悪かったのかもしれません。夫の話によると、晴恵は学生時代から夫のことが好きだったそうです。もちろん彼女にも家庭はあってお子さんもいて、互いに家庭を壊す気はなかったようなので、恋愛と言っていいものか、割り切って付き合っていたところはあったと思います。 あの就職の件も、バブルが崩壊して仕事が激減してしまった夫から、私が働きたがっている話を聞いて、晴恵は自分が勤める会社を紹介することにしたらしいです。夫は反対したようですけど、晴恵は話をどんどん進めて、もう止められなかったと言っていました」 だからあの時、ご主人はあまり乗り気ではなかったんですね。 「そういうことです。それにしても、不倫がバレたら困るのは晴恵なのに、どうしてそんなことをしたのか最初は理解に苦しみました。もしかしたら優位に立ちたかったのかもしれません。夫曰く、晴恵は学生の頃から私をライバル視していたそうです」

 

 

 

 

 

◆不倫の噂の真相

 彼女が学生時代にご主人を好きだったのなら、恋の恨みもあったのかもしれない。 「晴恵は私を自分の下に置くことで溜飲を下げるつもりだったんでしょうけど、実際に入社したら、私の仕事は順調で、社長も私を褒めるようになって、それが癪で、今度は辞めさせようと画策したわけです。それも恥をかかせて、追い出そうと」 つまり、不倫の噂は。 「ええ、晴恵が仕組んだことでした」 これまた驚いてしまう。 非常に陰湿な手口である。 が、女にはそういうところがあることも否定できない。執念深いというか逆恨みというか、憎む相手がいることで自分を奮い立たせようする。そんな女を、私も何度も小説に登場させて来た。 「それを知った夫は、そこまでやる晴恵に空恐ろしさを感じたようです。結局、それで尚更別れられなくなったと言っていました。別れたら、何をされるかわからない気がして、不安になったと」 それはそれで腹立たしい言い訳である。 ※本稿は、『男と女:恋愛の落とし前』(新潮社)の一部を再編集したものです。

唯川恵

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