ITエンジニアはつらいよ、「1人月160時間」の要員計画では常に残業が発生

杉本 一裕
 

特定社会保険労務士/行政書士

Q.29歳のシステムエンジニア(SE)です。先月から休日出勤続きで、今月も平日残業はもちろん、休日出勤が多くなりそうです。顧客に提示した見積もりと一致する受注プロジェクトなら残業はないはずだと不思議に思っています。要員計画は、月20日で160時間働く前提になっています。入社以来、全てのプロジェクトにおいて残業がありました。SEやプログラマーなどITエンジニアは残業が多いと割り切っていますが、つらいときがあります。残業が常態化している状態は、明らかにおかしいです。

 残念ながら質問にあるプロジェクトは、最初から残業が当然という要員計画です。1人月を「1日8時間、月20日で160時間働く前提」としています。月の就労日数が平均20日だとすると、これでは順調なプロジェクトであっても必ず残業が発生します。

 さらに、要件定義の見直しによる仕様変更やシステムトラブルが重なったときは、過重労働(長時間残業)になるわけです。

 以下、順調なプロジェクトだとして述べます。

「1人月160時間」では必ず残業が発生する

 質問のケースでは、システム開発の要員計画において1人月160時間としてスケジュール化しています。

 個人の要領や能力差はないとして要員計画の通りにプロジェクトが進行すると仮定します。極端な例ですが、総開発工数が50人月で期間が10カ月だとします。物理的に5人投入すれば、残業もなくスケジュールの通りにプロジェクトは完結します。

 質問者は「顧客に提示した見積もりと一致する受注プロジェクトならば残業はないはず」と考えています。まさにその通りです。純粋にシステム開発の仕事しかしていない場合は、質問者の言う通りであり残業は発生しません。

 順調なプロジェクトであっても現実はそうなりません。システム開発以外の仕事があるからです。その分は、確実に残業になります。

社内作業や有給休暇を考慮していない

 システム開発以外の仕事を思い浮かべてください。社内・社外研修の受講、人事考課関係の目標設定や業績シートの作成、上司との面談があります。所属部門の会議への出席もあります。

 社内のレクリエーション委員、安全衛生や防災関係の委員、部内のパソコン、スマホなどIT資産の管理担当など、いろいろな活動に任命されている場合はその仕事があります。

 加えてプロジェクトの成果発表会、中期計画、新入社員と先輩社員の交流会のための部門やプロジェクトの紹介などさまざまな目的に向けた資料を作成する必要があるでしょう。開発標準化や生産性向上に関するチームでの仕事もあります。品質改善のワーキンググループのメンバーになっていてその作業があるかもしれません。ほかにも、間接的な仕事がいろいろあるはずです。

 人により間接作業のボリュームは異なりますが、その分がプロジェクトチームやメンバー自身の残業として跳ね返ってくるわけです。仕事は、直接的なシステム開発だけではないのです。間接的な仕事を考慮していない要員計画が多いのではないでしょうか。

 有給休暇を積極的に取得するようにという国の指針に基づいて、会社は休暇取得を推奨しています。そうなると、システム開発で1人月160時間としている時点で、残業ありきの要員計画を立てていることになります。質問者が言う通り、おかしいです。

1人月130時間程度での要員計画が妥当

 「残業なし」というプロジェクトにするには、間接的な仕事や有給休暇の取得も考慮して要員計画を立てなければなりません。間接的な仕事や有給休暇取得分が、月に30時間あると仮定すると、1人月130時間での要員計画が必要なのです。

 残業なしとするには、人を増やすかスケジュールを延ばすしかありません。その権限を持つプロジェクトマネジャー(上司)にとって、部下に残業でカバーしてもらうほうがプロジェクトの利益は出やすいですが、利益より、部下の健康配慮を優先させるべきです。

 部下が病んで休職するとプロジェクトは回らなくなります。増員せず、他のメンバーで補完するというプロジェクトリーダーがいますが、最悪な状況です。

 部下の健康面を配慮して、1人月130時間程度で要員計画をしているIT企業は、素晴らしいです。読者の会社は、そうなっているでしょうか。

 「昔はもっときつい残業があった」と言う管理職やプロジェクトリーダーがいます。それは異常だったのです。適度な残業はいいとしても、過度な残業を強いてはいけません

 

 

 

 

残業は多くても月45時間以内に

 「残業」に関して企業が守らなければならないガイドラインを簡単に説明します。上司はもちろん、部下のエンジニアの人も、自身の労働環境に関係するので理解していただきたい内容です。

 労働基準法では、1日8時間、週40時間を超えた時間が残業時間になります。これを「法定外残業(時間外労働)時間」といいます。

 1日8時間/週40時間で働くとすると、月の労働時間は平均で約173時間になります。28日の暦日の月(2月)は160時間、30日の暦日の月(4月や6月など)は171.4時間、31日の暦日の月(5月や7月など)で177.1時間です。

 実際は、会社ごとに決まっている「所定労働時間」を基に計算します。IT企業が定める月の労働時間は173時間よりもっと少ないです。祝日や夏休み、年末年始の休日、会社の創立記念日、個人的な有給休暇の取得などがあるからです。1日の所定労働時間は7.5時間といった8時間未満の会社もあります。

 所定労働時間を超える時間を残業としている会社がほとんどです。その場合、法定外残業時間より多く計上されます。

 月の残業(法定外残業時間。給与明細書に記載されている所定外の残業時間ではありません)はどんなに多くても、45時間以内にすべきです。月45時間を超える残業は健康障害のリスクが高まるとされています。

 労働基準法により、従業員に時間外労働や休日出勤をさせるには36協定(時間外・休日労働に関する協定)届が必要です。残業は法定休日の労働時間(例、日曜日)を含めず、原則で月45時間/年360時間が上限となります。

 臨時的な特別の事情により労使が合意して、さらに延長する場合(36協定・特別条項)があります。筆者が知る全てのIT企業では、特別条項ありとなっています。

 その場合、45時間を超えて残業できる月は年に6回までです。設定できる時間外労働の上限は、年720時間以内です。時間外労働と休日労働の合計では単月100時間未満とし、どの2~6カ月平均を取っても1月当たり80時間以内としなければなりません。

 プロジェクトリーダーは、自社の36協定(特別条項付き)の上限時間まで部下を働かせて可とするのではなく健康面に配慮してください。仕様変更や重大なシステムトラブルで上限に近い残業となることもあるでしょう。それは例外中の例外だと考えてください。いま一度、自身の要員計画を見つめて思慮してください。

 質問者も将来は、プロジェクトリーダーとして仕事をすることになるでしょう。要員計画の考え方は理解しておくべきです。なぜ自社は1人月160時間の要員計画になっているのかを上司に確認してください。問題提起すべきだと思います。

杉本 一裕(すぎもと かずひろ)

人事コンサルタント。大阪府立大学大学院経済学研究科経営学専攻(博士前期課程)修了。経営学修士(MBA)。IT企業在職中は人事コンサル業務に従事するとともに、人事給与パッケージの開発・サポートグループのPJリーダー、管理職を務める。1990年社労士、2006年特定社労士に登録。2007年には消えた年金問題で総務省 大阪地方第三者委員会調査員を兼務する。その後退職、社労士と行政書士事務所を開業し現在に至る。幅広い業種の顧問先対応において運行管理者(旅客/貨物)、衛生工学衛生管理者の視点からのアドバイスも行っている。

 

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