もはやゼロコロナをやめても中国経済の凋落は不可避...習近平「Dの四重苦」とは?
<不動産不況による需要減と債務、米中分断、少子高齢化という難題。中国経済の足を引っ張る「4つのD」を読み解く>
マンション建設を進めていた不動 産大手・中国恒大集団は経営難に BLOOMBERG/GETTY IMAGES
先の中国共産党第20回全国代表大会で、習近平(シー・チンピン)はついに従来の慣例を破り、総書記として異例の3期目に突入した。そして党の最高指導部である政治局常務委員会から汪洋(ワン・ヤン)などの改革派を一掃し、自らに忠実な男たちで指導部を固めた。
これが中国経済に、そして中国と世界各国の貿易関係に暗い影を落とすのは必至だ。象徴的だったのは、党大会の閉会式で自身の前任者・胡錦濤(フー・チンタオ)を無理やり退席させたこと。胡は鄧小平直系の改革派だ。 その人物の無念の退場は、40年ほど前に鄧小平が始めた「改革と開放」の時代の終焉を予感させた。党大会ではいわゆる「ゼロコロナ政策」の継続も確認された。むろん、その社会経済的なコストは莫大だ。 党と政府がゼロコロナにこだわればこだわるほど、中国経済は首を絞められることになる。しかし、それを中国経済の直面する最大の問題とみるのは間違いだ。たとえ習が明日ゼロコロナ政策を撤回しても、既にそのせいで生じてしまった損害は回復できない。 そもそも経済は、習の命令ひとつで動かせるものではない。一部のエコノミストは依然として中国の潜在的な成長率を年率8%程度と見積もっているが、その実現は不可能に近い。
なにしろ今の中国経済は「4つのD」に足を引っ張られている。
デマンド(需要)、
デット(債務)、
デカップリング(切り離し)、
デモグラフィー(人口動態)
の4つだ。
以下、この4つのDを個別に検討してみよう。 <デマンド(需要)> たとえゼロコロナ政策をやめても、中国の輸出品に対する国外の需要が増えるとも、内需の持続的拡大が促されるとも思えない。来年いっぱい、中国には世界経済の減速と外需の減少による輸出の伸び悩みという強い逆風が吹き続けるだろう。多くの国ではインフレが進んでいるし、新型コロナの爆発的感染で急増したマスクや使い捨て注射器などへの需要が減っているからだ。 世界銀行によると、中国の輸出額の対GDP比(サービス部門を含む)は、2006年の36%から21年は20%へと減少している。後者の割合は中国がWTO(世界貿易機関)に加盟した01年とほぼ同水準だ。また今後5年間は、不動産市場の混乱に起因する内需の慢性的低迷が経済成長の足かせになる。住宅価格の調整は政府による介入のせいであまり進んでいないし、住宅の販売戸数も減少傾向にある
中国人は「貯蓄どころではない」
不動産市場の低迷は鉄鋼や木材、化学製品などの建築資材や、家電・家具・什器などの耐久消費財の需要を抑制し、その影響はさらに広範囲に及ぶ。政府の政策的支援でも不動産価値の下落を防げなければ、住宅価格の下落と連動して総需要も減るだろう。 結果として企業収益は収縮し、経済のあらゆる部門で信用破綻のリスクが高まる。その兆しは既にある。中国の鉄鋼メーカー247社を対象とした調査によると、黒字企業の割合は今年、第1四半期の84%から大幅に減少し、第2四半期には15%だった。 中・大手企業の約32%は5月段階で赤字を計上している。国内最大の鉄鋼生産地である河北省では今年、鉄鋼メーカーの38%が採算割れとなり、1~5月に計65億6000万元(約1300億円)の損失を計上した。昨年同期の損失の5倍以上だ。3期目の習政権では、赤字になった中国企業は従来のような支援を受けられず、そのまま破綻する可能性が高い。 現に2015年以降は、中国でも不採算企業はさっさと破産させ、法的な手続きを経て再建または清算の道を探る例が増えている。また不動産市場の混乱は地方政府と家計の双方を直撃する。前者では債務の拡大が進み、後者では消費が抑制されるからだ。当然、国内の総需要は増えにくくなる。 地方政府は今でも歳入の多くを土地使用権の収入に依存しており、今年8月現在で予算に計上された歳入の9割以上を占めていた。しかし今年は不動産市場の混乱により、8月までの土地使用権譲渡収入による歳入が前年同期比で28・5%減の3兆3700億元(約66兆円)に落ち込んでいる。一方で新型コロナ関連の医療費や高齢化に伴う年金などの歳出は増える一方だ。 <デット(債務)> 習近平がトップに立った2012年以来、中国政府は需要喚起の経済改革に腐心してきた。しかし習政権が3期目に入っても、供給(投資)に過剰依存する中国経済を需要主導型に転換する取り組みが成功する気配はない。 なぜか。中国の人たちが多額の住宅ローンを抱え、それが消費を抑制しているからだ。中国人は貯蓄に励むという評判が、かつてはあった。しかし今は、貯蓄どころではない
リスク管理を後回しにした「ツケ」
9月段階で、中国の家計負債の総額は名目GDPの62.4%に達していた。中国人民銀行(中央銀行)の報告書によると、19年時点でも住宅ローン(中国では物件の完成以前に組まれ、返済が始まる例が多い)が家計負債の75%以上を占めていた。 今年6月末時点では、住宅ローンの残高は39兆元(約770兆円)近くに達している。住宅ローンの負担が重ければ、当然のことながら消費に回せる資金は減る。手元資金が足りなくなれば、庶民は消費者ローンで資金を借りる。 今年6月末時点で、消費者ローンの残高は総額17兆元(約335兆円)弱にまで膨らみ、住宅ローン残高の40%以上に達していた。これとは別に懸念されるのは、いわゆる「一帯一路」構想に基づく大規模なインフラ建設事業に関連する諸外国への貸し付けだ。 中国の金融機関が諸外国に融資した資金の4分の1(約940億ドル相当)は既に返済が滞り、債務再編の交渉が始まっている。「一帯一路」は習政権の看板政策であり、だからこそ金融機関の多くは積極的に融資に参加し、そうすることで党と政府への忠誠心を示そうとした。 政治的配慮に基づく融資だから、リスク管理は後回しにされた。そのツケが、いま回ってきた。債務不履行となった場合に、中国の金融機関が当該国の鉄道や港湾を差し押さえたらどうなるか。 中国の融資は略奪的で、途上国を「債務の罠」にはめるだけだという悪評が一段と広まるだろう。逆に、債務再編や返済免除に応じれば中国の金融機関が損失をかぶることになる。国際的な信用の毀損と国内の金銭的損失のどちらを選ぶか、中国政府は難しい選択を迫られる。 いずれにせよ、財政で国内の需要を刺激したければ、手っ取り早いのは公債の発行を増やすことだ。現に国務院(内閣に相当)は地方政府に対し、総額5000億元(約10兆円)の特別目的債の発行を10月末までに完了するよう指示していた。 また個々の開発政策に関わる3000億元(約6兆円)の融資計画に加え、さらに3000億元の支援も決定している。その原資も公債の発行だから、地方政府の借金はますます増えることになる。 金融政策での対応も難しい。日本を除けば世界は金融引き締めの方向に進んでいるから、中国政府としても低金利政策で需要を刺激するオプションは採りにくい。経済活性化のためとはいえ、中央銀行が大胆な金融緩和に踏み込むのは容易でない
アメリカの輸出規制に対して弱い中国勢
中国人民銀行は既に、政府系銀行の融資能力を高めるため、担保補充貸出(PSL=金融機関への中長期の貸し付け)を再開している。具体的には9月に国家開発銀行と中国農業発展銀行、中国輸出入銀行に対して、総額1082億元(2兆1300億円)をPSLで注入した。 こうした国を挙げての景気刺激策は、インフレの抑制に必死な欧米諸国の対応と衝突するリスクをはらむ。 <デカップリング(切り離し)> 需要の低迷と債務の増大に加え、中国は自国の経済と西側、とりわけアメリカ経済とのデカップリングの可能性に備えるという難題に直面している。 もちろん、中国と欧米のデカップリングが貿易や投資の即時かつ完全な停止という形で起こる可能性は低い。しかし習が軍事力による台湾の「再統一」も辞さない構えである以上、中国経済を欧米の厳しい制裁にも耐えられるようにしておく必要はありそうだ。 もちろん中国も、既存のグローバルな金融システムから排除されることを望んではいない。しかし人民元を基軸とした代替的なシステムの土台を築こうとはしている。この新たなシステムには、中国の金融機関だけでなく諸外国や国際機関も参加する独立した決済ネットワークが含まれる。 さらに、中国はデジタル人民元を利用した金融のデジタル化を急速に進めてもいる。こうしたシステムに十分な数の国が参加すれば、欧米の制裁による影響をかなり相殺し、中国の地政学的な影響力が強まる可能性はある。 しかし、いかに習の権力が絶大でも、世界中をドル経済圏から離脱させることはできない。中国主導の代替システムはまだ能力も範囲も限定的だから、少なくとも現時点では、欧米の強力な制裁から中国経済を完全に守るには不十分だ。 一方、テクノロジーの分野では既に中国と欧米の間で、技術標準の違いやサプライチェーンの分断などが生じつつある。しかし現状では、アメリカの輸出規制に対して中国勢は弱い。 あの華為技術(ファーウェイ・テクノロジーズ)も、アメリカの制裁措置によって昨年の売上高は過去最悪の減収となった。生き残るために、同社は収益性の高いスマートフォン事業を政府系の企業連合に売却した。 そして最先端の技術は諦め、アメリカによる輸出規制の対象にならない程度の半導体や技術を用いた製品で新たな市場を開拓しようとしている。アメリカの輸出規制強化で、中国企業は欧米の先進技術にアクセスしにくくなった。 8月時点でも、米商務省のエンティティー・リスト(取引制限リスト)には約600の中国企業が登録され、うち110社以上はバイデン政権の発足後に追加されたものだ
迫りくる高齢化社会
また10月になって、新たに31の中国半導体関連企業がエンティティー・リストの前段に当たる「未検証リスト」に追加されている。伝えられるところでは、バイデン政権は最先端の人工知能(AI)や量子コンピューティング技術への中国のアクセスを制限するため、さらなる輸出規制の拡大も検討している。 <デモグラフィー(人口動態)> 需要と債務、デカップリングは3期目に入った習政権にとって喫緊の課題だが、中国経済を長期的に脅かすのは人口動態の変化だ。今はまだいいとしても、この先には「人々が豊かになる前に高齢化が進んでしまう」問題が待ち構えている。 人口動態が中国経済に与える直接的な影響は2つある。まずは労働人口の減少と人的資本の喪失により、人件費が他国に比べて安いという中国の魅力が失われ、長期の成長可能性が損なわれる点。 第2は、社会全体の高齢化の進展により、年金や福祉に関する国の歳出が増えることだ。人口動態の変化自体が必ずしも危機を招くわけではないが、適切な政策を打ち出さなければ成長力は阻害される。これは中国に限ったことではなく、どこの国でも同じだ。 中国では20年に、出生率が過去60年ほどで最低のレベルまで落ちた。生産年齢人口は既に減少しており、人口も数年以内にピークに達する見込みだ。婚姻率の低下と子育て費用の高さも、人口の減少と労働力の不足を招く重大な要因となっている。 中国で第1子を18歳まで育てる費用の全国平均は、1人当たりGDPの全国平均の約7倍に当たる48万5000元(約950万円)。ちなみにアメリカでは1人当たりGDPの4倍程度だ。 北京や上海の子育て費用は全国平均の2倍近くで、農村部の平均に比べると3倍以上。経済的に無理なく子育てできる支援を政府が行わなければ、3人目の出産を解禁した習政権の2期目の政策にも国民はそっぽを向くだろう。 中国は高齢化社会の到来にも対処しなければならない。そのために政府は00年8月に、年金の原資が不足する事態に備えて全国社会保障基金を設立した。 21年段階で3億人が給付を受けていたが、既に資金の不足額は約7000億元(約14兆円)に上るとみられ、今後5~10年で約8兆~10兆元(約157兆~200兆円)まで膨れ上がる可能性がある。国務院は17年、国有企業や国有銀行の株式など、一部の国有資産を基金に移して資本を強化した
今後も一筋縄ではいかない米中関係
さらに20年までに93の政府系企業や金融機関から計1兆6800億元(約33兆円)の国有資産を基金に移した。こうした措置を講じたにもかかわらず、政府系研究機関である中国社会科学院の推定では、都市部における労働者の年金基金の残高は、政府の追加的な資金注入がなければ35年までにゼロになってしまうという。 かくしてDの四重苦が、3期目に突入した習を苦しめる。内政でも外交でも、経済の国有部門でも民間部門でも難問が山積だ。しかも中国経済の(そして中国と西側諸国との関係の)未来は、市場の力よりも習による内政の舵取りに大きく左右される。 むろん、まだ経済再生の道は残されている。習政権が内政をリセットして経済重視に舵を切り、以前のような「改革と開放」の路線に立ち戻り、外交面では挑発的な言動を控えて西側諸国との真摯な対話を復活させるならば、まだ中国経済が奈落の底に落ちるのを防ぎ、一段の孤立から守ることは可能だ。 しかし先の党大会での振る舞いを見る限り、習近平が悔い改めて路線を転換する気配はなかった。 11月半ばにインドネシアで開かれたG20首脳会議では初めて対面でジョー・バイデン米大統領と首脳会談を行い、中米関係の現状が「国際社会の期待に合致していない」との認識を示し、「両国関係を健全で安定した発展の軌道に戻す」ことに意欲を示したが、その本気度には疑問符がつく。 国外からの投資を呼び込む経済政策よりも強圧的な政治を優先する中国側の姿勢が変わらなければ、アメリカ側は中国批判を強めざるを得ない。そうなればアメリカ企業も、中国市場への関与を続けるかどうかの難しい判断を迫られる。 それでもアメリカは、中国を(少なくとも中国の人々と市場を)見限ってはいけない。1人の男と彼に忠誠を誓う男たちが絶大な権力を握り、国際的な緊張を高めているのは大いに問題だが、アメリカ経済とアメリカの消費者にとって中国との貿易が死活的に重要なのも事実。サービス部門を含めると、対中輸出に関わる企業で働くアメリカ人は約76万人もいる(2019年時点)。 双方の国内事情を考慮すると、米中関係は今後も一筋縄ではいかないだろう。 しかし関係改善の努力を放棄してはいけない。習政権の3期目はまだ始まったばかり。まだ今なら、アメリカは手を差し伸べて習の政策決定に一定の影響を及ぼすことができる。 From Foreign Policy Magazine
ゾーイ・リウ(米外交問題評議会フェロー
もはやゼロコロナをやめても中国経済の凋落は不可避...習近平「Dの四重苦」とは?(ニューズウィーク日本版) - Yahoo!ニュース