日本も他人事じゃない…飲料水に含まれる「有機フッ素化合物」、米では新たな水処理に「約53兆712億円」予想も
(写真:Getty Images)アラスカの現地メディア『Alaska Beacon』より
水道民営化論など、昨今、わが国でも「水」について様々な議論が行われている。
ここ最近では、沖縄のアメリカ軍基地周辺の土壌や水源から高濃度で検出されている「有機フッ素化合物」(PFAS)が問題となっている。
PFASは飲料水や土壌など、あらゆるものに潜んでいる可能性があり、人体に重大な影響を及ぼす。
現在、アメリカではこの有害な化学物質について、
新規ガイドラインの作成が進められているという。
アラスカの政治・経済・金融に関する情報を中心に取り扱う現地メディア『Alaska Beacon』より翻訳・編集してお伝えする。
有害な化学物質(PFAS)は子供の服、土壌、飲料水にも
PFAS(有機フッ素化合物)と呼ばれる有害な化学物質は、子供の服から土壌、飲料水まであらゆるものに含まれている。こうした化学物質を規制することは、公衆衛生および環境衛生分野にいる研究者たちの長年の目標だ。
2023年3月14日、米国環境保護庁(EPA)は、
飲料水中のPFASの濃度を規制する最初のガイドラインとなるものを提案した。
このガイドラインは、
60日間のパブリック・コメント(公的機関が規則、又は命令といった類のものを制定しようとする際に、広く公に意見・情報・改善案などを求める手続きのこと)
を経て最終決定される予定だ。
ジョー・シャルボンネ氏は、
アイオワ州立大学の環境エンジニアで、水に含まれるPFASなどの汚染物質を除去する技術を開発している。
彼は、今回のこのガイドライン案は何を要求しているのか、水道事業者はどのようにこの要求を満たすことができるのか、そして、永久に残存し続けるとも思われる化学物質を米国の飲料水から排除するために、どれくらいのコストがかかるのかを以下のように説明している。
新ガイドラインの中身
PFASは様々な健康問題に関連しており、
常に環境および公衆衛生分野の研究者たちの焦点となっている。
このクラスの化学物質は数千種類あり、
今回の規制案では、
そのうちの6種類について飲料水への許容値を設定することとなる。
6種類の化学物質のうち、
PFOAとPFOSの2種類は、
いまや大量生産はされていないが、
これまで非常に広く使われていたことと、
分解が極めて遅いことから、
環境中によく残留している。
新しいガイドラインでは、
飲料水中のPFOAまたはPFOSの含有量を
1兆分の4以下であれば残留を認めるとしている。
GenX、
PFBS、
PFNA、
PFHxS
という他4つのPFASも、
より高い制限値で規制されることになる。
これらの化学物質は、
PFOAとPFOSの一般的な代替物質であり、
化学の分野では“いとこ”のような存在にあたる。
これらも人間の健康や環境に害を及ぼす。
すでにいくつかの州では、飲料水中のPFASの濃度について独自の規制値を設定しているが、
この新しいガイドラインが制定されれば、法的に強制力のある初の連邦規制値となり、米国全体に影響を及ぼすことになる
どれだけの水系が影響を受けることになるのか
PFASは極めて低いレベルでも有害であり、
今回、提案された規制値はその事実を反映している。
許容濃度は、
オリンピックサイズのプールに含まれる数粒の塩に匹敵するものだ。
米国内の何百ものユーティリティ企業(公共事業に関わる企業のこと)が、
提案された規制値を超えるレベルのPFASを水源に保有しており、
今回の新しい基準を満たすために変更を行う必要がある。
過去に多くの地域でPFASの検査が行われてきたが、
その多くは新しい検査を受けていないため、
保健当局は今後どれだけの水系が影響を受けるか、まだ正確には把握していない。
既存のデータを用いた最近の研究では、
自治体の飲料水の約40%が提案された濃度制限を超える可能性があると推定されている。
出生体重と満期妊娠の数が大幅に改善
飲料水からPFASを除去するために、ほとんどのユーティリティ企業が検討している主な技術は2つある。
活性炭とイオン交換システムだ。
活性炭は炭のような物質で、
PFASがよく付着するため、
水からPFASを除去する際に使用することができる。
2006年、ミネソタ州オークデールの町は、
水系に活性炭処理工程を追加した。
この水処理の追加により、PFASの濃度が大幅に低下しただけでなく、
変更後、そのコミュニティでは出生体重と満期妊娠の数が大幅に改善された。
イオン交換システムは、
PFASを除去することができる荷電粒子に水を流すことで機能する。
通常、イオン交換システムは、
活性炭で処理するよりもPFASの濃度を下げるのに優れているが、
よりコスト高であるという側面もある。
一部の都市では、より汚染の少ない代替水源を見つけるという選択肢もある。
これは、汚染を低減する上で素晴らしく低コストな手段であるが、環境正義(環境負荷が不平等にもたらされている状況を不正義だとする概念)における大きな格差を指摘するもので、より田舎で恵まれない公共施設には、このような選択肢はまずない。
総費用約53兆712億円の資産も。実現可能なのか
国の法律により、EPAが飲料水の最大汚染レベルを設定する際には、人の健康だけでなく、処理の実現可能性や潜在的な経済コストも考慮しなければならない。
提案された規制値は、
多くの水道事業者にとって確かに達成可能ではあるが、
そのコストは高くつくだろう。
連邦政府は、
水の処理に数十億米ドルの資金を用意している。
しかし、国全体の規制案を満たすための総費用は約4,000億米ドル(約53兆712億円)という試算もあり、
これは利用可能な資金をはるかに上回るものだ。
自治体によっては、
近隣の汚染物質排出者に処理費用の資金提供を求めるかもしれないし、
水道料金を値上げして費用を賄うところもあるだろう
PFASすべてが健康に害をもたらすものではない
EPAは、
規制案について60日間のパブリック・コメント期間を設けており、
その後、ガイドラインを確定することが可能となる。
しかし、多くの専門家は、
「EPAは今後、多くの法的課題に直面する」と予想している。
最終版の規制がどのようなものになるかは、時間が解決することになるだろう。
この規制は、
「米国が世界で最も質の高い飲料水を保有する」という“羨望の的である”ことの維持を目的としている。
研究者や保健当局が新たな化学物質の脅威を理解するにつれ、
すべての住民が清潔で手頃な価格の水道水にアクセスできる体制を整えることも重要となる。
これら6種類のPFASは、
健康への脅威をもたらすことは確かだが、
人の健康にとくに害のない可能性のあるPFASは、何千種類もある。
一度に1つのPFASを規制することで
“化学物質のモグラたたき”をするのではなく、
「PFASは化学物質の一種として適切に規制されるべきである」
という研究者や公衆衛生当局のコンセンサスが高まっている。
JOE CHARBONNET(ジョー・シャルボンネ) アイオワ州立大学環境工学科 助教授
化学物質の脅威から水を守る研究を行う環境エンジニア。
環境と工学的な水システムにおける汚染物質の今後、輸送、処理に焦点を当てた研究を行っている。
水生化学と技術に重点を置いたカリキュラムを開講している。
Alaska Beacon