プーチンの末路3つのパターン、クーデターか内戦か・・・
政府関係者らとビデオ会議するプーチン大統領(2022年3月10日、写真:ロイター/アフロ)
前回稿(https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/69254)で、ペテルブルク大学からのSNSで見えてきたロシアの国内の粛学、言論弾圧の現状を記したところ、多くの反響をいただきました。
【本記事の写真】異常な距離をとってプーチン大統領と会談するゲラシモフ参謀総長、ショイグ国防相。2人をビデオカメラがとらえている。
特に、親しくご一緒するX大学経済学部で公共政策を講じるY先生(お名前は伏せるようにとのことでしたので)からは、詳細に事態を検討する考察の一伸や、資料のご提供もいただきました。 前便でプーチン粛学で「学術を歪める可能性」と記したところ「プーチンはとっくに学術を歪めまくっている!」として、2021年夏にプーチン名義で発表された論文で展開された「ロシア・ウクライナ一体論」
(https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGR12CKB0S1A710C2000000/)
がどれほど曲学阿世であるかの詳細な跡付け、これについては私も思うところがありましたので、続稿を別途準備したいと思います。 本稿には、報道から垣間見えてしまうロシア国内の変化について、日本の報道から漏れていると思われる内容を記します。 まず最近プーチン政府が発表した幾つかの報道写真を見てみましょう。 例えば、治安当局者を集めた会議の風景を収めたこれ
(https://www.mercurynews.com/2022/02/21/putin-unloads-parade-of-ukraine-grievances-in-tv-broadcast/)
をご覧ください。 あるいは、軍と国防の2大トップとの会談(であるはずというか、間違いなくそうなのですが・・・)を収めたこれ。 異常なものを感じられませんか?
■ 狙っているのはカメラの砲列だけではい
上の会談は、国内メディアでゲラシモフ参謀総長とショイグ国防相だけをクローズアップして(https://www.jiji.com/jc/p? id=20220228090521-0040852113)、通夜のような表情を戦局と結びつけたりする日本語の記事も目にしましたが、文字通り近視眼としか言いようがありません。 こうした記事に記された「大統領の遠い着席位置(The president often comes across as an isolated figure.)を「専制君主のような」といったピンボケの日本語と共に伝えても、事態の理解におよそプラスにはなりません。 どうして物理的にこんなに距離が離れているのか?
ヒントは写真の中にあります。
この会議は戦争指導部としてのトップ会合で、ロングのショットではショイグ国防相とゲラシモフ参謀総長をビデオカメラがとらえているのが分かるはずです。 必要があれば、随時、最前線の指揮官などともつなげるよう、遠隔会議の設定にもなっている可能性があります。 ただ、2022年の戦争指導部最高会議にしては、使っている機材が大型で、古めかしいデジタルビデオであるのが目を引きます。 デジタルビデオがこのサイズでなければならなかったのは1990年代末、記録メディアがデジタルカセットテープだった時代の話です。 今日では、報道用にカメラマンが安定して持てるよう、あえて大型に作ったプロ機材以外、こんなサイズは必要ない。 長年使い慣れた旧式サイズの機材を、わざわざ三脚に立てて、しかも2台も並べる、テクノロジカルな理由は一切ありません。 なぜこのような旧式機材をつかっているのか。ロシアは小型のウエブカメラを装備できないのか・・・。いや、そうではないでしょう。 こうした機材の選択には、最低あと2つ程度の背景が考えられます。それはすべて「威嚇」です。 第1の威嚇は「お前のここでの発言は、すべて記録しているんだぞ」という威嚇です。 戦争の執行にあたってほんの少しでもプーチンの思惑に反する発言があれば、後々そのビデオを証拠として、国家反逆罪など、どのような罪にでも問えるという威嚇。 目の前からカメラとマイクが狙っていたら、言いたいことなど何一つ言えません。 第2の威嚇は、この第1の威嚇の背後に存在する「護衛」にあります。 狙っているのは「カメラの放列」だけではないのです。会議の室内には映っていませんが、壁一枚隔てた背後には、いくつもの銃口、つまり本物の「砲列」が、ショイグとゲラシモフを狙っている。 彼らが通夜のような表情にならざるを得ないのは、ピストルを突きつけられて会議を強要されているからです。 この1の1を押さえておきましょう
■ 誰の指示で引き金は引かれるか? ゲラシモフもショイグも、ロシア国軍のトップで軍の実権を掌握する実力者です。 彼らが指令を発すれば、何万というロシア軍が動き、大量の破壊兵器が発射され、無辜のウクライナ市民が何百、何千人と殺されます。 しかし、いま会議場に引き立てられたゲラシモフやショイグを「護衛」しているのは、彼らの指揮下にある軍ではありません。 正確なことは分かりませんが、大統領を警護する別系統の部隊であるのは間違いありません。 大統領府の護衛部隊はプーチンの命令で、不穏分子を即座に射撃することが許されているはずです。 そうした彼らがゲラシモフ参謀総長やショイグ国防相を「護衛」している。 この「護衛」は本質的にプーチンの護衛であって、髪の毛一つ程度でも不穏なことがあれば、またプーチンから指示があれば、たちどころにショイグもゲラシモフもハチの巣状態、という現実があります。 無用に大きく旧時代型のデジタルビデオカメラの砲列は、もう一つの「本物」の方も忘れるなよ、「メメント・モリ」死を忘れるな、と露軍トップ2人を現在進行形で恫喝しているとみるのが妥当と思います。 こうした構造は時代と場所を問わず多くの国家で見られます。 例えば、ナチスドイツが政権を奪取した際「鳥羽伏見の戦い」に相当する功績を上げたエルンスト・レーム・ナチス突撃隊幕僚長が、天下を取った翌1934年「長いナイフの夜」と呼ばれる粛清で、ハインリヒ・ヒムラー率いる「アドルフ・ヒトラーを護衛するための武装組織」親衛隊に射殺されたケースなど、枚挙の暇がありません。 ロシアのケースでプーチンに直結するのは、かつてソ連で「スターリン大粛清」の主要な執行者とされるラヴレンチ・べリアと、その最期のケースでしょう。
■ 飼い犬が手を噛むとき グルジアのアブハジアで生まれたラヴレンチ・べリア(1899-1953)は工業学校で学んだ後、20歳でアゼルバイジャンの保安部隊に入り、翌年21歳でレーニンの設立した秘密警察「チェーカー」に入りました。 20代前半からグルジアやアゼルバイジャンでの「反革命分子」の「一掃」に辣腕を振るいます。早い話、若い時から謀殺組織の実行部隊であった。 1924年にはグルジア「民族主義者」の弾圧で、少なく見積もって1万人を処刑した「仮借なきボリシェヴィキの働き」で赤旗勲章などもらってしまい、25歳かそこらでコーカサス秘密警察の長官になりましたので始末におえません。 終生グルジア共産党を支配下に置き、党第1書記として1934年からは中央政界に転じます。 1938年にはモスクワに送り込まれ、スターリン大粛清で数百万人を殺害(正確な数はよく分かっていない)したのを振り出しに、1939年連邦治安管理局長官、41年人民委員会議副議長(副首相)、45年ソ連軍元帥、46年党政治局員と、もっぱら諜報と暗殺、大量虐殺で立身出世していきます。 戦後は実力者アンドレイ・ジダーノフと対立(出身地であるウクライナのマリウポリは、冷戦終結まで「ジダーノフ」の都市名で呼ばれていました)ジダーノフの死後にべリアたちが引き起こしたのが、前回稿(https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/69254)でも触れたレニングラード事件 です。 この粛清だけでも2000人以上の人が殺されています。 スターリンは1953年3月5日に急逝します。それは3月1日にべリアたちと夕食を共にした際に倒れ、そのまま息を引き取ったものです。 スターリン期ソ連の外交責任者ヴャチェスラフ・モロトフの回想録によると べリアはスターリンに毒を盛ったことを自慢していたようです。 ではなぜ、こんな好き勝手をべリアはし続けることができたのか? ロシアのあらゆる要人の「護衛」を担当する兵士たちは、べリアの指揮下にあったからにほかなりません。 フルシチョフなどは、国家保安省のトップであったべリアのこの「護衛戦法」に苦しめられました。 何せ、国が派遣しているはずの「護衛」が、べリアの都合が悪くなると、突然「反革命の手先」「資本主義の傀儡」「スパイ」などの「容疑」で、即座に銃口から火を吹くのですから、たまったものではありません。 しかし、最終的にべリアは「失脚」そして「処刑」されます
いかにしてべリアは失脚したのか? フルシチョフは1953年6月23日「政治局集会」を招聘、その場にべリアをおびき寄せます。 スターリン死後、実質的にソ連のトップに上り詰めていたべリアの、一瞬のスキを突いたのです。フルシチョフの政治局集会には、べリア指揮下の武装警護はついていませんでした。 その場でフルシチョフは「べリアが英国諜報機関に雇われていた」と口撃を開始。 べリアの即時解任を要求すると、盟友だったはずのマレンコフが机のボタンを押し、隣室に控えていたゲオルギー・ジューコフ元帥以下のソ連軍兵士がべリアに殺到して身柄を確保。 「ソビエト特別法廷」で弁護人なし、弁明権なしの特別法廷で死刑宣告、同年12月23日に銃殺されたとされます。 もっとも、この裁判が秘密法廷で弁護人も弁論もなしだったのは、裁判が始まった時点で既にべリアは生きておらず、6月26日にピストルで射殺されていたからだったなど異説もあります。要するに権謀術数の中で殺されました。 べリアの死後、国家保安省は一委員会に格下げされ「ソ連国家保安委員会」に縮小されました。 そのようにして生まれたのがKGB、つまりプーチンを生んだソ連秘密警察にほかなりません。プーチンはスターリン粛清の担い手、べリア機関直系の後継者で、あらゆる手法を受け継いでいるわけです。
■ プーチン失脚、3つの可能性 スターリン粛清のべリアや、ヒトラーの盟友レーム、さらには維新後明治政府の政変や暗殺などを参照しても、プーチンが失脚するとすれば3つの可能性が指摘できるでしょう。 第1は軍によるクーデター、これはすでに全ロシア退役将校会会長のレオニード・イワショフ退役大将(http://ooc.su/news/obrashhenie_obshherossijskogo_oficerskogo_sobranija_k_prezidentu_i_grazhdanam_rossijskoj_federacii/2022-01-31-79)がプーチンに大統領辞任を要求(https://globe.asahi.com/article/14550085)するなど、軍人としては本音でしょう。 この戦争に「大義」など何もないことは、専門である防衛関係者の方がよく分かっています。 加えて、クレムリンは出撃命令するだけですが、実際に時代遅れの国境突破など、白兵戦を展開して、殺されたり怪我をしたり、身体に障害を負って残りの人生を送らなければならなかったりするのは軍人サイドです。 まともな将官なら反対するのが当たり前。 これはイワショフ大将でも、昨秋亡くなった米国のコリン・パウエル元米国務長官・米軍参謀本部議長など、普通に分別のある軍人なら誰でも同じ反応を見せるでしょう。 しかし現役トップであるゲラシモフたちは、自分や家族の命を人質に取られたまま最高指導者を演じさせられていますから、秘密警察を掌握する大統領の言うことを聞かざるを得ない。 ということで、青年将校が反乱を起こすなどしてロシア軍が機能不全を起こした場合、プーチン政権は停止する可能性があるでしょう。 「ロシアの2.26型崩壊シナリオ」と呼んでおきましょう。 第2は、前回稿にも記した通り、言論統制など恐怖政治の圧力に耐えかねたロシア国民から革命的な火の手が上がる可能性。これは現実には少ないかもしれません。 しかし、対するウクライナでは、市民が自衛軍・民兵組織を編成して、徹底抗戦の構えを見せており、ロシア軍は全く士気が上がりません
良いたとえではないですが、これは、気乗りのしない大阪府軍が、去年まで同じ国だった京都に「人道的特殊軍事作戦」を命じられ、兵士の大半は京都府民を撃ったりしたくない中、京都の自衛民兵が武装組織を編成して猛反攻しているような状況。 ウクライナではこれが現実のものとなっています。「ロシアのウクライナ型政変シナリオ」、説としては弱いかもしれません。 より実際に可能性が高いのは第3のパターンではないかと思います。 1979年10月26日夜、韓国の軍事政権トップであった朴正煕大統領は、酒宴の席で、側近であった韓国情報部=KCIA部長だった金載圭陸軍中将によって射殺されました。 最高権力者を守るはずの銃口が、最高権力者の方向に向けられると、それより先には守る盾がありません。 プーチン政権はすでに内部でも様々な不協和音が隠せません。老KGBに瞬時の隙ができた時が、ロシアにとって運命の岐路になる可能性が考えられます。 プーチンのKCIA型射殺シナリオ、飼い犬に手を噛まれる可能性は、日本の東条英機暗殺計画(https://ci.nii.ac.jp/ncid/BN07851511)、ドイツで数多く準備されたヒトラー暗殺計画同様、今現在ロシア国内に複数準備があると見て外れないでしょう。 こうした情勢の検討は、かつて澁澤栄一財団の戦略的外交人材育成奨学生として、分析を学んだ際、生々しい事例に触れました。 私の指導教員であった田中均さんは、金正日体制の北朝鮮との外交交渉で「ミスターX」とテーブルに着いた際、「あなた方日本人は、交渉が決裂してもそれで終わりだろう。でも私たちは失敗した場合、自分や家族が銃殺される。そういう覚悟でテーブルについている」と告げられたそうです。 これを教えてもらったのは2009年のことでしたが、極めて残念なことに、ミスターXこと柳敬・国家安全保衛部副部長は、2011年1月頃に起きた政変によって、実際に銃殺刑(https://www.j-cast.com/2013/09/17184047.html)に処されてしまいます。 何が起きても全く不思議ではありません。
伊東 乾
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