英郵便局の一大冤罪事件をめぐり、英国で富士通にはげしい非難の声
北川 賢一日経クロステック/日経コンピュータ
「英国のメディアや議会が富士通を激しくたたいている。最悪の場合、10億ポンド(約1570億円)の補償金を支払わされる上に、偽証の汚名まで着せられかねない」。富士通の元役員は新年早々、電話でまくしたてた。富士通は英ポストオフィスが引き起こした一大冤罪(えんざい)事件に責任があると指弾されている。英ガーディアン、英BBCニュース、英コンピューターウイークリー、英ザ・レジスターといったメディアが続々と報じた。
富士通システムを信じ、職員を訴え
英ポストオフィスは英国有企業で全国に1万8000ある郵便局のリテール部門を担う。同社はHorizonと呼ぶ基幹システムの残高と郵便局の現金残高が合わなかったことを理由に、2000年から2014年にかけて736人ものサブポストマスター(郵便局長に相当)や郵便配達員を窃盗、横領、詐欺で訴え、有罪判決を受けたり弁償させられたりした人が続出した。その後の調べでHorizonのデータが間違っており、冤罪だという判決が出ている。
問題のHorizonを2000年に開発し、2003年から運用も請け負っているのが英富士通サービシーズ(FSL)。その前身は英ICLで富士通が1998年に100%子会社にし、2002年から社名をFSLに変えていた。
事件の節目になったのは、
英国高等法院(高等裁判所に相当)が2019年12月、ポストオフィスに対し、
550人の元サブポストマスターへ賠償金支払いを命じる判決を下したこと(日経コンピュータ2020年3月5日号の「動かないコンピュータ」参照)。
判決文に「Horizonシステムは使用開始後10年間、全くロバスト(堅固)でなかったし、その後も問題があった」と書かれた
さらに司法の誤謬(ごびゅう)の疑いを調査する独立機関、刑事事件再審委員会(CCRC)がポストオフィスとHorizonの問題を取り上げた。調査は8フェーズにわたって行われる。第1フェーズでは冤罪になった人たちから話を聞いた。
こうした中、ポストオフィスは2021年、FSLに4250万ポンド(約67億円)で運用サービスの契約延長をすることを決めた。これに対し、一部の英国会議員が「契約を停止し、富士通を精査すべきだ」と批判している。
富士通は事件が表面化した2009年から「当事者ではなくコメントできない」と沈黙してきた。係争の当事者はポストオフィスで、FSLは訴えられていない。しかし2020年11月、ロンドン警視庁は裁判でIT専門家証人として起用されたFSLの元社員について偽証に関する捜査を開始したという。
「開発を続けたい」と富士通が圧力
CCRCの調査は2022年10月から第2フェーズに入り、Horizonシステムと導入過程に焦点が当てられ、いつ、どこで、誰が、何を話し、何をしたのか、といったことを聴取した。その結果、新たな事実が明らかになりつつある。
Horizon契約の話が始まった1996年当時の労働党政権の元閣僚、元首相、元貿易産業省大臣をはじめ、ポストオフィス元幹部、ICLの元ソフト開発幹部や財務担当などの証人喚問が行われた。英メディアの報道によると、1998年、駐日英国大使と富士通副会長兼ICL会長が会談した後、駐日英国大使館は本国に書簡を送った。その内容は、トラブルが続いていたHorizon開発プロジェクトについてポストオフィスがICLとの契約を解除した場合に「英国の雇用と二国間関係に重大な影響を及ぼす」と警告するものだった。
同プロジェクトの費用は当初予算の3倍、6億ポンド(約940億円)になっており、富士通副会長は「契約を失った場合の(富士通側の)損失をカバーできない」と富士通の国際的な地位の失墜とICLの崩壊を訴えたという。
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北川 賢一(きたがわ・けんいち)
新聞社・出版社を経て、1983年から日経コンピュータ記者。日経ウォッチャーIBM版と日経情報ストラテジーの2誌を創刊し、編集長を務める。現在は日経クロステック兼日経コンピュータ編集