ついにオリガルヒたちが、プーチンを「見放す」兆候…「独裁者」の足元が崩れ始めた
<すべてを失うことを恐れるオリガルヒ(新興財閥)が、一斉に戦争反対の声を上げ始めた。政権打倒は可能だと、暗殺されたリトビネンコの妻は訴える>
Sputnik/Alexei Nikolsky/Kremlin via REUTERS
[ロンドン発]ウクライナに侵攻したウラジーミル・プーチン露大統領は南部のザポリージャ原発を攻撃し、支配下に置いた。1986年に起きた世界最悪のチェルノブイリ原発事故を思い起こさせた。抵抗する主要都市を降伏させるため、ロシア軍は民間人を殺害して恐怖を煽っている。ロシア国内では情報統制が敷かれ、戒厳令発動の観測も飛び交い、国外に脱出する人が出始めた。
【木村正人(国際ジャーナリスト)】
プーチン氏はロシアが滅びるぐらいなら、世界を先に滅ぼした方がいいという妄想に取り憑かれている。いや自分が失脚するぐらいなら祖国と世界を道連れにしてやると考えているのかもしれない。 2006年11月、ロンドンのホテルでティーに致死性の放射性物質ポロニウム210を入れられ、毒殺された元ロシア連邦保安庁(FSB)幹部アレクサンダー・リトビネンコ氏の妻マリーナさん(60)は夫が死の2日前に残した言葉を思い出す。 「あなたは私を黙らせることに成功したかもしれないが、その沈黙には代償が必要だ。あなたを批判する人たちが主張するように、あなたは野蛮で冷酷な人間であることを自ら示した。生命や自由、文明的な価値観に何の尊敬の念も抱いていないことを示したのだ」 「あなたはロシアの大統領という職責に値しない人間であること、文明的な人々の信頼に値しない人間であることを示した。プーチンよ、1人の人間を黙らすことができても世界中の抗議の声を封じ込めることはできない」 ロシアの工作員によってポロニウム210を混ぜたティーを飲まされ、内部被ばくしたリトビネンコ氏は嘔吐と激痛を訴えて病院に緊急入院した。髪の毛がすべて抜け落ちた。白血球が極端に減少し、免疫システムが壊れてしまったような症状だった。 骨髄不全になり、肝臓、腎臓、心臓が次々と破壊されていった。病室には放射線防護服を着た人が動き回っていた。リトビネンコ氏は政治的な声明というより個人的な感情を、愛するマリーナさんに言い残した。
■「核のボタンを押せるのは気の狂った人間だけ」
旧ソ連時代の1978年、ブルガリア出身の作家兼ジャーナリストのゲオルギー・マルコフが足に毒物リシン入りペレットを打ち込まれ、暗殺された。KGB(ソ連国家保安委員会)は暗殺兵器を用意したものの、実際に手を下したのはブルガリアの情報機関だった。アメリカに外交上の攻撃材料を与える暗殺にKGBは乗り気ではなかったとされる。 市民社会の中で放射能兵器を使って英国籍を取得していたリトビネンコ氏を暗殺する命令を下した疑いが持たれるプーチン氏はこの時すでに一線を越えていた。核戦力を「特別警戒態勢」に移行させたプーチン氏が「核のボタン」を押すかどうか。マリーナさんはこうみる
一斉に戦争反対の声を挙げるオリガルヒ
「気の狂った人間だけが核兵器を使用することができる。もしプーチン氏が狂っているなら核のボタンを押せるだろう。しかしプーチン氏1人でそれができるわけではない。何人かがそのプロセスに関わるだろう」 「少なくとも2人、3人の人間が行動を起こす必要がある。プーチン氏の周りの人間が彼と同じほど狂っていないことを祈るのみだ。プーチン氏はそれをやりたがっているが、彼の周りにいる全員が喜んでやるとは思えない」とマリーナさんは筆者に語った。 ロシアマネーと原油・天然ガス欲しさに、西側はプーチン氏の暴走に目をつぶり続けてきた。プーチン氏批判の急先鋒だったロシア人ジャーナリスト、アンナ・ポリトコフスカヤさん殺害、リトビネンコ氏暗殺、2008年のグルジア(現ジョージア)紛争、14年のクリミア併合とウクライナ東部紛争、18年の市民が巻き添え死した元二重スパイ父娘暗殺未遂事件でも西側はプーチン氏を追い詰めるような制裁は控えてきた。 マリーナさんは「プーチン氏は以前からレッドライン(越えてはならない一線)を越えていたと思う。しかし西側はプーチン氏の攻撃を恐れていたため協力しようとしてきた。彼がどんなひどいことをしてもロシアとのビジネスは通常通り行われてきた」と批判する。 「プーチン氏は西側が弱く、団結してロシアに対抗できないと思い込んできた。彼は自分のしたいようにできると判断した。しかし今回は違う。そんな時代は終わったのだ。彼は大きな間違いを犯した」 しかし「今、西側はやるべきことをすべてやっているが、以前に行うことができたはずだ。何度もチャンスを逃してきた。クリミア併合、ウクライナ東部紛争に対する制裁も十分ではなかった。もっと断固とした措置をとっていればウクライナで今起こっているような事態は回避できたかもしれない」とマリーナさんは言う。 プーチン氏に近く「アルミ王」と呼ばれるオレグ・デリパスカ氏は「いったい誰がこのパーティーの代金を支払うのか。戦争を終わらせるための話し合いをできるだけ早く開始すべきだ」とSNSに書き込んだ。これまでプーチン氏を批判したことがないオリガルヒ(新興財閥)が一斉に戦争反対の声を上げた。 マリーナさんは「この20年間、オリガルヒがプーチン政権からいかに利益を得てきたかを私たちは見てきた。彼らは一段と裕福になり、サッカーの名門クラブ、不動産やヨットなどありとあらゆるものを購入した」と言う。 「しかし今、彼らはすべてを失いそうになっている。プーチン氏がやっていることを支持するのか、それとも自分たちが持っているものを守るためプーチン氏に反対するのか。彼らにとって重大な決断の時を迎えている」 「デリパスカ氏らクレムリンに近いオリガルヒがプーチン氏に反対することはなかった。それが説教をするようになった。プーチン氏の家族、親戚、娘が彼を止めるかもしれない」
プーチン氏を支える特権層と貧困層
「この戦争はロシアにとって最悪のシナリオだ。間違いなくプーチン氏の終わりが始まった」というマリーナさんだが、ロシア国内は西洋化したリベラルな若者とプーチン氏支持層の二つに分かれているという。 「西洋化され、海外旅行したり、いろいろな映画を観たりすることが好きな若い世代はウクライナで起きたことを理解している。そしてモスクワや他の都市で反戦デモに参加して拘束されている」 「しかしロシアの大半は違う。お年寄りはプーチン氏に洗脳されている。情報統制下に置かれ、ウクライナで起きている真実は何も見ることができない。ロシア人の多くはウクライナがロシアと戦争をしたがっていると信じている。プーチン氏のプロパガンダを信じている」 マリーナさんによると、プーチン氏の支持層は2つのカテゴリーに分けられる。一つがプーチン政権から利益を得ている富裕層。オリガルヒだけでなく、メディア関係者や一部のセレブリティがプーチン氏とつながり、何らかの利益を得ている。そしてもう一つが非常に貧しい人々だという。 「50代以上の人たちはソ連が崩壊した大変な時期をみんな覚えている。数年間は食べ物さえも十分ではなかった。犯罪も多発していた。それに比べると今は安定しているように見える。しかしそれはプーチン氏のおかげではなく原油・天然ガスの価格が上昇したからだ」 「今のような状態では国の発展はなく、未来もない。ウクライナ侵攻でモスクワや他の都市では生活がずっと悪くなっている。ロシアはすべての世界から完全に孤立していることが分かった」 プーチン氏は、ウクライナ侵攻に関する虚偽の情報を流したと判断すれば厳罰を下せるよう処罰を強化した。リベラルなメディアをオンラインから遮断し、ロシアが管理していないSNSへの国内からのアクセスを制限した。 「ロシア人は非常にクリエイティブで、どうすれば接続を復元し、見たいものを見られるようになるか、みんな工夫している。あんなに強くてパワフルで危険に見えたソ連が崩壊するとは誰も思わなかったが、アッという間に崩壊した」 「今のロシアはもっと強力で危険に見える。それはプーチン氏がそう見せることに成功しているからだ。しかし私たちはウクライナ情勢がプーチン氏の思うように進んでいないことを目の当たりにしている。普通の人々がプーチン政権をひっくり返すことは可能だと思う」とマリーナさんは話した。
ついにオリガルヒたちが、プーチンを「見放す」兆候…「独裁者」の足元が崩れ始めた(ニューズウィーク日本版) - Yahoo!ニュース