ウクライナから戦火逃れたダンサー 日本のバレエ団が手差し延べ
キエフから逃れてきたエフゲニー・ペトレンコさん(左)と妻の長澤美絵さん=埼玉県所沢市のNBAバレエ団で2022年3月28日、斉藤希史子撮影
NBAバレエ団(埼玉県所沢市)は、ウクライナから戦火を逃れて来日しているバレエダンサー、エフゲニー・ペトレンコさん(28)の採用を決めた。現地では芸術家も武器を取って続々と従軍していると伝えられており、事態を憂慮した久保綋一芸術監督が「支援の一環に」と、急きょ受け入れた。【斉藤希史子/学芸部】
◇長男預けに来日 そのまま帰れず
ペトレンコさんは首都キエフの出身で、「キエフ・クラシック・バレエ」の一員。妻は埼玉県出身のバレリーナ、長澤美絵さん(36)。1歳になる長男を伴って来日した。ペトレンコさんは「外国で職を探すとは思わなかったが、日本の皆さんには感謝でいっぱい。自由を求める祖国の魂を踊りで見せたい」と話している。 欧州ツアーをしていた2月初めから、日本の大使館員に再三退避を勧められた。埼玉県に住む長澤さんの親元に長男を預けようと、2月13日に日本へ。当初は夫婦でキエフへ戻る予定だったが、同24日、ロシアによる侵攻が始まり不可能になった。長澤さんは「万一に備えて子どもだけを疎開させるつもりだったのに、まさか」。ペトレンコさんは「ロシアとの関係は歴史的にも常に緊張状態。何が起きてもおかしくはないと、心のどこかで覚悟していた」という。家財などは残したままだが、腰を据えて妻の母国で踊る道を選んだ。 ペトレンコさんは「ウクライナは『芸術が魂』のお国柄」と話す。2年前、新型コロナの拡大で劇場が閉鎖された際も、市民は再開を心待ちにしていたという。「幼少から踊りに身をささげてきて、コロナによる制限は最悪の状況だと思っていました。でも、今よりはましだったのです」と2人。ウクライナ人は芸術を求めるのと同じ強さで自由を志向し、祖国を守るための戦いをいとわない、とペトレンコさんは言う。「私たちの心情はサムライに通じる。姿かたちも似ているでしょう?」と、民族の誇りを掲げた軍事的組織「ウクライナ・コサック」の画像をスマートフォンで見せてくれた。しかし、ウクライナとは対照的に芸術が「不要不急」扱いで、公的支援などが少ない日本。今後ダンサーとしての自立は容易ではないが、「踊れることの幸せを痛感した」と、希望を抱いている。 ◇プーチン政権で進む政治利用 長澤さんは夫と同じバレエ団で、プリンシパル(最高位)として長年活躍している。10代でロシア・サンクトペテルブルクの名門ワガノワ・バレエ学校に留学し、ウクライナのドネツク・バレエを経て2010年にキエフへ。ドネツクの一部は2月21日、ロシアによってウクライナからの分離が宣言された。プーチン政権は、分離を象徴する「Z」や勝利を意味する「V」の人文字をバレリーナたちに作らせて写真をネット交流サービス(SNS)で拡散するなど、国威発揚のプロパガンダを展開している。長澤さんは「ロシアにもドネツクにも多くの友達がいて、今も連絡を取り合っています。バレエがこんなふうに政治利用され、仲間が切り離されるなんて」とショックを隠さない。願いはただ一つ、「平和が戻り、世界中の人が芸術を心から楽しめる日々が戻ること」だ。
◇ ペトレンコさんは5月28日、所沢市民文化センター・マーキーホールでの公演
「リトル・マーメイド」(リン・テイラー・コーベット振り付け)に出演する。
問い合わせは同センター(04・2998・7777)
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