日本の次期戦闘機(仮称F3)の開発パートナーが、米国から英国に変更された理由──新「日英同盟」の時代
他の装備と異なり、戦闘機は「外交を体現」するもの。過去に例がないことだが、今年5月、次期戦闘機は日英の共同開発で進める方向に決まったという驚くべき報道が駆け巡った
ロシアによるウクライナ侵攻が始まってから、すでに4カ月以上が経過した。ウクライナ軍は侵攻してくるロシア軍に頑強に抵抗し続けている。
ウクライナの善戦を支えている兵器の中に、英国が供与したNLAWと呼ばれる対戦車ミサイルがある。英国がスウェーデンと共同開発した兵器だ。 そのスウェーデンは5月、フィンランドとともにNATOへの加盟を決断した。後押しをしたのは英国。英国はNATO加盟の手続きが済むまでスウェーデンの安全を保障する共同宣言も発表した。条約など結ばずとも英国にとってスウェーデンはずっと前から同盟国なのである。 そして、英国にとってスウェーデンとよく似た関係の国が日本である。
日本の安全保障はもう米国一辺倒ではない
陸上自衛隊のF2戦闘機 Tomohiro Ohsumi-Pool-REUTERS
2021年9月、英国の最新鋭空母「クイーン・エリザベス」が横須賀に入港した。まさに日英の安全保障協力の深化を象徴するものだった。日本の安全保障が米国一辺倒から、複数の友好国との連携を重視する体制に変わりつつあることを明確に示すものであった(参考記事:「新・日英同盟」の始まりを告げる英空母「クイーン・エリザベス」来航が残した宿題)。 その直後、英国の世界的な軍事企業「BAEシステムズ」は日本に現地法人を設立することを発表した。日英の安全保障協力の進展を受け、日本の次期戦闘機(通称F3)の開発に参入することを強く意識していたからである。 そして、ついにそれは実現することになる。 2022年5月、日本の報道各社は一斉に、次期戦闘機の開発は日本と米国ではなく、三菱重工と英BAEシステムズが中心となって、日英による共同開発で進める方向に決まったと伝えた。 日英両政府からの公式な発表はまだないが、日本の岸信夫防衛相は記者会見で、「今年末までの合意に向けて協議しており、米国の同盟国でもある英国とは様々な協力の可能性を追求している」と述べ、英国との共同開発を示唆した。
次期戦闘機とは何か、なぜ共同開発なのか
それでは、次期戦闘機とはどのようなものなのか。 次期戦闘機は航空自衛隊が現在運用している地上攻撃などに対応する支援戦闘機、F2の後継機になるものだ。 防衛省はF2が退役を始める2035年頃から、その入れ替わりに新しい次期戦闘機の配備を始める方針で、90機を保有する計画だ。開発費は1兆5000億円。下請け、孫請けを含めると3000社の企業が開発に関わることになる。 日本の航空・防衛産業は2011年にF2の生産が終了して以来、戦闘機の生産を行っていない。そのため、最先端の航空技術を取得するためにも次期戦闘機は日本で開発、製造することが求められていた。 そうした中で、防衛省は2018年12月、中期防衛力整備計画(2019~2023)を発表し、次期戦闘機を国産にする方針を明らかにした。これはかつてF2戦闘機を米国と共同開発した際、米国側から多くの難題を突きつけられ、日本の航空・防衛産業を育成するための自由度が狭められたことへの反省でもあった。 戦闘機の調達には国産と輸入、さらに共同開発の3つの方法がある。 このうち国産の場合、自主開発で行う場合と外国の戦闘機をライセンス生産する場合があるが、どちらも技術的に限界があるうえ、コストがかかる。 また、米国などから戦闘機の完成品をまるごと輸入する方法もあるが、戦闘機は軍事機密の集積であり、勝手に改修したりはできないから、いくら安価でも外国製の戦闘機では自国の航空産業の育成に貢献しない。 そのため、現代では戦闘機のような最先端の装備は同盟国同士が互いにパートナーとなり、資金と技術を出し合って共同で開発することが一般的になっている
当初は「日本主導の日米共同開発」が方針だった
防衛省は次期戦闘機を日本の三菱重工業を中心に国産化する体裁をとったが、一方で、その下請けとして外国の軍事産業の協力を得ることにした。つまり、外国の技術の提供を受けながら国産の戦闘機を開発するという、「国産主導の共同開発」という方法が選択されたのである。 2020年12月、米国のロッキード・マーチンが機体の設計やシステム統合を担当するパートナーとして選ばれた。戦闘機の開発には武器やそれを管理するソフト、センサーなど、それぞれ優れた技術を統合する「システム統合」と呼ばれる技術が必要不可欠だが、実戦の経験や戦闘機の開発経験が乏しい日本の防衛産業はこの分野の技術は不得手である。そのため、経験豊富な米国の産業に支援を求めたのである。 一方、次期戦闘機の新型エンジンを英自動車メーカーのロールスロイスと日本のIHIが共同で開発することや、BAEシステムズが「ジャガー」と呼ばれるセンサーを日本と共同開発することが決まり、英国の軍事産業も次期戦闘機を支えるサブシステムの開発に協力することが決まった。 こうして次期戦闘機は一時、「日本主導の日米共同開発」という方針が固まり、英国はそのプロジェクトを側面から支援するという役回りで計画が進んでいたのである。 ところが、その計画を変更せざるをえない事情が生じ、結果的に英国のBAEシステムズが米国のロッキード・マーチンが担うことになっていた役割を肩代わりすることになった。次期戦闘機は初の日英共同開発へと大きく舵を切ることになったのである。
米国が身を引いた理由、英国の「テンペスト」計画
日本が戦闘機のような主力装備を米国以外の国と共同開発したことは過去に例がない。しかし、それは日本の新しいパートナーとして、英国の存在感が急速に高まっていることの表れでもある。 米国はなぜ身を引いたのか。それは、日英共同開発が正式に発表されない以上、推測するしかない。 防衛省筋によると、米国の次世代戦闘機開発と日本の次期戦闘機開発のタイミングが合わず、スケジュール感が大きく異なっていたことや、米国側は次世代の戦闘機を無人機にすることを考えているのに対して、日本側は既存の技術を発展させた有人機をめざしており、日米の間で戦闘機の未来像に隔たりがあったことが、米国が退いた理由として大きいという。 さらに、米国側が開発にあたって主要な装備を米国製にすることを求めたため、それでは日本の航空技術の育成につながらないという日本側の懸念があったという。 これに対して、英国は「テンペスト」という次期戦闘機の開発計画をイタリア、スウェーデンと共同で進めており、その完成の時期も日本と同じ2035年であることから、スケジュール感を共有できるという利点があった。 また、英国がテンペスト計画で培った技術を日本側が取得できる可能性がある一方、逆に英国側にとっては日本の技術をテンペスト計画に転用することが期待できるなど、日英双方にとって得られる利益が大きい点も魅力的だったようだ。 さらに、英国はエンジンやレーダーも日本と共同で開発し、改修についても両国が自由にできることを提案しており、英国なら日本の対等なパートナーとしてふさわしいとする見方が防衛省や防衛産業の間で強かったようだ。 防衛省はこうして最終的に共同開発のパートナーを英国に変更する方針を決めたとみられている。 政府筋によれば、この方針は2022年5月4日、岸防衛相がワシントンで米国のオースティン国防長官と会談した際、まず米国側に伝えられ、理解を得た。そして、その翌日、英国を訪問した岸田首相がジョンソン首相との会談で日英共同開発を進めることについて話し合ったという。 ただし、米国は次期戦闘機の開発から完全に撤退したわけではなく、データリンクシステムの構築や無人機との連携システムなどについては限定的に協力することになるらしい。 一方、英国との共同開発にあたっては英国のテンペスト計画に参加しているイタリアやスウェーデンも関与する可能性があり、日本の次期戦闘機は日本と欧州諸国が開発する初めての戦闘機になりそうだ
戦闘機には政治的側面があり、単なるシンボルでもない
一般的に言って、戦闘機には他の装備には見られない政治的側面がある。 それは戦闘機がその国の守りのシンボルであり、その国の外交を体現しているということだ。例えば、日本が戦闘機を米国と共同開発しているのは、諸外国から見れば日本が米国の同盟国であることを象徴的に示している。 また、インドがロシア製、フランス製、英国製を混合で運用しているのは、伝統的な非同盟路線を踏襲している外交姿勢をうかがわせる。サウジアラビアが米国製と欧州製の両方の戦闘機を保有しているのは、米国と欧州の中間の立ち位置にあることをアピールするためである。 さらに、スウェーデンはこれまで自国の戦闘機をすべて自主開発してきており、それは軍事的非同盟をアピールするためだった。 事実、戦闘機は単なるシンボルではなく、関係の近い国同士でないと取引はできない。なぜなら、外国製の戦闘機を導入すると、兵士たちはその国から教育や訓練を受けなくてはならないし、整備に必要な情報や部品も常に提供を受けなくてはならない。それによって互いの関係が深まる効果が生まれる。 良い例がウクライナ戦争に対するインドの対応である。世界のほとんどの国がロシア非難の国連決議に賛成しているのに、大国のインドは棄権にまわった。それはインドがロシアから防衛の要となる装備の提供を受けてきたからである。このように防衛装備の取引は外交に大きな影響を与える。 つまり、日本が英国と戦闘機を共同開発することは、日本は米国だけでなく英国とも新しい同盟関係に入ったことを表明し、日本の安全保障外交が従来の米国一辺倒のものから変わりつつあるというメッセージを国の内外に発信することになるのである。
英国は「Allies(同盟国)」と日本は認識すべし
日英の安全保障協力は2012年、英国のデービッド・キャメロン首相(当時)と日本の野田佳彦首相(当時)が日英間の防衛協力を進めることで合意したことから始まった。2017年にはテリーザ・メイ首相(当時)と安倍晋三首相(当時)が日英安全保障共同宣言を発表し、拍車がかかった。そして、ついに主力装備である戦闘機の共同開発に取り組む関係にまで発展したのである。 この間、日英間では2016年、英空軍が初めて日本に飛来し、航空自衛隊と共同訓練を実施したほか、陸上自衛隊と英陸軍も共同演習を実施してきた。海上自衛隊と英海軍にいたっては、ソマリア沖の海賊対処という実際の作戦で行動を共にしてきた。その集大成が昨年の空母クイーン・エリザベスの来訪であった。 一方、外交面では、日英は2013年、軍事情報の交換と秘密の保護を定めた日英情報保護協定を締結したほか、2017年、自衛隊と英軍との間で物品や役務を相互に提供し合うことを可能にする物品役務相互提供協定(ACSA)を結んでいる。 そして、2022年5月の日英首脳会談では、自衛隊と英軍が互いの国を訪問した際、それぞれの法的地位を定めた円滑化協定(RAA)に大枠で合意した。 このように、日本の次期戦闘機が日英共同開発で進められるのは、日本と英国が過去、時間をかけて着々と外交と軍事の両面で関係を深めてきたことの結果であると言える。 英国との関係を日本では「パートナーより上の段階」とか「準同盟国」などとあいまいな呼び方しかしないが、英国では日本のことをAllies(同盟国)であるとか、New Type of Alliance(新しい形の同盟)とはっきり呼ぶことが一般的だ。 同盟の定義には諸説あるが、英国は日本にとってすでに立派な同盟国であると認識しなければならない。なぜなら、国の守りのシンボルとも言える戦闘機を共同で開発するなど、同盟関係になければ絶対にしないことだからである。 【秋元千明(英国王立防衛安全保障研究所〔RUSI〕日本特別代表
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