日立が「中国離れ」検討へ 台湾リスクで低価格時代は終焉を迎えるか
サプライチェーン、低価格から安定性重視へ
日立製作所の河村芳彦副社長は2022年10月28日(金)の会見で、中国や台湾などをめぐる地政学リスクについて懸念を示し、サプライチェーンの拠点を国内や同盟国へ移すことを検討しているとした。
【画像】中国進出の日本企業、7割が「懸念」を感じる事態に(12枚)
河村氏は、価格重視のサプライチェーンは潮目が変わり、今後は安定性や継続性を重視し、中国との経済関係が深まる東南アジア諸国連合(ASEAN)だけでなく、中国との関係が薄い国々を含め計画を作っていると明らかにした。 キヤノンの御手洗冨士夫会長兼社長も最近、同様の見解を示した。 御手洗氏は同年10月26日(水)、海外の生産拠点で地政学的なリスクが高まっていると指摘、工場の展開など時代に見合った体制に見直すべきとして主要な工場を日本に回帰させる考えを明らかにした。 そして、中国や台湾情勢に言及し、企業の経済活動が影響を受ける国々に生産拠点を放置することはできず、安全な第3国への移転か日本に戻すかのふたつの道しかないという認識を示した。 両氏は時を同じくして同様の懸念を示したわけだが、その背後にはいくつかの理由が考えられる。
台湾問題により深まる米中対立とその影響
まずは2022年10月の共産党大会で、習近平国家主席の3期目が正式に決定したこと。習氏は演説で、2035年までに社会主義現代化をほぼ確実にし、2035年から今世紀半ばにかけて社会主義現在化強国を実現させる方針を明らかにした。 また台湾問題についても、祖国の完全な統一は必ず実現しなければならないし間違いなく実現できると自信を示し、平和的な統一を堅持するが武力行使を決して排除しない意思も明らかにした。 3期目の最高指導部は習氏の側近たちで埋められ、習カラーはいっそう強くなった。 今後、習政権は周辺諸国と関係重視の路線を堅持しつつも、台湾問題など核心的利益で争いが激しくなれば、今後いっそう強硬な姿勢で臨んでくる可能性がある。 そして、その台湾問題は米中対立の中でも最も大きな問題になりつつある。 これまで台湾問題というのは地域的な問題というイメージが強かったが、近年は米国や欧州、オーストラリアなどを巻き込んだグローバルな問題へと変容している。 中国は外交や経済、軍事、サイバーなどあらゆるドメインで台湾へ圧力を掛けているが、台湾の蔡英文政権はそれに屈することなく、欧米との結束を強化している。 米国だけでなく、フランスやオーストラリア、リトアニアなど欧米各国の指導者層レベルが相次いで台湾を訪問しており、習政権はそれに対して強い不満を示している
台湾の積極外交に不満、軍事的威嚇で対抗
そして、2022年8月のペロシ米下院議長の台湾訪問によって、中国はこれまでなく強い軍事的威嚇(いかく)を示したが、今後はそれを常態化させることが懸念されている。 仮に台湾有事となれば、中国が台湾周辺の制海権や制空権を取る恐れがあり、そうなれば日本の経済シーレーンも脅かされることになろう。そして、米国の同盟国である以上、日本は米国と協力することになり、中国とは対立軸で対応することになる。 そうなれば、日中関係が冷え込む可能性は極めて高く、軍事的手段のハードルが高い以上、中国と日本との間で経済や貿易のドメインを舞台とした紛争や摩擦が激しくなることが考えられよう。 こういったリスクを懸念してか、大手自動車メーカーのホンダは8月、国際的な部品のサプライチェーンを再編し、中国とその他地域のデカップリング(切り離し)を進める方針を明らかにした。 ※ ※ ※ 一方、ロシアに進出する日本企業の間では、再び脱ロシアの動きが加速化している。 ウクライナ侵攻で大きな動きが見られない中、プーチン大統領は9月、一部市民を戦場に駆り立てる部分的動員を実行に移し、ウクライナ東部南部4州のロシアへの併合を一方的に宣言。これにより、ロシアを取り巻く情勢はいっそう厳しくなった。
グローバル経済で重要さ増す地政学リスク
それと時をほぼ同じくして、ロシアでの操業を停止していた大手自動車メーカーのトヨタとマツダ、日産は相次いでロシアからの撤退を表明した。 企業にとって撤退という決断は決して簡単なものではなく、同3社も情勢が厳しい中で様子を見てきたが、経済的コスト、またレピュテーションリスクの観点からこれ以上は難しいと判断したと思われる。 日本を代表する企業の相次ぐ決定に、今後は日本企業の撤退ドミノが起こるかもしれない。 このように見ると、グローバル経済の中で競争する日本企業にとって、経営判断をする上で地政学リスクという分野はこれまで以上に重要な要素になっている。 今後、不確実性と不透明性にあふれる世界の中で、地政学リスクを事前に見極め、リスク回避を目指した企業の取り組みはいっそう拡大するであろう。
和田大樹(外交・安全保障研究者