ロシア軍のT-72が壊滅状態の中、世界最強のウクライナ軍・レオパルト2が撃破されて分かった意外なこと
レオパルト2(Bundeswehr-Fotos, CC BY 2.0, via Wikimedia Commons)
6月10日、ウクライナのウォロディミル・ゼレンスキー大統領(45)は記者会見で、ロシアに対する反攻作戦がすでに始まっていると初めて認めた。12日にはハンナ・マリャル国防次官(44)がロシア軍から集落7カ所を奪還したと発表。ゼレンスキー大統領も同じ日のビデオ演説で「厳しい戦いだが、前進している」と述べた。
軍事ジャーナリストは「ウクライナ軍とロシア軍は、ドネツク州とザポリージャ州の州境で激戦を繰り広げていると見られています」と言う。 「ドネツク州とザポリージャ州は隣り合っており、共にアゾフ海に面しています。ロシアの民間軍事会社・ワグネルとウクライナ軍が激しい戦闘を繰り広げたバフムートや、アゾフ大隊がアゾフスタリ製鉄所に籠城したマリウポリはドネツク州に位置しています。もしドネツク州とザポリージャ州でウクライナ軍がロシア軍を駆逐できたなら、奪還を明言しているクリミア半島にアゾフ海沿いのルートで進軍することになるでしょう」 6月6日、ヘルソン州カホフカ水力発電所のダムが決壊。ドニプロ川で洪水が発生し、甚大な被害が出ている。決壊の原因としてロシアの爆破が疑われているが、ロシア軍が“洪水のメリット”を享受しているのは間違いないようだ。 「ヘルソン州の州都はヘルソンで、ドニプロ川に面しています。昨年11月にウクライナ軍はヘルソンを奪還し、ここを拠点に渡河作戦を計画していました。今、ウクライナ軍が猛攻を仕掛けているドネツク州とザポリージャ州はクリミア半島から見ると東側、ヘルソンは西側に位置しています。ウクライナ軍は半島のロシア軍を東西から挟撃する作戦だったのでしょう。ところが洪水の被害で渡河作戦が実施できないようなのです」(同・軍事ジャーナリスト) マリャル国防次官は11日、ロシア軍はヘルソン州から主力部隊を転戦させていると発表した。洪水のため渡河作戦を阻止する必要性がなくなったことから、激戦地であるドネツク州とザポリージャ州に兵力を振り向けたと見られている
ロシア版「大本営発表」
ノルウェーの地震研究所はダムが決壊した6日午前2時54分に地震の揺れを観測したと発表した。マグニチュードは1から2だったという(註1)。 この揺れの原因について研究所は「爆発が起きたことを示している」と分析した。また一つ、ロシアによる爆破を疑わせる“状況証拠”が出たということになる。 興味深いことに、ロシア国防省は同じ6日、ドネツク州でウクライナ軍を撃退したと発表した。戦果は何と、 《ウクライナ軍の主力戦車「レオパルト」8両を含む戦車28両と装甲車109両を破壊し、ウクライナ兵の死者は1500人》 だったという(註2)。にわかには信じがたい数字であることは言うまでもない。 ダムが決壊したのも、国防省が“大戦果”を発表したのも同じ6日。これが偶然だと考える人は少ないだろう。ウクライナ軍の反攻に右往左往していると考えるのが自然だ。 「もちろんウクライナ軍が無傷ということはないでしょうが、いくら何でもロシア国防省の発表は大げさです。オランダの軍事情報サイトORYXは12日の時点で4両のレオパルト2が破壊、あるいは放棄されたことが確認されたと発表しました。さらにORYXの担当者はCNNの取材に応じ、16両のM2ブラッドレー歩兵戦闘車歩兵戦闘車も破壊されたと明かしました(註3)」(同・軍事ジャーナリスト)
マラトクマチカの地雷原
ORYXはネット上に投稿された戦場の写真をチェックし、ロシア軍やウクライナ軍の被害を1つ1つ丁寧に確認している。そのため分析の評価は高い。 「ウクライナ軍が投入したレオパルト2は、A4とA6の2タイプです。A4は1980年代後半から90年代初頭まで生産され、A6は2001年に完成が発表されました。旧式型にあたるA4の防御力を考えると、ロシア軍に撃破されても頷けます。しかし性能に優れたA6でも地雷で被害を受け、擱座している写真もネット上では公開されました。原因としては訓練不足、攻め急ぎ、歩兵など他兵種との連携不足、といった可能性が考えられます」(同・軍事ジャーナリスト) Forbes JAPANは6月14日、「反攻での損失続くウクライナ、戦車などの大幅な追加供与訴え」の記事を配信し、最前線のレオパルト2がロシア軍によって撃破された様子を伝えた。 《マラトクマチカ南郊にあるロシアの地雷原突破を試みた8日の攻勢は、特に大きな損失を生んだ。第33機械化旅団と第47強襲旅団はこの際、13両中4両のレオパルト2A6、109両中16両のM2ブラッドレー歩兵戦闘車、6両中3両のレオパルト2R工兵車を瞬く間に失ったとされる
鹵獲を目論むロシア軍
「マラクトマチカはザポリージャ州にある村落です。ここでロシア軍が埋設した地雷原に先頭のレオパルト2が触雷。右往左往しているうちに、後方のレオパルト2も地雷にやられてしまい、戦車部隊が立ち往生したところを個別撃破されたことが写真から分かります。対戦車戦としては、歩兵の教科書に載っているような基本的な戦術をロシア軍が実施し、ウクライナ軍に対して戦果をあげたわけです」(同。軍事ジャーナリスト) ウクライナ側は、更に戦車が必要だと訴えているようだ。Forbes JAPANの記事には、以下のような記述がある。 《アンドリー・メルニク外務次官はドイツのテレビ局NTVに対し、独政府がウクライナへの供与を表明しているレオパルト2の数を現在の18両から3倍の54両に増やすべきだとし、「ウクライナ軍は、さらに多くの欧米製の戦車、歩兵戦闘車などの装甲車を緊急に必要としている」と語った》 とはいえレオパルト2のうち、2001年に完成が発表されたA6となると、やはりNATOにとって鹵獲は避けたい事態だという。 「ロシアはA6をぜひとも鹵獲し、まずは中身を調べたいでしょう。さらに戦果を誇示するプロパガンダに使いたいと考えているに違いありません。そのためウクライナ軍は『損害を受けたレオパルト2はできるだけ回収するか、それができなければ破壊する』ことを徹底する必要があるのです。そうしないと、今後の供与には及び腰になるNATO加盟国が現れても不思議ではありません」(同・軍事ジャーナリスト)
ロシア軍戦車の欠陥
何しろ戦車は貴重品だ。レオパルト2のA6だと1両で約7億円と言われている。戦車が敵軍の攻撃で被害を受けた場合、装甲回収車や戦車回収車と呼ばれる専用車両で最前線から後方に移動させるのが基本なのだという。 「第二次世界大戦の頃から、ドイツ軍もアメリカ軍も最前線で破壊された戦車はできる限り回収し、後方で修理して再び最前線に送り出しました。鹵獲されて敵軍の武器になるのが最悪のケースですから、どうしようもない場合は戦車の電気系統などを破壊し、走行不能にします。同じことを今、ウクライナ軍が求められているというわけです」(同・軍事ジャーナリスト) ロシア軍の主力戦車であるT-72やT-90に比べ、レオパルト2は“人命最優先”の設計思想で開発された。回収にあたって、そこがポイントになるという。 「ウクライナ軍が撃破したロシア軍戦車の写真を見ると、砲塔部分が激しく吹き飛ばされているものが目立ちます。これは“びっくり箱”と呼ばれる設計上の欠陥です。車体中央部に多数の弾薬を搭載しているため被弾すると誘爆し、砲塔が“びっくり箱”のように外へ向かって飛びだしてしまうのです」(同・軍事ジャーナリスト
修理が容易なレオパルト2
“びっくり箱”の爆発が起きれば、戦車は完全に破壊される。貴重な戦車と戦車兵の命が失われるわけだ。ロシア軍の“非人道的”な設計思想が浮き彫りになっているわけだが、木っ端微塵になるのだから、鹵獲の可能性だけは減る。 「レオパルト2がロシア軍に破壊された動画も公開されていますが、誘爆は起こさず安全に停車し、戦車兵が脱出する一部始終が記録されていました。とにかく人的損害を最小限にするというNATO側の設計思想が表れています。レオパルト2はダメージ・コントロールに優れているので、木っ端微塵に壊れるようなことはありません。しかし、その分、ロシア軍に鹵獲されるリスクは高いことになります」(同・軍事ジャーナリスト) 壊れにくいメリットも、もちろん存在する。回収に成功すれば、修理して再び最前線に送ることが容易だ。 「“びっくり箱”で完全に破壊されたT-72やT-90は修理のしようもありませんが、被害を最小限に抑えるレオパルト2なら、修理できる確率は飛躍的に高まります。そもそもロシア軍の侵攻時、ウクライナ軍はT-72やT-90を鹵獲して活用しました。乱暴な言い方ですが、敵軍の戦車を鹵獲にするにも、自軍の戦車を回収するにも、戦車を安全な後方に下げるという作業内容は同じです。NATO軍の信頼を得るため、ウクライナ軍は絶対にレオパルト2をロシア軍に渡すわけにはいきませんし、それは決して不可能な作業ではないのです」(同・軍事ジャーナリスト) 註1:ダム決壊は「爆発」ノルウェーの研究所が発表 決壊時間にM1~2の地震の揺れ観測(テレ朝news・6月9日) 註2:ロシア、ドネツク州で大規模攻撃阻止と発表 ウ軍反攻開始か不明(ロイター日本語電子版・6月6日) 註3:ウクライナ軍、米国製装甲車両16両失う 諜報分析(CNN.co.jp・6月13日) デイリー新潮編集部
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