プーチン氏、そしてロシア敗北の可能性-ベルシツキー
(ブルームバーグ): ウクライナ・ハルキウ州の要衝イジュームからロシア軍が撤退を急いでいた10日、モスクワでは花火が上がった。もちろん敗走を祝ったのではない。「モスクワの日」の祝賀イベントの一部だったのだが、これほどプーチン政権が敗北を全く予期していなかったことを示す例もないだろう。日常通りを装いつつ、侵略戦争を遂行しようという試みは、最初から失敗する運命にあった。
ウクライナ軍は数日のうちに、ロシア軍をハルキウ州から撤退させた。奪還した面積で言えば約2500平方キロメートルで、ロシア軍が先週までに掌握した国土の12万5000平方キロメートルに比べるとまだ小さく、大きな勝利には映らないかもしれない。それでもウクライナと西側諸国が喜ぶのはもっともだ。
このロシアの後退は戦略的に重大だ。ハルキウ州の占領地を失ったことで、ドネツク州のウクライナ軍を包囲するという目標はつゆと消えた。ロシア軍はもはや、北方からウクライナ軍を圧迫することはできない。撤退で補給路を断たれる事態を回避しようとしているが、既に低かった士気への打撃は避けられようもない。
ロシア軍は現在、オスキル川東岸に防衛線を築こうとしている。だが、イジューム周辺と全く同じで、この防衛線は深さに欠け、ウクライナ軍のさらなる反攻に対して弱いだろう。そして反攻は今や、ルハンシク、ドネツクの両州で予想される。
ウクライナ、かつて考えられなかった勝利が現実領域に-反撃成功 (1)
ロシアは兄弟国に対する思い上がった今回の戦争で最大のミスを犯し、それをウクライナ軍は両州への反攻で利用しようとするだろう。ロシア軍は4月にキーウ周辺から撤退して以来、自称「ルガンスク人民共和国」と「ドネツク人民共和国」の戦闘力を捨て駒として前線に立たせてきた。それによりプーチン氏の戦争に本気で戦う唯一の兵士を数多く失った。これら兵士は反ウクライナで、ウクライナ軍兵士と同じくらい激しく戦う覚悟がある者たちだった。これほどの覚悟があるロシア人兵士は、ほとんどいないだろう。実際、ハルキウ州に配置されていたのは金のために戦うロシア正規兵で、ウクライナの激しい攻勢にたいした抵抗もせず投降した
いまや「ルガンスク人民共和国」は、「前線地域を別にすれば、恐らく兵力は空っぽだろう」と、今回の戦争で最も鋭敏な観察者の一人であるポーランド人軍事アナリストのコンラッド・ムジカ氏はツイート。過去数カ月に戦闘年齢の男性は大規模に招集され、「ルハンシクには戦う男性が残っていない」と指摘した。
占領地の大部分を維持するためには、ロシアは早急に戦線を縮小し予備兵を投入する必要があるが、いずれもウクライナの勢いに対抗できるほど速やかに実施するのは難しい。ロシアが総動員令をかけても、さらなる敗北を避けるにはもはや手遅れだろう。ロシアの極右は戦争開始当初から、勝利には総動員令が必要だと主張していた。
今やロシアの支配を歓迎したかもしれない現地市民ですらロシアを支持することはなく、目立たないよう振る舞うかウクライナ軍ゲリラの支援に回るはずだ。ロシアへの協力者の多くが2月以降、盛んに喧伝した「ロシアは永久にこの地を支配する」という文句は、ロシアに逃げ込もうとする協力者でできた国境の車列の前にむなしく響く。
一方ロシアでは、怒り、悲嘆に暮れた極右集団が急速にプーチン政権への脅威に変わりつつある。侵攻開始以降、忠実に戦争支持の姿勢をとっていたため極右の情報コミュニティーは比較的自由に表現できる唯一の場であり続けた。
ところが「テレグラム」上の極右のチャンネルは今や、
腐敗した軍と政治指導層の無能さに対する怨嗟(えんさ)の声であふれる。
そこで広がっているのは、裏切り者が存在するとした説で、モンゴルに近いトゥワ共和国出身のショイグ国防相やチェチェン共和国指導者のラムザン・カディロフ氏ら非ロシア人がやり玉に挙げられている。
極右はロシアの法執行当局を強く支持していることから、
極右の不満はプーチン氏が権力の基盤として頼る当局にまで広がることも想像できる。
体制崩壊はもとより、ウクライナのロシア軍全体が軍事的に敗北すると予想するのは時期尚早だ。
だがウクライナ軍の局地的な成功により、突如としてその可能性がわずかながら見えてきた。
これはウクライナでの戦争の背後にあるロシア側の考えに根本的な誤りがあったことの結果で、帝国主義的な感情にとりつかれたロシアは思考停止に陥っていたのかもしれない。
ロシアは相手を一度も真剣に捉えたことはなく、ウクライナを自立した存在だと見なしたことはなかった。従って、敗北の可能性を考えたこともなかった
悲観的なシナリオを想定した計画は策定されず、今でも存在しない様子だ。戦争で失敗への用意がない側は、問題の兆しが最初に表れると瓦解(がかい)する恐れがある。過信とパニックは表裏一体なのだ。
(レオニード・ベルシツキー氏はブルームバーグ・オピニオンの元欧州担当コラムニストで、ジョージ・オーウェルの「1984年」などのロシア語訳を最近出版しました。このコラムの内容は必ずしも編集部やブルームバーグ・エル・ピー、オーナーらの意見を反映するものではありません)
原題:
Putin and the Possibility of Defeat: Leonid Bershidsky(抜粋)
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Leonid Bershidsky
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