ロシア軍最大の“敗因”は兵站の脆弱さ、まともに補給物資も届けられない実情
■ 「愚将は兵士(作戦)を語り、賢将は兵站を語る」 2022年11月11日ロシア侵略軍が最重要拠点の1つであるウクライナ・ヘ ルソン市を手放した。補給路が寸断され確保ができなくなったからで、この撤退劇に強気一点張りのプーチン・ロシア大統領はさぞや地団駄を踏んだことだろう。
ロシア軍大苦戦の主な原因として、大手メディアや軍事専門家は異口同音に「ウクライナ全土制圧など簡単だと読んだ傲慢さと稚拙さ」「欧米ハイテク兵器の猛攻」「将兵の士気の低さと兵員・武器・弾薬不足」を指摘する。しかし、あまり注目されない「兵站(へいたん)」の脆弱さこそ最大の“敗因”との指摘もあり、むしろここに注目すべきだろう。 「兵站(ロジスティクス/logistics)」はやさしく言えば「補給」「後方支援」のことで、ビジネス分野で使われる「物流」「サプライ・チェーン・マネジメント」もこの範疇に入る。もともと軍事専門用語で、広辞苑では〈作戦軍のために、後方にあって連絡・交通を確保し、車両・軍需品の前送・補給・修理などに任ずる機関・任務〉とある。 要は武器・弾薬・スペアパーツといった軍需品や、燃料、食糧・水、医薬品、衣料品、果てはトイレットペーパー、「つま楊枝」に至るまで前線に遅延・誤配なく届けることだ。これが脆弱だと最前線の将兵は苦労する。どれだけ精鋭で最新鋭の兵器で武装していても「腹が減っては戦(いくさ)ができない」からで、将兵の士気や戦力も格段に落ちる。 現にロシア軍が車や家電、博物館の美術品などの強奪を半ば組織的に行っているのは有名だが、それどころか民家に押し入り食べ物まで奪ったり、空腹に耐えられずウクライナ軍に降伏し温かい食事にありついたり、という報道もよく見かける。まさにロシア軍の兵站が脆弱であることの証拠だろう。 軍事の世界には「愚将は兵士(作戦)を語り、賢将は兵站を語る」という格言がある。ダメ将軍は作戦や部隊、武器の優秀さを自慢し、デキる将軍はまず補給を考えるという意味である。兵站を軽視して戦線拡大した結果、大損害を被って敗れた旧日本軍は悪しき例の典型だが、今回のロシア軍がこれと何となくオーバーラップしてしまうのは、筆者だけではないだろう。 破竹の勢いでウクライナに攻め入ったものの、振り返れば本国から遠く離れ補給ルートは延び切り、しかも「まさか」の長期戦で前線部隊は物資不足に陥っていく。短期決戦で決着がつくと高を括り、余裕綽綽(しゃくしゃく)だったプーチンだけに、長期戦を想定した兵站計画自体がタブーだったのかもしれない
■ 陸軍兵士1人が戦場で必要な「1日分の物資量」は?
ではロシア軍は一体どれほどのボリュームの補給物資が必要なのか。これを具体的に提示するメディアはほとんど見かけない。実際の数字は極秘なので推測かつ大雑把にならざるを得ず、もちろん部隊の規模や種類(兵種)、武装や気候・季節、展開地域などの条件で補給物資の必要量は大きく上下する。そのためこれから提示する数値は、あくまでも目安程度に捉えていただきたいのだが、その数字が想像する以上に膨れ上がることに驚くだろう。
「陸軍兵士1人が戦場で1日に必要な物資の量」については、
防衛大学校・防衛学研究会が
「現代の兵士の場合90~100kg/日で、
うち食糧は2.9kg、
水は9kgを占める」と定義している
水は飲料用のほか
炊事や
洗濯、
入浴、
各種洗浄などにも使われ、その分も加味している。
また全体の約6割は「燃料」
で兵士1人が毎日54~60kgの化石燃料を消費する計算だ。
近代的な欧米型の陸軍部隊は
戦車・装甲車、各種車両を多数保有するからで、
キャタピラ(装軌)式の戦車・装甲車は恐ろしく燃費が悪い。
また別の資料によれば、
戦車や装甲車を多数従えたロシアの機械化師団(自動車化狙撃師団)
が攻撃態勢に入る時に必要な補給物資は2000~2200トンと指摘する。
1個師団が
概ね1万5000人とすれば、
兵士1人あたり「130~150kg/日」となる。
次にロシア軍の総兵力を推測すると、
陸軍、
海軍歩兵部隊、
空挺軍の正規軍兵力は
「15万人」との観測が一般的で、
これに別組織のロシア国家親衛隊や
親ロシア派民兵、
民間軍事会社ワグネルの傭兵、
チェチェン・カディロフ部隊などが加わる。
これらを総合するとロシア軍は20~30万人だと考えられる。
仮に「25万人」だとすれば、
・東部戦線(ドンバス方面)/15万人
・南部戦線のヘルソン地区/7万人(ドニプロ川西岸のヘルソン市に展開していた兵力を欧米は3~4万人と推計)
・他の南部戦線全般/3万人
といった配置が当たらずとも遠からずだろう。
補給で最も苦労しているのは、
恐らくロシア本土から離れた南部戦線だと思われる。
そこでシミュレーションとして仮に
「1人150kg/日」を当てはめると、
南部戦線計10万人(7万人+3万人)
で必要な補給物資は「1万5000トン/日」となる。
南部戦線はアゾフ海沿いに幅100~150kmのベルト状で西のヘルソン州まで伸びる。
つまり150km内陸に入った辺りが最前線だ。
そしてここに補給物資を届けるには、
アゾフ海の最奥部にあるロシア領内の港湾都市ロストフナドヌ
が一大拠点となるはずで、
ここからウクライナに入り、
マリウポリ~メリトポリ~ヘルソンとアゾフ海沿いに走る
M14国道が
幹線道路となるだろう。
全長は約550kmだ。
なお東西に走る道路は内陸にも何本かあるが、
ウクライナ軍砲兵部隊の射程内のため頻繁には使えないだろう。
M14国道から枝分かれし内陸へと北上する道路のうち、
まともなものは10本程度で、
これが事実上の主要補給ルートとなるはずだ。
「Google Earth」を見れば分かるが、ウクライナは地平線が拝めるほど平原が広がっているものの、
西欧と比べてまともな道路が極端に少ない。
高速道路の総延長も200kmほどにとどまるお国柄だ
■ 補給物資を運ぶトラックの絶対数が少ない
次に実際に補給物資を運ぶトラックだが、ここでは効率のいい40フィート・コンテナ(全長約12m)1個を牽引するトレーラー(最大積載量30トン)がカバーしたと考えてみよう。 40フィート・コンテナとは日本でもよく見かける、やたらと長いコンテナのこと。また「30トン」は理論上の最大積載量で、荷物がかさ張ることを考慮すると実際は半分の15トン程度しか運べない。 すると「1万5000トン÷15トン」で「1000台/日」という値が導き出される。一方、送り先の最前線は近いところもあれば遠い場所もあるので、M14国道部分を300km走り、さらに枝分かれ道路に入って150km北上すると考える。すると走行距離は片道「450km」となり、さらにここを走るトレーラーのスピードは渋滞や信号待ち、道路のデコボコ、事故などを考えると平均時速30kmが無難だろう。片道で15時間かかる計算だ。 ドライバーは2人体制で2~3時間ごとに交代で運転し続ける。前線に到着後は荷物の降ろし作業を任せて、ドライバーは睡眠・休息をとる。これを8~9時間と考えれば片道はちょうど24時間。つまりトレーラーは1往復で「2日」必要となり、毎日絶え間なく前線に物資を補給し続けるには最低でも1000台のコンボイをもう1組、つまり「トレーラー2000台、ドライバー4000人」が必要となる計算だ。 ちなみにトレーラーの燃費は一般的に2km/リットルで、片道450kmで消費される燃料は225リットル、往復で450リットルとなる。そして1000台のコンボイで1万5000トンの物資を運び再び戻ると考えると、何と45万リットル=450キロリットル(重量約360トン)という莫大な軽油の消費量がはじき出される。 この「40フィート・コンテナ・トレーラー」はあくまでも理論上の話で、実際は幹線道路のM14国道を使った拠点間輸送をトレーラーが受け持ち、「ラスト・ワンマイル」に相当する各拠点~最前線は、オフロード走行ができる軍用トラックが受け持つと見ていいだろう。また、トレーラーは全輪駆動ではないので、幹線道路以外はデコボコ道や泥道が多いので走らないほうがいいだろう。 それでもトレーラーはやはり千台規模で必要となるはずだが、果たしてこれだけの数を国内で確保できるのか甚だ疑問だ。というのもロシアの輸送体系は「貨物鉄道」が圧倒的で国内物流の実に6割(トンキロ換算)を占め、逆にトラック輸送(道路)は7%ほど。国内のトラックの絶対数がそもそも少ないのである。しかも周辺国から融通しようにも協力する国すら限られる。 もしかしたら全ルートを前述の軍用トラックがカバーしているかもしれない。最大積載量はだいたい6トンで、実際は半分の3トンと仮定し「1万5000トン」を毎日輸送するには何と5000台、しかも往復を考えれば「1万台」という規模になる。
ロシア軍といえどもこれだけの軍用トラックをやりくりするのは極めて困難だろう
■ 「鉄道」「船」による輸送も役に立たず
では「鉄道」の利用はどうか。最も効率的な40フィート・コンテナ1個を積載する貨車を使用したと仮定してみよう。シベリア鉄道では100両編成の列車も普通だが、ここでは半分の50両編成で計算する。 貨物列車1本の輸送量は「15トン×50個=750トン」なので、1日に必要な「補給物資1万5000トン」に応えるには毎日20本の貨物列車が必要。同じく往復を考えればこの2倍、40本は欲しいところ。前線から比較的離れた拠点の貨物駅まで運ぶ「拠点間輸送」に徹し、ここから前線までの「ラスト・ワンマイル」は前述の軍用トラックがリレーする方式が無難だ。 だが、残念なことに南部戦線を海岸に沿って東西に横断する線路は実は存在しない。内陸を走る路線はあるにはあるが、ウクライナ軍と対峙する前線近くをくねくねと蛇行し、しかも途中で寸断されているようで、役立ちそうにない。陸続きの本国から直接鉄道輸送できればロシア軍もかなり楽なのだが、現実はそう思い通りにはならないようだ。 では船による輸送はどうか。基本的にロシアの事実上内海・アゾフ海を貨物船で横断して南部戦線に補給物資を運ぶという発想で、これなら大量の荷物を効率よく輸送できるだろう。貨物船はロシア国内の河川・運河で多数活躍する細長の内航用貨物船(貨物積載量5000~1万トン)を10隻も徴用してピストン輸送すれば事足りそうな気がする。 だがこちらも実際は厳しい。南部戦線側は港が極端に少ないのが「玉に瑕」で、砂州と砂浜が延々と続き天然の良港に乏しいため、まともな貨物船が入港できる港は2~3カ所しかない。しかも埠頭やクレーン、フォークリフト、倉庫といったインフラも脆弱で鉄道や道路とのアクセスもいいとは言えない。 つまり港に荷揚しても補給物資は野積み状態で滞留する可能性が高い。なお黒海まで出張っての海上輸送は、ウクライナ軍の脅威が格段に増すためさすがのロシア軍も敬遠しているようである。 一方、前述した港湾インフラの貧弱さ以上にロシア軍にとって悩ましいのが、ウクライナ軍による対艦ミサイルやドローン攻撃を使った貨物船へのピンポイント攻撃の脅威で、このため貨物船による輸送はあまり活発に行っていないようだ、との指摘もある。 実際、港に停泊中のロシア海軍揚陸艦が攻撃を受けて大破した他、黒海艦隊の旗艦だったミサイル巡洋艦「モスクワ」がウクライナ軍の対艦ミサイル攻撃で撃沈。さらに今年10月には同艦隊の拠点・セバストポリがウクライナ軍の水上ドローン攻撃に遭いフリゲート「アドミラル・マカロフ」(「モスクワ」亡き後旗艦に昇格)がダメージを受けている。「貨物船を使って軍需物資を輸送したらどうなるか分かっているだろうな」との、ある意味ウクライナ側の“無言の警告”のようなものだ
■ 弾薬不足のうえに最前線に届けられないダブルパンチ
以上はあくまでも南部戦線への補給路が、南部戦線の横断ルートに限られると考えた場合で、実際はクリミア半島経由のルートがある。 南部戦線との間には幹線道路3本、鉄道路線2本がそれぞれ走り、南部戦線西部のドネツク、ザポリージャ両州への物資補給はむしろこのルートを使うはずだ。鉄道はヘルソン左岸部分やメリトポリなど中心都市までほぼ直線で通じているため、貨物列車輸送もかなり効果を発揮しているだろう。そしてこれらを総合的に考えれば、前述したような南部戦線への補給物資輸送の困難さはある程度軽減できそうである。 ただしクリミアとロシア本土を結ぶクリミア大橋(鉄道橋と自動車橋が並行して架かる)がアキレス腱で、実際今年10月上旬にウクライナ軍の攻撃により大破し一時通行不能に陥っている。 さらに世界屈指の産油国でウクライナとは陸続きという利点を生かし、前線への燃料輸送はM14国道に沿う形でパイプラインを埋設して輸送の効率化を図っている可能性もある。これなら補給物資の相当部分を占める燃料をトラックや鉄道が運ぶ負担も軽くなり、輸送資源を他の補給物資輸送に振り向けることができる。 このように最前線で戦うロシア軍部隊を支えるには、どれだけの物量と手間暇やコストが必要か、ある程度理解できるかと思う。 しかもNATO軍の兵站部門や日本の物流業界では今や常識のFRID(非接触で貨物データが読み取れるICタグ)や、GPSを使った貨物のトレーサビリティ(追跡システム)といったDX、デジタル化もロシア軍の兵站部門は大幅に遅れており、それ以前に輸送が効率的なコンテナやパレットの普及率も相当低いだろう。 さらに今回の計算はあくまでも「南部戦線」だけで、実際はこれに東部戦線の補給物資輸送も重くのしかかる。巷間噂される弾薬そのものの不足に加え、その弾薬が最前線に届きにくい弾不足のダブルパンチを受けている可能性も高い。
果たしてロシア侵攻軍は今後まともに戦い続けられるのだろうか。
深川 孝行
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