「盾となり」皇室を守ったエリザベス女王 平成の天皇の手紙の書き出しは「親愛なるお姉さま」〈dot.〉

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写真:Press Association/アフロ

 

 

 

 

 英国のエリザベス女王の国葬に、天皇陛下が参列されることで政府が調整している。天皇陛下が葬儀に参列したのは戦後一度だけ。特別な措置に、両国の交流の深さがにじむ対応だ。 

 

  【貴重】なんと自転車でスイスイ。英国留学時代の天皇陛下(当時は浩宮さま)

 

 

 

* * * 「Dear Sister」  上皇さまがかつてエリザベス女王につづった手紙。書き出しにはそうつづられていた、と皇室に仕えた人物は振り返る。エリザベス女王を「親愛なるシスター」と呼ぶほど、ふたつのロイヤルファミリーは、温かな交流を育んでいた。  政府は、エリザベス女王の国葬に天皇陛下が参列する方向で調整している。過去一度の例外を除いては、天皇陛下が葬儀に参列することはない。それだけ、日本の天皇ご一家と女王は、親密な交流を育んできた証だ。  平成の天皇皇后両陛下が英国を訪問した98年当時、多賀敏行・中京大学客員教授は在英国日本大使館公使としてロンドンにいた。  国民がエリザベス女王に手紙を書くときは、「madam」を使う。多賀さんは、英王室の侍従長に「エリザベス女王に朝、お会いする際に何と呼ぶのか」とたずねた。  

 

返ってきた答えは、「Good Morning, ma‘am」だった。 「ma‘amは、マダムの省略形で英国では女王への呼びかけとして用いられますが、madamより親しみが表現される。

 

 

上皇さまがエリザベス女王に『Dear Sister』と呼びかけたとすれば、女王から上皇さまには『Dear Brother』であったと思います。親戚同士でつながる欧州王室と同じように、皇室も家族の一員として親しい交流をなさっていた証だと思います」  天皇陛下がエリザベス女王に初めて会ったのは、1975年の女王が来日したときだ。   

 

 

女王は、元赤坂の東宮御所に明仁皇太子ご一家を訪ねた。浩宮さま(現・天皇陛下)と礼宮さま(秋篠宮さま)、と紀宮さま(黒田清子さん)が、ご両親と一緒に女王を囲むように温かく出迎えた。御所の庭を笑顔で散策する女王と皇太子ご一家。当時の写真を見ると、列を離れて歩き回る幼い紀宮さまの愛らしさに目がとまる。   女王と将来の天皇となる浩宮さまの縁は深い

 

 

 

 

 

 

浩宮さまが誕生した時、女王は、祝電を寄せて浩宮さまの誕生を祝っている。  実は、女王も4日前に第二王子のアンドリューを産んだばかり。体調が万全でない身にもかかわらず、見せる気遣いに人柄がにじむエピソードだ。  

 

数日違いで生まれたアンドリュー王子との交流は続き、英国での王子の結婚式にも参列している。  浩宮さまと女王が再開したのは8年後の83年。  オックスフォード大学に留学するためにロンドンに到着した浩宮さまを、安心させる心遣いだったのだろう。女王はバッキンガム宮殿に招き、自ら紅茶を入れた。  

 

翌年の夏には、王室ご一家が休暇を過ごすスコットランドのバルモラル城に招かれた。エリザベス女王が台所に入り、エジンバラ公がバーベキューの肉を焼く。家族団らんのなかで数日間、一緒に過ごした。  

 

 

令和に代替わりをして、新天皇、皇后両陛下が初の外国訪問地として招待されていたのも英国だった。  天皇陛下は、女王の死去を受けて公表したお気持ちで招待してくれた女王への感謝を述べている。 「女王陛下から、私の即位後初めての外国訪問として、私と皇后を英国に御招待いただいた」  こうした天皇陛下と女王との親密な交流は、上皇ご夫妻の代からの地道な交流の上に築かれたものだ。 

 

 

 

■競馬場でのいたずら 

 上皇さまが、初めて女王と対面したのは69年前、1953年の戴冠式だ。明仁皇太子(上皇さま)が19歳、エリザベス女王は26歳だった。  還暦の誕生日会見で、女王との対面をこう振り返っている。 「英国の女王陛下の戴冠式への参列と欧米諸国への訪問は、私に世界の中における日本を考えさせる契機となりました」  53年という年は、第2次世界大戦に敗れた日本が国際社会に復帰した翌年。敗戦国である日本や日本人を見る世界の目は厳しかった。  

 

19歳の青年だった明仁皇太子(上皇さま)にとっては、大切な友人となる各国の王族との出会いの場であると同時に、英国民の冷たい視線にさらされた場でもあった。第二次世界大戦後の両国の関係は、今からは想像がつかないほど溝が深かったのだ

 

 

 

 

明仁皇太子が英国に到着した日、英大衆紙デイリー・エクスプレスは、「68%の読者が日本の皇太子を戴冠式に出席させることに反対した」と報じた。  

 

宿泊先だったケンブリッジは、ビルマ(ミャンマー)で日本軍の捕虜となった人が多く暮らす街だ。日本の皇太子の訪問に、「アンチ・アキヒト」という不穏な空気が高まった。そのため、急きょ訪問した大学の学長宅に滞在したほどであった。

 

 

また、イングランド北部のニューカッスルでは、元捕虜団体の抗議で明仁皇太子の訪問は中止に追い込まれた。  しかし、26歳の若き女王と英王室は明仁皇太子を温かく歓待した。ダービー競馬を明仁皇太子が観戦していることを知った女王は、自身のスタンドに招いたという。   

 

 

明仁皇太子が美智子さまと結婚したときには、女王からお祝いに銀製の茶器一式が贈られた。  

 

 

 

ロンドン五輪などでユーモアを見せた女王。「おてんば」な素顔は、昔からであったようだ。  76年に明仁皇太子と美智子さまが訪英したときのことだ。  英国のロイヤル・アスコット競馬を観戦中に、女王が明仁皇太子のひざの上に置かれたレースカードに突然、手を伸ばした。  びっくり仰天する明仁皇太子を尻目に、女王は自分の競馬予想を書き込みだした。母の皇太后が、女王のいたずらをたしなめるというオマケもついた。  

 

 

他方、英国やオランダでは元捕虜団体が日本に対して補償と謝罪を求めており、戦争が残した溝は埋まらないままだった。   イギリス政治外交史に詳しい君塚直隆・関東学院大学国際文化学部教授は、こう当時を振り返る。 「89年の昭和天皇の大喪の礼で、オランダのベアトリックス女王は、国内世論を鑑みて王族を列席させなかった。

 

 

英国も国内世論の厳しさは同じでしたが、夫のエディンバラ公フィリップ殿下を列席させる配慮を見せました。この『恩』があるわけです。本来ならば、上皇ご夫妻が自らお別れをなさりたいと思います。しかし、ご年齢を考えると難しい。エリザベス女王の国葬には、異例であっても天皇陛下が列席なさるのが相応しいと思います」 

 

 

 

■大衆紙は「ジャップ」と批判するなか…

  平成の代替わりを経て明仁天皇となっても英国の日本への批判は止まなかった。むしろ戦後50年の節目である95年ごろから、その声はさらに強まった。  明仁天皇が「天皇」として訪英への訪問が実現したのは、平成が始まって10年目のことだった。  この時式部官長だった苅田吉夫さんは、かつて記者の取材にこう振り返っている。

 

 

 

「英国との親密度を考えれば、訪問はもう少し早く実現してもよかったかもしれない。しかし、下地を整えるのに時間が必要だった」  アジア各地の劣悪な環境の下で長期にわたり強制労働をさせられた元捕虜のほかに、収容所には女性や子供も含む民間人もいた。心の傷は簡単に癒えるものではなかった。  

 

 

 

両陛下の訪英直前まで、両国トップは、不測の事態を招かないよう、手を尽くした。当時の林貞行駐英大使も、前任者の時期から日本の民間団体とも協力して、和解への努力を続けてきた。英大衆紙「サン」に捕虜の扱いを謝罪する橋本龍太郎首相の寄稿文が掲載され、両国首相の会談で協力を確認。 だが、多くの英国紙には捕虜問題を訴える記事が並び、一部大衆紙は「ジャップ」と批判した。  そうしたなか実現した98年の英国訪問。  

 

 

ロンドンの大通りザ・マル。バッキンガム宮殿に続く800メートルの沿道は、天皇、皇后両陛下のパレードを待つ日英市民らで埋め尽くされた。さらに、旧日本軍の元捕虜団体も沿道に並んだ。両陛下の馬車に背を向け、シュプレヒコールを浴びせた。   

 

 

不穏な状況にもかかわらずテロや両陛下に危害を加える事件は起こらなかった。  エリザベス女王と王室が盾となって平成の天皇と皇后を守ったからだ。  馬車のパレードの先頭はエリザベス女王と明仁天皇、2台目の馬車には夫のフィリップ殿下と皇后美智子さまが乗る形を取った。馬車の周囲には、大勢の近衛騎馬隊が整然と隊列を組んだ。  

 

 

 

元英国兵らの抗議を受け、戦争の傷痕を確認する旅となった。そんな中でも女王との友情は揺らぐことはなく、出国の際は女王が最後まで名残を惜しんだ。 皇室も英王室も長い歳月をかけて相手と交流を重ねることで、国と国の信頼へとつないでゆく。政治家による外交と比べるともどかしいかもしれない。

 

しかし、静かな交流が大きな力へと変化することもある  

 

上皇さまが手紙で、「Dear sister」と呼び敬愛したエリザベス女王。

偉大な英国女王の国葬は、18日か19日の日程で執り行われる。

 

 

 

(AERAdot.編集部 永井貴子

 

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