#4
影響力が大きすぎると問題にまで
資産運用業界で史上最大規模のM&Aを成功させたブラックロックの舞台裏
ラリー・フィンクはブラックロックの未来をどう見ているのだろうか Photo by Michael Cohen/Getty Images for The New York Times
フィナンシャル・タイムズ(英国)
Text by Robin Wigglesworth
史上最大のM&A
バークレイズ・グローバル・インベスターズ(BGI)の買収は、舞台裏では苦難の連続だった。BGIの本社があったサンフランシスコでは、ブラックロックは粗野で頭の悪いウォール・ストリートの債券トレーダーの吹きだまりであり、買収によって成長しただけで、西海岸のトレーダーのような革新性、仲間意識、才気は持ち合わせていないという見方が一般的だった。
資産運用業界にとって史上最大の規模となるM&Aを、思い上がりの記念碑に終わらせないためには、大変な労力が必要だった。
「このM&Aは、ブラックロックを真のグローバル企業に変えると同時に、後戻りのできない変化を業界にもたらした」と振り返るのは、統合プロセスを率いたブラックロックのマーク・ウィードマンだ。
一貫して「アクティブ」な投資戦略を掲げてきたブラックロックと、「パッシブ」なインデックスファンドを中心とするBGIの統合は、「16世紀の宗教戦争にも匹敵する、深く激しい神学論争を燃え上がらせた」と、ウィードマンは冗談交じりに語っている。
約3年に及ぶ苦労の末に統合は完了した。内部関係者によれば、この間にBGIの上級幹部の半数以上が解雇されたか、自ら会社を去った。当時の様子を、BGIのある元幹部は「マキャベリズム的な異様な状況だった」と振り返る。
「王子(フィンク)は、すべての家臣に完全なる忠誠を求め、応じない者は皆殺しにした」
とはいえ、資産運用業界のM&Aが失敗した回数は、映画「ワイルド・スピード」シリーズで自動車が衝突する回数より多いことを考えると、BGIの買収は目覚ましい成功事例だったと言えるだろう。
ブラックロックがBGIの既存のインデックスファンド(FTSE100やS&P500等の市場ベンチマークに連動するパッシブな投資商品)を強化したことが成功の大きな要因だった。言うなれば、ブラックロックはヘンリー・フォードが自動車の世界で成し遂げたことを投資の世界で実現したのだ。つまり、投資商品を圧倒的な効率で生産できる組み立てラインを構築したのである。
あまりにも影響力が大きすぎる
2014年6月、ブラックロックが展開するETFのトップブランド「iシェアーズ」が1兆ドル(約110兆円)の大台に乗った。消息筋によれば、これを祝してロンドンで開催されたパーティーに、ブラックロックのウィードマンはドル紙幣柄の布で仕立てた「1兆ドルスーツ」を着て参加したという。もっとも、この記念すべきマイルストーンでさえ、今となっては遠い過去だ。2021年半ばには、iシェアーズだけで運用資産は3兆ドル(約330兆円)を超えた。
ブラックロックの利益率は今やアップルやグーグルよりも高く、同社の株式市場における評価額は約1260億ドル(約14兆円)に達する。これはゴールドマン・サックスよりも高く、ライバル企業のティー・ロウ・プライス、フランクリン・テンプルトン、インベスコ、ジャナス・ヘンダーソン、シュローダー、ステート・ストリートの評価額の総計を上回る。
億万長者の不動産投資家サム・ゼルは、金融業界のスラングでいうところの「Fuck-you Money」──つまり、歯に衣着せずに発言し、好きなように行動できるだけの富の持ち主だ。2018年1月、ゼルはこの立場を利用してブラックロックの創業者をこき下ろした。
「ラリー・フィンクが神になったとは知らなかった」と、短気なゼルはCNBCに語り、大手のインデックス・ファンド・プロバイダーが株式市場の大部分を支配しつつある現状に苦言を呈した。「現実問題として、ニューヨーク証券取引所はバンガードとブラックロックに支配されつつある。この状況を、アメリカは本当によしとしているのか」と、ゼルはかみついた。
ブラックロック、バンガード、ステート・ストリートの3社は、ベンチマークを重視した伝統的な投資信託や、好きな時に売買できるETFなど、インデックスと連動したパッシブな投資商品を世界で最も多く提供している。こうしたファンドへの資金流入は止めようのない潮流であり、「ビッグ3」は多くの企業の役員室でとてつもない影響力を持つようになった。
ハーバード大学ロースクールのルシアン・ベブチャックとボストン大学のスコット・ハーストは2019年に発表した論文「The Spectre of the Giant Three」の中で、米国の主要上場企業500社に対する3社の平均出資比率(合算値)は1998年の約5%から大幅に増加し、現在は20%を超えると推定している。
ブラックロック、バンガード、ステート・ストリートが企業に及ぼしている影響力は、実質的にはさらに大きく、しかも拡大傾向にある。多くの株主は年次総会で投票権を行使しないため、今や全投票数に占める3社の割合は平均して約4分の1に達している。研究者らによれば、この割合は今後20年間で41%にまで上昇する見込みだ。ハーバード大学ロースクールのジョン・コーツ教授は、こうした経済的な影響力の集中を「正当性と説明責任の最も根本的な問題」と呼んだ。
実際には、この3社を「ビッグ3」と呼ぶのは語弊がある。ここにステート・ストリートが含まれるのは同社がETFのパイオニアだからであり、ブラックロックやバンガードと比べると事業の規模や成長率ははるかに小さい。
そのため、実際にはブラックロックとバンガードの2強による寡占状態であり、中でもブラックロックは先頭を走っていること──しかも、フィンクがバンガードよりも投資に積極的であることから、右派・左派を問わず、あらゆる政治家から厳しい追求を受けている。
昨年初め、フィンクは環境・社会・ガバナンス(ESG)に着目した投資という業界のトレンドを取り入れ、持続可能性をブラックロックの投資判断の中核に据えると発表した。しかし左派の人々にとっては、この誓いも充分ではなかった。ブラックロックの持続可能性責任者だったタリク・ファンシーでさえ、ESGブームを「マーケティング屋のたわごと」と切り捨てている。
ファンシーは、ブラックロックが展開している類(たぐい)の取り組みは、気候危機に対して本当にすべきことから人々の目をそらすものであり、むしろ有害だと主張する。右派の人々もこの点を突く。米国では先日、マルコ・ルビオ上院議員がESG投資の波を食い止めるための法案を提出した。
気候危機の問題を考えれば、ESG投資は機関投資家としての責任ある行為だとフィンクは主張する。ブラックロックや主要なライバル企業の規模を考えれば、資産運用業界の寡占度はテクノロジーや小売業といった産業よりも低いが、もしブラックロックの規模がコーポレート・ガバナンスに悪影響を与えていると社会が考えるなら、会社を複数の法人に分割し、それぞれに独自のリサーチ部門とスチュワードシップ・チームを持たせることも可能だとフィンクは言う。
「規模が問題なら解決は可能だ」とフィンクは断言する。「それでも透明性、利便性、(低)価格は実現できる」
しかしブラックロックの影響力が大きくなりすぎていることについては、金融業界の内部からも懸念の声が上がっている。
ブラックロックでは大勢の元政府高官が働いており、バイデン政権で実入りのいい仕事に就いた者も多い。ブラックロックを、かつて「ガバメント・サックス」の異名を取るほどの影響力を誇った投資銀行ゴールドマン・サックスに重ね、批判する人々もいる。
この状況は、金融エコシステムの頂点に君臨するフィンクの地位が危うくなっていることを意味するのだろうか。政治や金融業界の様相を一変させるような事態が起こらない限り、ブラックロックの事業が縮小に転じる理由はないし、フィンクを知る人々は彼の勢いが衰えているとも感じていない。
党派を問わず、政府関係者はウォールストリートの大物に強い嫌悪感を抱いているため、「財務長官になる」というフィンクの夢はかないそうもない。となれば、フィンクは今後も長年にわたって、ブラックロックのかじ取り役を務める可能性がある。
ブラックロックに人生を捧げている
2016年、フィンクはUCLAの卒業式でスピーチを行い、ファースト・ボストンでの挫折がいかに自分の心に傷跡を残したかを明かした。「私は、市場を理解したと考えていましたが、それは誤りでした。私が目を離している間に、世界は変わっていたのです」
BGIのタイムリーな買収は、彼が投資業界の風向きを誰よりも敏感に察知していたことを示している。この才覚は、ブラックロックが今後10年間に、米中関係の悪化、気候変動、米国内の社会政治的な対立の激化といった複合的な問題に対処する上で、これまで以上に重要になるだろう。
フィンクが帝国を構築する過程で衝突した人々さえ、フィンクはこの任務を果たせるだろうと考えている。しかし8人の創業メンバーのうち、現在もブラックロックの経営に携わっているのはフィンク、カピート、ゴルブの3人しかいない。過去と現在の関係者たちの懸念は、フィンクが30年前に創業したこの会社を去ったとき、何が起きるかだ。
「ラリーは驚くほど細かい部分まで把握していた。私は彼が好きではないが、彼が驚異的なビジネスマンであり、ブラックロックに人生をささげていることは間違いない」
ある元上級幹部はそう言う。
「彼がブラックロックを去るときは、サッカーの名将アレックス・ファーガソンがマンチェスター・ユナイテッドを去ったときのように感じられるだろう。ブラックロックの旅は、そのまま一人の男の旅だと言っても過言ではない
資産運用業界で史上最大規模のM&Aを成功させたブラックロックの舞台裏 | 影響力が大きすぎると問題にまで | クーリエ・ジャポン (courrier.jp)