トルコのごね得狙い? 北欧2カ国NATO加盟に難色の裏側
フィンランドとスウェーデンのNATO加盟に難色を示すトルコのエルドアン大統領(AP/アフロ)
フィンランドとスウェーデンは5月17日、北大西洋条約機構(NATO)に同時に加盟申請することを決定し、ウクライナ戦争の結果、欧州の安全保障地図が大きく塗り替えられる見通しとなった。だが、NATOの古参メンバーであるトルコのエルドアン政権がこの加盟に難色を示して抵抗し、欧米は説得に躍起だ。〝ごね得狙い〟とも見えるエルドアン氏の思惑は何なのか。
加盟反対は一流の揺さぶり
エルドアン大統領が両国のNATO加盟について最初に注文を付けたのは5月13日のイスラムの金曜礼拝の直後だった。「トルコはフィンランドとスウェーデンの加盟に前向きになれない」と発言、2カ国の加盟を歓迎する欧米各国の雰囲気に水を差した。 同大統領は次いで16日、両国がトルコとの話し合いをするために特使を派遣する動きを示したのに対し「われわれを説得しようとしても無駄になるだけだ」と冷たく突き放した。ストルテンベルグNATO事務総長は「合意を見出せると確信している」と述べたものの、困惑ぶりは隠せなかった。 トルコの反対がなぜ問題になるのか。その理由はNATOへの新規加盟にはメンバーの全会一致の賛成が不可欠だからだ。トルコが拒否権を発動すれば、両国の加盟が実現しないことになってしまう。だが、両国の加盟にはロシアと友好関係にあるハンガリーを除いて各国が諸手を挙げて賛同しているのが現実で、トルコの難色には大勢が渋い反応だ。
エルドアン大統領やチャブシオール・トルコ外相によると、加盟に反対する理由は公式には2つだ。1つはフィンランドとスウェーデンが、トルコがテロ組織として掃討作戦を進める反体制組織「クルド労働者党」(PKK)や、PKKと関係の深いシリアのクルド勢力を支援していることだ。 第2に、トルコが2019年にシリア北部に侵攻した際、両国がトルコへの武器禁輸の発動に加わったことだ。エルドアン大統領は「トルコに制裁を科すような人々の加盟に賛成することはできない」と反発。チャブシオール外相も「テロを支援する国は加盟国になるべきではない」などと反対の理由を挙げた。 だが、米高官は「エルドアン氏は断固拒否するとは言っていない」と指摘。歩み寄りの余地があるとの考えを示しており、他の要求を獲得するためのエルドアン大統領一流の揺さぶりではないか、と見る向きが多い。米ブリンケン国務長官は18日に急きょニューヨークでチャブシオール外相と会談、トルコの真意を確かめる意向だ
真の狙いはEU加盟の保証か
こうしたエルドアン大統領のはみ出し的な言動は過去にも再三繰り返されてきた。20年には、NATOの加盟国でありながら敵性国のロシアから最新鋭の対空防衛システムS400を導入。反対した米国との関係が冷却化、ステルス戦闘機F35の供与停止という制裁を科されたままだ。 今回の大統領の言動について、ベイルートの消息筋は「彼はフィンランドとスウェーデンの加盟に最後まで反対するつもりはない。これを取引カードに利用して取れるものを取りたい、というのが思惑だろう。どこまで暴れることができるか、計算しながらの振る舞いだ」と見ている。 同筋によると、エルドアン大統領にはウクライナ戦争をめぐって欧米、とりわけ米バイデン大統領に強い不満がある。ロシアとウクライナの和平交渉の仲介役として、会談場所を提供するなど努力しているのに、トルコの調停への支援や評価が乏しいことだ。そうした中、NATOの新規加盟には加盟30カ国の全会一致の賛成が必要なのにもかかわらず、北欧2カ国の加盟が既定路線のように進められていることへの反発があるのだという。 欧州の報道などによると、エルドアン大統領は最近、バイデン大統領との関係が疎遠になっていることを懸念。「トランプ前大統領時代は電話で気軽に交流ができたが、バイデン大統領になってからはホットラインがなくなった」と漏らしており、バイデン大統領の気を引こうとした側面があるのかもしれない。
それでも、「真の狙いは欧州連合(EU)加盟の保証」(同筋)ではないか、との見方も強い。トルコはEUへの加盟が悲願で、1987年に加盟を申請したものの、人権や法の支配の軽視などを理由に35年以上も加盟が認められてこなかった。トルコ国内にはEU加盟が認められないのは「白人ではないため」という人種差別的な批判がある。 しかし、今回のロシア軍のウクライナ侵攻では、EU内からウクライナ加盟を求める声が相次ぎ、キーウを訪問したEUの幹部はウクライナの加盟をすぐにでも認める考えをウクライナのゼレンスキー大統領に伝えてさえいる。エルドアン大統領はこうしたEUの姿勢に「誰かが戦争を仕掛けてくれば、トルコの加盟が議題になるのか」と痛烈に皮肉っている。
欧米も引かず、駆け引きは続く
エルドアン大統領は経済の低迷やインフレの高進などで支持率が低下、来年6月に予定されている大統領選挙での再選に黄信号が灯っている。だからこそ4月末には、敵対してきたサウジアラビアを訪問して関係改善を果たさざるを得なかった。経済の浮揚にはサウジの力が必要だったからだ。 「北欧2カ国のNATO加盟を認める代わりに、欧州からトルコのEU加盟の保証を取り付ける」。エルドアン氏が今回の事態をトルコの宿願を達成する絶好機と見なすことはむしろ当然だ。だが、欧米が同氏の足元を見透かしているのも事実。6月のマドリードで開かれるNATO首脳会議までエルドアン氏との駆け引きは続くだろう。
佐々木伸