シャープ赤字転落の原因、ディスプレイ工場「子会社化」の決断は正しかったか
シャープが7年ぶりに200億円の営業赤字に陥る。営業赤字は、経営危機で台湾・鴻海(ホンハイ)精密工業の傘下に入る前の2016年3月期(1619億円の赤字)以来の7年ぶりだ。
シャープは、液晶ディスプレイを生産する堺工場の運営会社「堺ディスプレイプロダクト(SDP)」を、2022年6月27日に完全子会社化した。
このSDPの完全子会社化が赤字の主因ではないかと言われている。
そもそも、シャープはSDP株の2割を持っていたが、残りの8割を海外ファンドから約400億円相当の株式交換で取得した。
もともとSDPは、シャープ傘下のシャープディスプレイプロダクトという社名で、2009年から稼働していた。
しかし、シャープは、堺工場への過剰投資により経営危機に陥っていた。そのため2016年に鴻海グループによる戦略的投資によって、シャープから切り離され、鴻海傘下となっていた。
その後、SDP株の過半は海外ファンドに売却されていた。
シャープは、2021年2月には残りのSDP株を全て売却する方針を発表した。しかし、売却先との交渉の結果、これは中止となった経緯がある。
今回のSDPの完全子会社化は、これと真逆の動きである。
シャープは、なぜ赤字を覚悟でSDP株を取得して完全子会社化を図ったのか?
なぜ再び液晶ビジネスの荒波にもまれる覚悟をしたのだろうか?
■ シャープの赤字と戴正呉氏の思い
市場関係者は、完全子会社化に懐疑的である。シャープの株価は現在約1000円と、鴻海の傘下になる前の水準だ。 シャープ再建の立役者は、戴正呉前会長である。 その戴正呉会長は、退任直前の2023年2月22日に、『シャープ 再生への道』(日本経済新聞出版)を出版した。同書とCEO退任時の「CEOメッセージ」を読んで、私は妙に腑に落ちた。 SDP子会社化の真意を、私はこう理解した。戴会長のシャープと日本ディスプレイ産業への「置き土産」だった――。 私は、シャープで太陽電池と液晶の研究開発に33年間従事し、その後、大学の教員に転職してからもシャープの液晶事業を分析してきた。それを基に、シャープに関する書籍を3冊出版している。その内の拙著『シャープ再建』(啓文社書房)は、約4年前に戴会長と面談したことを契機に、
その人柄とリーダーシップを分析したものだ。このため、私は妙に腑に落ちたのだ シャープの赤字と戴会長の思いを関連づけて、完全子会社化の疑問を紐解いてみたい
■ シャープ社長就任と黒字化への自信
戴正呉社長(当時)から面談の依頼があり、私がシャープ本社を訪れたのは2018年6月のことだった。
私は2016年3月に『シャープ「企業敗戦」の深層』(イースト・プレス)を出版していた。
その私に、シャープの再建について話を聞いてみたいと思われたようだ。
私は、戴社長と会い、持論である「すり合わせ国際経営」と「共創」の考え方を説明した。
戴社長は、シャープ社長就任の経緯と黒字化について以下のように述懐した。
「2016年8月27日に正式に社長に就任しました。鴻海からシャープの組織に入るのは私一人としました。(中略)回復に自信を持っていました。 正式に社長に就任してから2か月で黒字になりました。前の経営者がなぜ黒字にできなかったのか? 今でもわかりません」 インタビューは限られた時間だったが、戴社長の人柄に触れた思いがした。
■ 戴正呉氏の「清貧」さと創業者への傾倒
インタビュー終了後に、橋本仁宏社長室長から戴社長について聞いた。
「戴社長は、シャープの社員寮に住まわれています。
以前の旧本社近くの寮は、風呂・トイレが共同でした。
堺工場に新しい寮『誠意館』が建設されてからは、この社員寮に移られました。
新しい寮は個室に風呂・トイレが付いていますが、社員と同じ環境です」
まさに「清貧」な人柄である。
シャープの経費を徹底的に削減し、率先垂範する。
「戴社長は社員とのコミュニケーションを図るため、毎月メールで全社員に向けた『社長メッセージ』を送られます」 2階の会議室から階段を下りると、創業者の早川徳次氏の銅像や「経営信条」や、現社名の起源となった早川式繰出鉛筆(エバー・レディ・シャープ・ペンシル)が展示されていた。
私がシャープに勤務していた当時は、朝礼等で「経営信条」を唱和していたものだ。
「戴社長は経費削減のため、本社を堺工場内に移転した際に* 、創業者の早川徳次氏の銅像を旧本社から移設されました。
戴社長は、出勤時に、早川徳次氏の銅像に一礼するのを欠かされません。
シャープ社員でも、ここまでする人はいません」*
シャープの堺工場には太陽電池工場と液晶工場があった。
鴻海入りしていたSDPは2009年に別会社として液晶工場を運営している。
2016年4月に鴻海の傘下に入ったシャープは、同年7月、この堺工場に本社機能を移転した
■ 「創業の精神」を取り戻す“Be Original.”と「日本型リーダーシップ」
戴社長は、2016年11月1日にメールで全社員に向けた「社長メッセージ」で、
「創業の精神」を取り戻そうと呼びかけた。
「“Be Original.”については、(中略)新コーポレート宣言として、グローバルのお客様に訴求していくことを、本日、正式にリリースしました。(中略)私は、シャープが黒字化し、成長軌道へと転じていくためには、社内に『創業の精神』を根付かせることが、一番の近道だと確信しています」
“Be Original.”を新コーポレート宣言とした。
創業者早川徳次氏が醸成してきた「独自性」を尊重する企業文化を英語にしたものだ。
早川徳次氏は、創業のこころざしとして、次のように述べている
「まねしてくれる商品を出さないといかんといつも言ってる。まねしてくれるから世の中進歩していく」
「まねしてくれる商品」を出すのは、
シャープの「企業(組織)文化」である。
これをリーダーが継承することは、社員が納得してフォローしやすくなる。
私は戴社長と面談して、その人柄は社員寮に住むように「清貧」であり、
経営は創業者に傾倒し「創業者の精神」を取り戻そうとしていることを実感した。これは、非常に「日本的」だ。本報告では詳細な論議は省くが、これを「日本型リーダーシップ」と呼ぶこととした。
■ CEO退任にあたっての戴会長の思い
2020年6月に、戴氏は会長兼CEO、生え抜きの野村勝明氏は社長兼COOになった。その約2年後の2022年4月1日付で、戴氏はCEOを退任し、呉柏勲氏がCEOに就くこととなった。戴氏は、経営を支えるため1年間引き続き会長を務める。
戴会長は、
2022年2月18日の全社員向けメッセージで、
トップ交代人事と共に、
SDP完全子会社化について述べている。
「シャープが将来にわたって、より良い製品やサービスを提供し続けるためには、ディスプレイ関連技術を強化していくことが極めて重要であり、これが今回のSDP完全子会社化の前提となる考え方である」
「シャープでは、業績の安定化を目的に、SDPの持分売却を検討していたが、昨今の国際情勢や大型パネル市場の動向や、シャープの事業戦略などを勘案すると、いま、このタイミングで完全子会社化することが、将来のシャープにとって、必ず良い決断になると考え、今回の決定に至った」
「かつて経済産業省が主導した『日の丸液晶』は、シャープが参加しなかったことで、その構想が頓挫したが、私は日本の将来のためにも、日本にディスプレイ事業を残し、再び世界をリードしていくべきだと考えている。
かねてより、ディスプレイ事業を集結させた『日の丸連合2.0』の必要性を訴えてきた。今回のSDPの完全子会社化が、こうした動きを加速するきっかけになることを期待していている」
SDPの完全子会社化の理由として、ディスプレイの役割の高まり、
シャープのディスプレイ関連技術の強化、
更には、日本のディスプレイ事業を集結させた『日の丸液晶2.0』の必要性、を挙げている