ドン・キホーテの伸びしろ2.4兆円?総合スーパー“再生請負人”のスゴイ戦略とは
なぜ、ドン・キホーテは停滞する総合スーパーを買収し、儲かる店に変えることができるのだろうか?(写真:Rodrigo Reyes Marin/アフロ)
2000年代初頭から衰退し続ける総合スーパー。かつて名を馳せた「ダイエー」「西友」「マイカル」などの大手企業は時代の流れとともに淘汰され、今ではそのほとんどが再編の波に呑まれていった。多くの企業が総合スーパーの事業立て直しに苦労する中、破綻しかけた総合スーパーや居抜き店舗を買い取り、儲かる店に再生させることで成長してきた企業がある。それがディスカウントストア最大手の「ドン・キホーテ」だ。なぜ、ドン・キホーテは総合スーパー業態を成功させることができるのか、ほかの総合スーパーにはない「集客力」の秘密はどこにあるのか。業績好調の同社の伸びしろを都道府県別に徹底分析する。
【詳細な図や写真】「総合スーパー」という業態は、今世紀初頭から衰退の一途をたどっている。イオン、イトーヨーカ堂、イズミなど数社を除き、その大半が淘汰、再編の波に呑まれた(写真:アフロ)
●消えていく総合スーパー
少し前にセブン&アイホールディングスが、グループ傘下の百貨店の「そごう・西武」を売却するというニュースが出て、業界周辺は騒然となっていたが、まだその結果は公表されてはいない。外資系ファンドを中心に入札がされたということであるが、その中から落札ということになるのであれば、そごう・西武がそのまま百貨店として存続するとは考えにくく、地方店や小型店の用途は変更されることになる可能性が高い。 そごう・西武の決着がどのようになるにせよ、セブン&アイ・グループにとって、これで一件落着という訳ではなく、その本丸とされる総合スーパー「イトーヨーカ堂」の再生という問題にも向き合っていかなければならない。 セブン&アイ・グループの祖業でもあるイトーヨーカ堂については、長らく右肩下がりの業績が続いているのだが、「効果的な改善施策を打ち出せてはいない」と投資家筋では指摘する声もある。 現時点のグループ計画などによれば、イトーヨーカ堂については、おおまかには不採算店の閉鎖、食品強化、非食品部門の適正なテナント化という方向性が示されているのだが、縮小均衡からは抜け出せてはいない。ステークホルダーからは売却も含めた抜本的な対策を望む声が大きくなってきている。 しかし、イトーヨーカ堂が首都圏中心部における駅前一等地を押さえていることを考えると、事業売却という選択肢はないはずだし、グループにヨークベニマルという実力ある食品スーパーを抱えていることを踏まえれば、ベニマル化して食品流通の軸とすることが落としどころだと、個人的には思っている。 「総合スーパー」という業態は、今世紀初頭から衰退の一途をたどっており、イトーヨーカ堂に限った話ではない。2000年代初めにダイエー、西友、マイカルなどの大手が淘汰された時代を経て、その後も総合スーパーは凋落が続いており、イオン、イトーヨーカ堂、イズミなど数社を除き、その大半が淘汰、再編の波に呑まれていった。 大手総合スーパーとして3番手であったユニーも紆余曲折を経て、今ではパン・パシフィック・インターナショナルホールディングス
(PPIH:ドン・キホーテを中核会社とする流通大手グループ)の傘下となった。
総合スーパー各社が事業再構築にてこずる中、このPPIHは、ドン・キホーテというディスカウントストア出身ながら、今や総合スーパー再生請負人とも言われ、総合スーパーを丸ごと抱えても、再生出来る稀有な存在となっている。
●2強セブンとイオンを追い上げる、ドンキ急成長のカラクリ
PPIHの中核業態であるドン・キホーテは、言わずと知れたディスカウントストア最大手であり、その売場を一度は目にしたことがあるはずだ。商品をうず高く積み上げる「圧縮陳列」で会社が「魔境」と呼ぶ、どこに何があるかも分からないほど混沌とした「宝探し」のような空間を作り出すことで、来店客の時間消費を誘う、というのはよく知られた話であろう。 目的買いのために足を運ぶ場所ではなく、空間を楽しみながらウロウロしているうちに、衝動買いしてしまうという特殊な売場はこの会社にしか作れまい。コロナ前は、海外にも存在しないその不思議な空間は、来日インバウンド客の旅行目的地となっていたほどだ。 こうした独特の集客力を持つドン・キホーテが、昔から得意としていたのが、総合スーパーなどの大型店舗の居抜き出店だった。不採算店となって閉鎖した総合スーパーの店舗は、同業が引き受けても運営が難しいのだが、ドン・キホーテにかかればその多くが売場の集客力によって再生してしまう。 こうした実績を多数積み重ねたドン・キホーテは、2007年には破綻した総合スーパー「長崎屋」を会社ごと買収して、その再生を果たした。会社としての長崎屋の業績は2021年3月時点で、売上1,926億円、経常利益67億円(経常利益率3.4%)と公表されているからその成果は明らかだ。 さらには総合スーパー第3位だったユニーも傘下に入れたPPIHは「長崎屋+UDリテール+ユニー」の売上合計(2021年3月)で約8,700億円(営業利益366億円)に達しており、セブン&アイHDとイオンの2大流通グループに次ぐ、総合スーパー関連部門を運営している。 PPIHは総合スーパーを再生することで成長する企業となっているのだが、同じことが出来る企業は今のところ存在していない。どうしてドン・キホーテだけが総合スーパーを活性化できるのだろうか
●総合スーパー業態でも「ドンキ式運営」なら儲かる理由とは?
そもそも総合スーパーの顧客が誰に奪われているかと言えば、ざっくり言ってしまえば専門店チェーン群であり、具体的にいうと食品スーパー、ドラッグストア、ホームセンター、カジュアルアパレル、100円ショップなど、あるいは、その集積である。 特に平日の生活必需品の補充のための買い物に関して消費者はなるべく時間をかけたくないと思っているので、さっと寄って短時間で必要なものを買い揃えて帰ろうとする。そうなると、ロードサイドの食品スーパーにドラッグストア、100円ショップなどが併設されているような店で済ませる方が時短になる。半端に広くて複数階に売場が分かれている総合スーパーにわざわざ行こうとはしないのだ。 休日はどうかと言えば、さまざまな専門店が配置されている大型ショッピングセンター、もしくは駅前の大型商業施設でゆっくり見て回るほうが楽しいというのが消費者の判定だ。忙しい時も、時間があるときでも総合スーパーは分が悪いのである。
それに対してドン・キホーテは「宝探し空間」なので、元々、忙しい人には探す時間がかかるため選択肢に入らない。ドン・キホーテに来るのは時間的に余裕があって、ゆっくり宝探しでもしながら面白い商品を探している人なのだ。 こうした人は消費者の多数派ではないが、一定割合で存在しているのであり、だからこそドン・キホーテはここまで大きくなった。このような特定の顧客層が支えてくれていることをドン・キホーテは十分に理解しており、国内への店舗展開状況を見てもそのことが分かる。 図表は、ドン・キホーテの都道府県別売上の地域の大型小売店売上におけるシェアを示しているが、この会社の売上が特定地域に偏らず、広く一定割合で全国に拡がっていることが分かるはずだ(首都圏出自の企業でありながら、首都圏におけるシェアが突出しているということがない)。これはドン・キホーテの顧客層が特定層であるため、一定以上のシェアを大きく超えるとオーバーストアになる懸念があることをよく分かっているという現れだと考えられる。 とすれば、地域でもシェアが一定水準となった場合、ドン・キホーテのマーケットは飽和に達するという恐れがあるということでもある。図表でディスカウント売上のシェアが最も高いのは沖縄県なのであるが、この水準に近い7%を上限だと仮に想定したなら、ドン・キホーテの国内成長余地は7,100億円ある、と計算できる。 あくまでも仮置きの数値でしかないが、こうした限界点が見えていること自体、成長を模索するドン・キホーテからすれば由々しき事態だということになろう。
●ドンキの国内成長余地は2.4兆円と言えるワケ
こうした理屈を打破するためには、新たなフロンティアが必要であり、それがドン・キホーテにとってはインバウンド市場、海外市場、および、総合スーパーのM&Aである。インバウンド、海外においてドン・キホーテがまだまだ成長出来ることは、これまでの実績からも明らかなのであるが、今はコロナ禍によって、なかなか事情が許さない。 当面は総合スーパーへのドンキ式運営導入による再生の確実化によって、成長基調を維持していく必要がある。先ほどの図表に戻って総合スーパーが地域シェアを持っていたかを考えれば、ドンキ式総合スーパーがどのくらい潜在市場を計算できるかも分かる。あくまで計算上だが、ドンキ式総合スーパーが愛知県程度のシェアを確保できたなら、ドン・キホーテの国内潜在市場はさらに2兆4,000億円程度は積み増すことが可能になる。 2019年に買収したユニーの活性化に成功すれば、ドン・キホーテは新たな需要を確保出来ることになり、大きなフロンティアを開拓出来たことになるのである。総合スーパーを活性化可能であることを改めて確認出来れば、冒頭で話題にしたイトーヨーカ堂に関しても何らかの提案が可能になるかもしれない。イトーヨーカ堂は、グループ食品チャネルとして維持されるとしても、非食品部門のテナント化など、何らかのテコ入れは必要だ。 ドン・キホーテが総合スーパーとの親和性を証明できたのであれば、イトーヨーカ堂の非食品テナント化のパートナーともなり得るかもしれない。それだけではなく、ドンキ式総合スーパーが新たに別のエリアに新規展開していくことも可能になる。 今のところ、ほぼ順調に進んでいるドン・キホーテによる総合スーパー活性化であるが、これが完全に立ち上がるか否かが、PPIHの成長余地を決める大きな要素となるのである。PPIHは、インバウンドの回復や海外進出に加えて、国内市場での新たな成長余地の開拓によって、さらなる成長の持続性を示すことが可能なのである。
執筆:nakaja lab 代表取締役 流通アナリスト/中小企業診断士 中井彰人
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