マルコス元大統領の隠し資産 フィリピンとスイスの協力で返還へ
フィリピンの故フェルディナンド・マルコス大統領の独裁下で戒厳令の被害を受けた人々は、かつて元大統領がスイスの銀行に隠した財産の一部をもうじき補償金として受け取れる見通しだ。補償金の支払いには複雑な手続きが必要で不満も寄せられているが、今では独裁者資産回収の国際的モデルとなっている。
このコンテンツは 2015/04/13
swissinfo.ch
John Heilprin
補償金の支払いを求めている被害者の数は、予想の倍以上の4万7千人近くに上った。申請は5月30日まで受け付けているため、この数は今も増加中だ。支払いは来年までに行われる予定だ。来年は、スイス政府がマルコスの隠し口座を初めて凍結してからちょうど30年になる。
被害者が長い間待たされたことで問題は悪化したと、フィリピンの人権被害者補償請求委員会(Human Rights Victims’ Claims Board)はフェイスブック上に投稿している。
「つらい経験を蒸し返し、思い出すのはただでさえ難しいことだ。細かい手続きのためにそれを何度も繰り返さなければならないのは、本当に、本当に不愉快だ」と被害者のマーレット・マラシガンさんは書いている。「私たちは既に被害者なのに、今度は手続きの被害者にされる」
スイスは世界で先頭に立って独裁者の横領資産の返還を行い、18億ドル(約2163億円)をフィリピンその他の国々に返してきた。これは世界銀行の推計によると世界中で返還された資産50億ドルの3分の1以上に当たる。
この数字からわかるのは、資産回収に積極的な国がスイスのほかにはあまりいないということだと、各国の資産回収と腐敗撲滅を支援するバーゼル統治研究所のグレッタ・フェンナー所長は話す。
「スイスは孤独な戦いを強いられている。スイスだけではこの戦いを終わらせることはできない」
先陣を切って
秘密主義の伝統が染み込んだスイスはこの数十年、「世界中の汚い資金を洗浄している国」という汚名を返上しようと努力してきた。米国などから脱税や知能犯罪対策を強化するよう圧力がかけられたことも、透明性の向上につながった。
1986年にマルコスのスイス銀行口座を凍結して以降、スイス政府はこのような資金を正当な持ち主に返還するよう努めてきた。
「スイス政府が資産回収を始めたきっかけは、マルコスの件だ」とフェンナー所長。
「宣伝が目的だったのか、それとも腐敗との戦いに責任を感じたためだったのかは私にはわからない。しかしその頃には、資産回収は重要な問題だと政府が理解していたことは明らかだ」
政治的意思と150年以上に及ぶ2国間の緊密な協力体制に後押しされ、マルコスの件は解決に向けて進みだした。
スイスが凍結したマルコスの資産6億8500万ドルは「泥棒政権下にあった国に返還された額としては過去最大級」だと、スイス外務省のステファン・フォン・ベロウ広報担当官は説明する。
「これをきっかけに国際的な資産回収計画が始まり、今後の資産回収および不法資金の使用法について新たな基準が打ち立てられた。また国連腐敗防止条約の交渉にも直接的な影響を与え、条約では資産回収に丸ごと1章が充てられることになった」
資産回収を行うメリットは大きい。フィリピンにとっては、返還されたお金は困難だった時代を終わらせるのに役立つ。スイスにとっては、独裁者や独裁政権にスイスの金融センターを悪用させないよう本気で取り組んでいるというアピールになる。
横領された公的資金の返還には、通常は少なくとも数年はかかり、関係国間の情報共有と協力の度合いでその長さが異なってくる。また複雑な法的、金融的問題が絡むため、スイスは手続きの迅速化を目指した新法を制定してきた。
資産回収は現在、スイスの外交政策の優先課題となっている。「スイスはこの分野で世界のリーダーだ」(フォン・ベロウ広報担当官)
態度の変化
フィリピンに返却された6億8500万ドルの用途は、何年もの交渉と両国での裁判所の判決を経てようやく決定した。資金の3分の2は、1987年の憲法に則し、土地を持たない農民の利益となる農業改革に充てられた。残る3分の1は被害者への補償だ。
20年に及ぶマルコスの独裁政権下では、政敵が拷問を受けたり、即決処刑にされたり、失踪したりするケースが相次いだ。1972〜81年に戒厳令を敷いたマルコスは、不正行為を認めないまま、亡命先のハワイで89年に死去した。
マルコス政権を打倒したのは、ベニグノ・アキノ3世現大統領の母、コラソン・アキノ元大統領だった。スイスがマルコスの口座を凍結した同年、「善政に関する大統領諮問委員会」を設立した。
息子のアキノ現大統領は2014年2月、マルコス政権の被害者やその家族に補償金を支払う補償請求委員会を設立した。委員会は、支払いの前に請求の正当性を確認しなければならないため、スイス政府はその作業に必要な技術的支援を行っている。
前出の大統領諮問委員会でマルコスの不法財産回収を担当するアンドレス・バウティスタ委員長は、アキノ政権は16年6月の任期終了までにお金を配分したい意向だと説明する。バウティスタ氏はハーバード大学で学んだ弁護士で、アキノ大統領から委員長に任命された。
フィリピン政府はこれまでにマルコスの資産約40億ドルを回収している。大半はココナツ産業から略奪されたものだ。しかし政府は、あと最大で60億ドルものお金がどこかに隠されている可能性があると考えている。
また、失われた宝物が次々と見つかっている。例えば昨年、フィリピンの元大統領夫人の元側近が、3200万ドルのクロード・モネの絵画をスイス人のバイヤーに売ろうと計画したかどで投獄された。
「こういうことがあるので、私たちはスイスその他のヨーロッパ諸国に隠し資産がないかどうか、探し続けている」とバウティスタ氏。ただ、スイス政府からはフィリピン政府に対し、マルコスの隠し口座はこれ以上存在しないと話があったとも付け加える。
資産回収を巡っては、スイスのような富裕国がフィリピンの主権に干渉することになるのではないかという懸念が当初はあった。しかし、両国が共通の利益に基づいたプロセスを歩むにつれ、こうした懸念は消えていった。
バウティスタ氏は言う。「お金が被害者たちのもとに渡ることが望ましいとスイス政府は表明しているが、それが干渉に当たるとは私たちは全く考えていない。なぜなら、私たちもそう信じているからだ
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天皇皇后両陛下がフィリピン大統領と懇談 親密さ増す"令和流”丸テーブル
天皇皇后両陛下がフィリピン大統領と懇談 親密さ増す"令和流”丸テーブル
日テレNEWS
2月9日、天皇皇后両陛下は、来日中のフィリピン・マルコス大統領夫妻と会われました。その時のもてなしに “新しいスタイル”が見られました。このニュースについて、日本テレビ客員解説員の井上茂男さんに聞きました。
■先の大戦に対する思いから始まった懇談
天皇皇后両陛下は、2月9日、来日中のフィリピン大統領夫妻と会われました。マルコス大統領夫妻が皇居の御所に到着すると、両陛下が出迎え、笑顔で握手を交わされました。
宮内庁によりますと、天皇陛下はまず、先の大戦によりフィリピンで多くの人たちが犠牲になったことについて「残念でした」と述べ、「しかし、戦後、両国はそのような不幸を乗り越えて、国民間の交流を深めてきました」と話されたということです。 ――井上さん、このニュースをどのように受け止められましたか? はい。先の大戦で、フィリピンは、戦後しばらく、アジアの中で「対日感情」が最も厳しい国でした。陛下が最初に戦争のことに触れられたのは、当然の言及、と受け止めました。 注目したのは、中央に置かれた“丸いテーブル”です。
■両陛下でそろって――丸テーブルにのぞく“令和流”の思い
――丸テーブルですか? 去年11月、ポルトガルの議長夫妻やモンゴルの大統領夫妻を迎えられた頃から、この丸テーブルが置かれるようになりました。
それ以前は、御所に賓客を迎えた時には、陛下は大統領と、皇后さまは大統領夫人と向かい合われる形で、イスが左右に分かれて置かれていました。特に、コロナ禍では距離が取られ、賓客が遠い印象でした。
丸テーブルは“令和流”の新しいスタイルで、“賓客を2人そろってもてなしたい”“皇后さまと一緒に”、といった思いがあってのことと推測されます。 ――部屋のテーブルからもそうした変化が見えるんですね。 そうですね。一緒にテーブルを囲むというのが、何か柔らかい雰囲気を醸し出しているように思います。
■父親・マルコス元大統領は"異例"の国賓2回
1966(昭和41)年9月 国賓として来日したマルコス大統領夫妻を迎える昭和天皇
今回、天皇陛下とマルコス大統領とは初対面でしたが――
昭和天皇は、大統領の父、フェルディナンド・マルコス元大統領とイメルダ夫人を2度、「国賓」として迎えています。「国賓」は任期中に1度というのが慣例です。しかも11年の間に2度というのは極めて異例です
当時のスピーチで大統領自身が異例の歓待に喜びを語っていますが、2度目の晩さん会には、今の大統領の姉と妹も同行していました。それから半世紀近く。息子の大統領には両親の姿につながる特別な感慨があったと思います。両国のさらなる良い関係につながってほしいと願います。 ――コロナ禍も落ち着き、両陛下の国際親善がさらに進んでいくといいですね。
【井上茂男(いのうえ・しげお)】
日本テレビ客員解説員。皇室ジャーナリスト。元読売新聞編集委員。1957年生まれ。読売新聞社で宮内庁担当として天皇皇后両陛下のご結婚を取材。警視庁キャップ、社会部デスクなどを経て、編集委員として雅子さまの病気や愛子さまの成長を取材した。著書に『皇室ダイアリー』(中央公論新社)、『番記者が見た新天皇の素顔』(中公新書ラクレ)
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