バフムト、といい、
この南部といい、
”市街戦に持ち込むと、混とんとし、長期にわたります”
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ウクライナ軍反攻の天王山、トクマク攻防でロシア軍が仕掛けた罠
米国から供与されている榴弾砲はウクライナ軍にとって欠かせない武器になっている(写真は「M77」155ミリ榴弾砲の発射訓練、6月19日撮影、米陸軍のサイトより)
ウクライナ南部戦線、ザポリージャ州西部で、両軍ともに死命を決する攻防の真最中である。
この正面の戦いのウクライナ軍の攻撃軸(進攻経路)を、主要都市を繋ぐように俯瞰すると、オリヒウ~ロボティネ~ノボプロコピフカ~トクマク目標線である。 トクマク目標線という表現は、トクマクを含んだ東西のラインのことである。 ウクライナ軍のトクマク目標線までの攻撃軸とアゾフ海までの攻撃軸を詳細に見ると、それぞれ3つに区分される。 参照:JBpress『南部激戦地でもう一息のウクライナ軍、突破できればロシア軍瓦解へ』(2023年10月3日) トクマク目標線までの攻撃軸 アゾフ海・メリトポリまでの攻撃軸 (図が正しく表示されない場合にはオリジナルサイトでお読みください) このような戦いが続いている中、ロシア軍の内部情報として次のような内容の作戦行動がメディアに流れた。 「9月4日、ロシア軍のゲラシモフ軍参謀長は、トクマクの防御を犠牲にしてメリトポリとベルジャンスク防衛のためにロシア軍を温存したいと述べた」 「メリトポリでのロシアの防御を強化するため、ロシア軍をメリトポリに撤退させる」 この情報を要約すれは、戦術的要衝であるトクマクから早々に撤退して、メリトポリとベルジャンスクの守りを固めるということである。 これは、偶然に漏れて流れているのか、あるいは意図的に流されているのだろうか。 私は、意図的な意味合いが強いと感じている。怪しげなこの情報の狙いについて、戦術的な観点から考察する。 今、東部の戦線で、ロシアが攻勢を仕掛けているが、その考察については、近日中に投稿する予定である。
■ 1.ロシア軍側からトクマク撤退の情報
これまでに第1防衛線を突破してきたウクライナ軍は、これから第2、第3防衛線を突破して、トクマクの目標線まで進出しようとしている。 まさにその時に、戦いを立案するロシア軍のトップが、ウクライナ軍の攻撃目標にもなっている「トクマクから早々に撤退します」と発言するのは絶対にあり得ないことだ。 その情報がメディアに流れてくることは、意図的なものであると疑うのが自然だろう。 なぜなら、軍事作戦で最も難しいのは、撤退作戦だからである。 敵に背を向けて逃げるということは、精神的な観点からみれば、兵士は浮足立ち、我先に逃げようとして部隊が瓦解する恐れがある。 敵に向かって攻撃する時は、銃口と攻撃方向が一致するが、撤退する時には、銃口と進む方向が反対である。 したがって、銃口を敵に向けながら、自軍の後方に逃げなければならない。敵も逃げる方向も同時に見て行動することは非常に難しい。 撤退する時に、最後まで敵に接して戦う部隊は、最も精鋭の部隊が担当するものである。 だから、撤退を実行する直前まで秘匿しておかなければ、混乱が生じて、防御は簡単に瓦解してしまう。 守りの部隊には撤退を絶対に公表しない。漏らすこともない。 それなのに、今、ロシア軍作戦を担当するトップの「トクマクから撤退する」という情報が流れるのは、ロシア軍の情報戦である可能性が高い
■ 2.撤退情報を流すロシア軍の狙い
誰が、このような情報を流すのか。情報の通り、ロシア軍関係者なのか。それともウクライナ軍関係者なのか。 もしもウクライナ軍がこの撤退情報を流したとして、トクマクを占拠しているロシア軍が撤退し防御が瓦解する可能性は極めて低い。 そうであるならば、ウクライナ軍がトクマク撤退の情報を流した可能性は、ほとんどないといっていいだろう。 ウクライナ軍は、これまでも戦いの中で、このような謀略的な情報を流したことがない。 一方、ロシア軍がこの情報を流す理由や狙いは何か。 ロシア軍は、これまでも謀略情報を流すことが多々あった。 2022年2月24日の侵攻開始前に、ウクライナ国境から撤収するという情報を流すと同時に、貨車に積み込んだ戦車が東部に移動する映像を流した。 その後、侵攻を開始したのだ。 ロシア軍は、侵攻開始を嘘情報で隠そうとした。ロシア軍の作戦では、嘘情報を流すことは常套手段なのだ。 トクマク撤退の情報を流すことは、ロシア軍にとって有利に発展する可能性があることから、ロシア軍が謀略の一つとして流した可能性が高いと考えていい。
■ 3.ロシア軍がトクマクから撤退する情報の狙い
トクマクから撤退する情報が謀略情報であると考えるならば、そこにはウクライナ地上軍をトクマクに引きずり込みたい意図がある。 ロシアの地上軍がウクライナ軍をトクマクに引き込んだ後、どのような戦闘が予想されるのかを見積もると、その意図が分かる。 ウクライナ軍がトクマクに入ると、ロシア軍は市街地を利用した防御を行い、ウクライナ軍は市街地での攻撃になる。 市街地での戦いは、防御に有利であり攻撃には不利である。 なぜなら、市街地自体が大きく立体的な障害だからである。 さらに、トクマクの中央部を東西にトクマク川が流れており、市街地とともに河川を越えなければならない困難な障害もある。 市街地では、防御部隊はビルなどを利用して、敵の視覚的監視から隠れる(「隠蔽」という)、地下や堅牢な建物の中に入り敵の砲弾や銃弾の射撃から建物を利用して隠れる(「掩蔽」という)。 ビルの窓・屋上などあらゆる角度から射撃ができる。時には背後からも射撃ができる。 「森林は兵を飲む」と言われる。市街地も同じで、その地を占拠するには、多くの兵力・火力と時間が必要になる。 もしも、トクマクの市街地を攻撃することになれば、ウクライナ軍は障害だらけの地域に入っていくことになり、極めて不利になる。 この中で、すべてを占拠するのには、早くても数か月以上かかってしまう。また、大きな損害も出る。 1区画を占拠するのに、数日から数週間もかかるだろう
■ 4.バフムトでの借りをトクマクで返す
東部戦線のバフムトでは、飛行機事故で亡くなったプリコジン氏が率いたワグネル部隊が、蛮勇をもって、命を捨てることも恐れず、バフムトの端のところまで押し出して占拠した。 東から侵攻開始(2022年11月末頃)し、西端まで進みワグネルが撤退(2023年5月)するまでに、約6か月もかかってしまったのだ。 その間、プリコジン氏によれば、死者は2万人、負傷者は1万人という。 米国のジョー・バイデン大統領によれば、ロシアは10万人を失ったという。損害が大きかったにもかかわらず、目立った成果ではなかった。 ウクライナの損失は発表がないが、ロシア軍よりもはるかに少ない数のようだ。 この戦いでは、作戦戦術的に見れば、ロシア軍はウクライナ軍にバフムトという市街地に誘致導入されて長期間戦い、多くの損害を出したことになる。 一方、ウクライナ軍はこの間、米欧から供与された戦車・歩兵戦闘車などを装備した部隊が、準備や訓練を行う時間を得ることができた。 ロシアは、バフムトで戦いを優勢に進めたものの、得たものはバフムトを占拠することだけだった。 現在は、ウクライナ軍がバフムトを南北から包囲するように攻撃して、比較的優勢に進めている。 これらの戦闘のことを考えれば、意味のないものであった。 勝ち負けでいうならば、ウクライナ軍にとっては反撃の準備時間を得ることができ、ロシア軍はこの地で多くの損害を出して、失敗をしてしまったということである。
■ 5.トクマクよりアゾフ海を目指せ ウクライナ軍がトクマクへの攻撃を行えば、数か月以上もの期間がかかるだろう。 それから、都市メリトポリを攻撃すれば、その大きさから考えて、さらに半年はかかる。 ウクライナ軍は、それよりもトクマクやメリトポリに少ない部隊を充てて防御する部隊を拘束し、主力は妨害が少ない経路を利用してアゾフ海に進出することが望まれる。 トクマクやメリトポリをロシアから遮断して、その後、その内部の指揮所や兵站施設を破壊していけば、ウクライナ軍は大きな損害を出さずに占拠できるし、多くの兵を捕虜にすることができる。 作戦戦術的には、ザポリージャ州とへルソン州の2州とクリミア半島をロシアから分断することが何よりも望まれることだ。 もしも、分断ができずに、ウクライナ軍が疲弊してしまえば、ウクライナ軍はクリミアを占拠できないどころか、クリミアの入り口にさえも辿り着けなくなる。 この状況で戦況が固定してしまえば、クリミアを奪回するのに多くの時間がかかり、さらにクリミアを奪回できない可能性もある。 ロシア軍の作戦では、嘘情報を流すことは常套手段なのだ。 米国や欧州、日本のメディアは、局地的な戦いにおいても、ロシア軍が陰謀的な情報戦を行っていることを認識することが必要だ。
西村 金一