中国のショッピングモールから「ハイブランド店」が消えている

クーリエ・ジャポン

2021年にオープンした上海のAIプラザ Photo: CFOTO / Future Publishing / Getty Images

 

 

 

 

 

デジタルが浸透した世界で企業はどう変化すべきかを解説したベストセラー『アフターデジタル』シリーズ。中国国内の事例が多数登場する同シリーズだが、出版から3年以上が経過し、中国ではさらなる変化が起きていた──。

 

著者の藤井保文氏による特別寄稿。

 

  【画像】世界観を「体験」する店舗

 

 

 

ショッピングモールに行ってみると…

最初に感じたのは「違和感」だった。 知人から「上海におもしろいショッピングモールができた」と聞いて、「AIプラザ」という最新の大型商業施設を訪れた。 「AIプラザ」があるのは上海のウエストバンドというエリア。もともとアートが盛んだったこのエリアは近年開発が進み、中国国営放送CCTVの上海事務所やテンセント上海オフィスが移転してくるとも言われており、上海の中でも最先端のビジネスとアートの融合を目指した場所へと変化している。 ショッピングモールに入ってまず驚いたのは、目の前に広がる「バスケットコート」だ。ショッピングモールの中で、若者がバスケに夢中になっている。 ​それだけではない。 上のフロアにはハーフパイプのようなスケートボードができるエリアがあり、こちらでも若者が滑ったり、その様子を動画で撮影したりしている。 立ち並ぶほかのテナントも特徴的だ。 目立っていたのは、フィギュアなどコレクター向けのおもちゃ店。中国では、コレクター向けのアートやおもちゃが、金銭的な余裕のある大人の間で特にここ数年人気を得ている。 さらには、 おしゃれなアパレルのセレクトショップも目を引いた。店舗は森をテーマに装飾されており、最先端のトレンドの洋服が並んでいた。 館内の案内図を見て「違和感」の正体に気づいた。ハイブランドをはじめとするブランド店がほとんど入っていないのだ。 通常、中国のショッピングモールには、日本の商業施設と同じように、シャネル、グッチ、ルイ・ヴィトンなどのハイブランドの店舗のほか、ナイキやアディダスなどのスポーツブランド、H&Mやユニクロなどが入っているのが一般的だ。 しかし、ここのショッピングモールには、そういったブランド店がほとんど入っていない。 いったいなにが起きているのか。 そこには、中国人特有の「買い物習慣」がある

 

 

 

 

ネットで買えるものはいらない

デジタル先進国とも言われる中国は、日本以上に「EC大国」だ。ジェトロ(日本貿易振興機構)の調査によれば中国のEC化率は43.9%。一方、日本は11.8​%となっていて、その差は歴然だ。 そんな「なんでもネットで買う」中国人たちは、もはや「お店で商品を見る」ことに価値を感じていない。 中国では返品も当たり前。買った服が気に入らなければ、すぐに返品すればいい。 日用品も、もちろんネットで購入する。食品だって近所のスーパーで簡単に注文できる。一定以上の金額であれば送料は無料だし、30分で自宅に届けるという店も多い。重い荷物を運ぶ必要もないうえ、決済も簡単。通常の買い物は、わざわざ店舗に出向くことさえ必要がなくなってきている。 「なんでもネットで買う」は日用品にとどまらない。 2017年、イタリアの高級車「アルファロメオ」が33秒で350台、しかもECだけで、「試乗ナシ」で売れたというニュースが話題になった。これは毎年11月11日に開催されるダブルイレブンという中国最大のECのお祭りで起きたことではあるが、ハイブランドであろうと、高級車であろうと、実店舗に人を呼ぶ意味が薄れていると言える。 デジタルで物を買うハードルが下がったのは、中国だけではない。実際、米国でも同じ傾向がみられていて、アパレルのGAPやヴィクトリアズ・シークレット、EVのテスラなど、実店舗を減らしたり設置しない方向に動いたりしている企業は多い。 そうなると、リアル店舗に求められるのは体験的な価値となる。「単なる買い物にとどまらない体験」を、消費者は求めているのだ。 バスケットコート、スケートボード、そして見るだけで楽しいおもちゃたち。先ほど紹介したショッピングモール「AIプラザ」は歩いているだけでワクワクした気持ちにさせられる。まさに「体験」を売っている。

世界観を「体験」する店舗

では、どういった店舗が「体験」を売ることができるのか。ポイントは「世界観を重視」することだ。 たとえば、中目黒にある「スターバックス リザーブ ロースタリー 東京」のような、ビルごとブランドの世界観が広がっている店舗。リザーブ ロースタリーは世界でもまだ6店舗しかないが、その2店舗目を置く都市に選ばれたのも上海だった。 ナイキも「ハウス オブ イノベーション」という、世界観が全開となった派手な旗艦店の1号店を上海にオープンさせている。 こうした世界観を重視した店舗には、顧客が「商品」ではなく、「体験」を求めてやってくる。EC化がますます加速するなか、これからは強い体験的な理由がないと実店舗に人が集まらなくなる。逆に実店舗に呼ぶことができれば、そのブランドの世界観を十二分に体験してもらうことができる。 上海にできた体験型のショッピングモールは、その最たる例だ。「実店舗」は「買う」場所ではなく、「体験」する場所に変わりつつあるのだ。

Yasufumi Fujii