よくこんな映像を公開したものだ...」元空自情報幹部が指摘する「あまりにお粗末なサハリン(樺太)の軍備状況」と「あらわになったプーチンの強烈な虚勢」
米国の有力紙であるニューヨーク・タイムズ(NYT)など複数のメディアが4日、アメリカの当局者などの話として、「北朝鮮の金正恩(キム・ジョンウン)総書記が、今月10~13日にロシア極東のウラジオストックで開かれる予定の国際会議『東方経済フォーラム』に合わせてロシアを訪問し、ウラジーミル・プーチン大統領と会談する計画がある」と報道した。NYT紙については、金総書記は特別列車で移動すると伝えている。 【写真】ザギトワ「悲しみと憂いを帯びたスケーティング動画」を公表の謎... また、英国BBCの報道によれば、NYT紙の外交担当編集委員からの情報として、「北朝鮮の指導者の移動に関する業務を担当する安全保障担当者などの先遣チームが、先月末にウラジオストクとモスクワを訪問していた」ことを米政府当局者が察知したとのことであり、移動は特別列車で行われるだろうとしている。 つまり、これらにまつわる情報を米政府関係者がNYT社などにリークしたことが今回の報道のきっかけとなったのであろう。
ロシアは金総書記の訪露に肯定的
一方、ロシアのドミトリー・ペスコフ大統領報道官は、ロシア国営のRIAノーボスチ通信の質問に対して、「ロシアと北朝鮮の首脳が近く会談するという情報を確認していない。これについて話すことは何もない」としてコメントを控えた。 一方で、同通信は6日の報道で、中国国営の新華社通信の報道を引用する形で、「米国とその同盟国は、金総書記がロシアを訪問することによって、ロシアと北朝鮮が軍事安全保障の分野での協力をさらに強化する可能性があることを恐れている」と述べ、「北朝鮮とロシアの協力の強化は、韓国と米国の間の頻繁な軍事演習が北東アジアに新たな分裂をもたらしたことによって引き起こされたものである」と伝えた。 つまり、金総書記がロシアを訪問するのは、両国の軍事安全保障分野を強化するためであり、この要因を作ったのは米国とその同盟国が中朝ロへの対決姿勢を強めた結果であることを指摘したのである。 さて、この報道どおり、金総書記はロシアを訪問するのだろうか? おそらく、その可能性はあるだろう。なぜならば、それはプーチン大統領の強い要請に基づくものに違いないからである
プーチン大統領の焦り
今やウクライナによる激しい反転攻勢の防御のために、本来であれば攻勢作戦の最先鋭として温存すべき「虎の子の空挺部隊」を投入するなど、ロシア軍の苦戦状態が顕著になりつつある。 例年実施してきた各地域(軍管区)持ち回りの大規模軍事演習についても、昨年ロシアのセルゲイ・ショイグ国防相が今年の秋(9月~10月)に西部軍管区で「ザーパド(西部軍管区演習)2023」を行うと公言していたものの、どうやらウクライナからの攻撃に対する防戦に手一杯でその余力がないものと見られ、5日にはショイグ国防相によってこの演習中止が発表された。 その一方で、ロシア南西部に位置する南カフカス地方の旧ソ連構成国であり、ロシア主導の軍事同盟「集団安全保障条約機構(CSTO)」加盟国の(6ヵ国の一つである)アルメニアは、今月11日~20日の予定で同国内において米軍との合同軍事演習「イーグル・パートナー2023」を実施することが発表された。 プーチン大統領の焦燥感はいかばかりであるかは容易に想像がつく。
プーチン大統領の頭にある「日本への怖れ」
また、ロシア極東のサハリン(樺太)州においては、今月3日、今まで「第2次大戦終結の日」とされていた祝日が今年から「軍国主義日本に対する勝利と第2次大戦終結の日」との名称に改められ、メドベージェフ前大統領(安全保障会議副議長)らが参加して初めての記念式典が行われた。 この際、小規模な軍事パレードが行われ、その映像が公開されていたので筆者も見たが、モスクワの赤の広場で行われるような軍事パレードとは似ても似つかないものであった。 とりあえず、その辺の兵隊を寄せ集めて付焼刃的に行進訓練はしたのだろうが、礼服を着て先頭を行進している分隊規模の兵隊は閲兵専門の儀礼兵であろうと思われ、それなりに様になってはいたが、後に続く兵隊は、戦闘服を着てはいるものの背格好も年齢も性別もばらばらで行進時の手足もばらばら、という酷いものであった。 よくこんな映像を公開したものだ。これが現在のサハリン州におけるロシア軍の実態なのだろう。 独自の歴史観とその信念によってウクライナへの侵略者となったプーチン大統領は、現在のロシアの窮地に付け込んで日本が米国と手を組み、「北方四島を取り返しに来るのではないか」という疑念が頭から離れないのだろう。 この焦燥感が、ウクライナの劣勢に反比例して極東方面での日米に対する敵対的な態度を先鋭化させるという行動につながっているのだろう。そして、これが藁をもすがる形で北朝鮮への軍事関係の強化へと彼を掻き立てているに違いない
北朝鮮にとっては渡りに船だが...
その足元を見ているのが北朝鮮の金総書記だ。自国が経済的な窮地に陥っている現況で、このようなロシアからの秋波は渡りに船だ。自国の防衛に影響のない範囲で協力的な態度を貫き、兵器や兵員などについては最低限の供与で最大限の支援を引き出そうと画策するであろう。 しかし、7月25日の拙稿『金正恩「米・中露の二極化への深入り」を避ける狙いか…いま「変化めまぐるしい北朝鮮の動向」と「現役米国兵士が拘束中」という事態を“極めて注視すべき”と考える理由』で述べたとおり、現在まで北朝鮮はロシアに対する武器の提供を一貫して否定しているように、全面的にロシアに肩入れしてウクライナを巡る東西2極化に深入りすることで、この戦争が拡大した際に自らがスケープゴートとなって日米韓によって切り崩されることを金総書記は恐れている。そもそも、米韓の最近の軍事的圧力に鑑みれば、ロシアに対して最新のミサイルや(特殊部隊など)精鋭の兵士を差し出す余裕などないだろう。 したがって、もし今回の会談が実現したとしても、北朝鮮からロシアに供与される兵器や兵員は限定的となり、ウクライナ情勢を劇的に変化させるような内容にはならないであろう。一方、北朝鮮の核・ミサイル技術はすでにロシアからの技術者流入などによって、すでにかなりのレベルに到達しており、これ以上ロシアから最新の軍事技術を入手したとしても、通常兵器の技術基盤が貧弱な北朝鮮にとって、それが即座に兵器の近代化に結び付くようなことにはならない。これを生かすには、自国の経済力を大幅に強化する必要があろう。 以上のようなことから、もし今回、プーチン大統領と金総書記の会談が実現したとしても、露朝の軍事協力の枠組みが抜本的に変わることにはならず、日米韓に対する脅威が増大するような結果にはならないだろう。つまり、国力が衰え始めてテンパった指導者同士が会談しても、国際情勢の潮流を変えるだけの力はない、ということなのだ。 しかし、もし金正恩総書記が戦略的に有能な指導者であるならば、今回の訪露は中止するかもしれないが...。
鈴木 衛士(元航空自衛隊情報幹部
「よくこんな映像を公開したものだ...」元空自情報幹部が指摘する「あまりにお粗末なサハリン(樺太)の軍備状況」と「あらわになったプーチンの強烈な虚勢」(現代ビジネス) - Yahoo!ニュース