COVID-19治療における使用
有効性に否定的見解[編集]
試験管内で(in vitro)の試験では、イベルメクチンがCOVID-19に効果を持つことが示された[43]。しかし、ヒトでもそのような効果を得るためには、大量投与する必要があり[44][45]有害性を排除できない[46]。2021年9月24日時点で、有効性はない可能性が高く、臨床試験以外では使用しないことが推奨されている[3]。多くのランダム化比較試験(RCT)が軽症または中等症のCOVID-19患者を対象として実施されているが、大半はまだ査読されておらず、プレプリント(正式な論文として発表される前段階の草稿)の状態である。これらの研究は、「規模が小さい」「大半の研究が先進国以外で実施されている」「1回投与量や投与期間が様々である」「単独ではなく他の薬剤も同時に使用している」「盲検化(目隠し化)が徹底されていない」「被験者の重症度が明確ではない」などの問題があり、バイアスの除外が困難である[47][48][49]。効果ありとしたメタアナリシス(複数の研究結果を統合して解析)では、対象とした論文の2/3は査読されていないプレプリントであること、解析対象となっていた死亡を著明に減少させた効果を示したプレプリントがデータ改ざんなどの疑いで撤回されたことなどから、結果の信頼性は低いとされている[50][51]。
COVID-19のイベルメクチンに関する多くの研究には深刻な方法論的限界があり、証拠の確実性は非常に低くなっている[43]。その結果、いくつかの組織は、COVID-19に対する有効性の証拠が弱いことを公に表明した。
アメリカ食品医薬品局(FDA)は、「COVID-19の治療や予防にイベルメクチンを使用すべきでない理由」というページをウェブサイトで公開している[46]。アメリカ国立衛生研究所(NIH)のCOVID-19治療ガイドラインは、イベルメクチンの証拠が限られているため、その使用を推奨または反対することはできないと述べている[48][52]。イギリスのCOVID-19治療諮問委員会(UK-CTAP)は、COVID-19治療としてのイベルメクチンのエビデンスに基づく理論と妥当性は、さらなる調査を進めるには不十分であると判断した[53]。欧州医薬品庁(EMA)は、適切に設計された治験以外でのCOVID-19への使用を支持しないと述べた[47]。 また世界保健機関(WHO)は、イベルメクチンがCOVID-19に効果があるという証拠が非常に不確実とし、治験以外では症状の内容や期間にかかわらず、いかなる患者にも使用すべきではないとの声明を発表した[3][4]。
2021年2月、イベルメクチンを製造販売するMSD製薬(メルク)は、イベルメクチンがCOVID-19に効果があるという十分な根拠はなく、データ不足でCOVID-19患者への投与が安全かは分からないとの声明を発表した[54]。MSD製薬は、イベルメクチンをCOVID19の治療薬として適応するための臨床試験は行わず[55][56]、別の軽症者用飲み薬(モルヌピラビル)の開発を行っている[57][58]。
同年7月、有効性の最大の根拠となっていた論文に捏造が発覚して撤回されたため[50][59]、この論文を含んだメタアナリシスも撤回された[60][61]。同月28日、コクランレビューは「現段階のエビデンス(科学的根拠)からは、COVID-19患者の入院・外来治療、およびハイリスク曝露後の感染予防に使用されるイベルメクチンの有効性と安全性については不確実」と結論付けた
各国における使用事例
いくつかの国では有効性のエビデンスが不確実にもかかわらず、すでに闇市場や動物用医薬品の不適切な剤形で薬が使用されているため、医師の管理下における適応外使用を許可している[64][65]。一時的に公式の許可を与えた国には、チェコ共和国[64][65]、スロバキア[66][65]、フィリピン[67][68]、インド(後に撤回)[69]などがある。
ペルー[70][71]、メキシコ[72]、コロンビアの都市カリ[73]など、いくつかのラテンアメリカ政府の保健機関は、プレプリントと事例証拠に基づいて、COVID-19治療としてイベルメクチンを推奨した。根拠とされた研究は有効性を検証できなかったため撤回されており[74][75]、これらの推奨事項は後に汎米保健機構により非難されている[76][77]。
南アフリカでは、イベルメクチン利益団体が南アフリカ健康製品規制当局(SAHPRA)に対して訴訟を起こし、その結果、COVID-19におけるコンパッショネート使用が認められた[67]。使用には医師らの厳重な管理を条件としている。SAHPRAはイベルメクチンを治療薬として使うには「科学的根拠が乏しい」との認識を示すが、既に国内で非公式に広く使われ、違法な輸入品や偽物が出回っているため、政府の制御下で野放図な流通に歯止めをかけたいとの思惑がある[53][78]。
COVID-19への使用における安全性
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の予防または治療のための使用は承認されておらず、用法用量は定まっていない。他の医薬品との相互作用もあり、過剰摂取や誤用による健康被害が増加している[36][31]。海外では、1日5錠を5日間飲んで入院した重症例がある[31][79]。適応外使用をした場合や個人輸入で服用した場合、重篤な副作用を起こしても医薬品副作用被害救済制度は適用されない[80][81]。
アメリカでは家畜用のイベルメクチンを服用し、過剰摂取により入院する人や、米国中毒相談センター(AAPCC)への電話相談が増加している[31][82]。2021年3月、アメリカ食品医薬品局(FDA)は家畜用のイベルメクチンについて「痙攣や昏睡など深刻な被害を引き起こす可能性があるだけでなく、死に至ることもある」と注意を呼びかけたほか[36]、同年8月ツイッターに「あなたは馬でもなければ、牛でもありません。本気でやめてください」と投稿した[83][84][75]。このツイートには、自己判断による適応外使用をしないように呼びかけるウェブサイトへのリンクが貼られている[85]。カナダ保健省も家畜や人間用のイベルメクチンを、COVID19の予防または治療のために使用しないよう呼びかけている[86][87]。ケンタッキー州の米国中毒相談センターは、電話相談の75%は動物用イベルメクチンを服用し、25%は処方薬を服用した人だったと報告している[82]。
2021年9月3日、Newsweekは「オクラホマ州の複数の病院に勤務するジェイソン・マクエリエ医師が『イベルメクチンの過剰摂取により地元の病院の救急処置室を埋め尽くしている』と語っている」と報じたが[88][89]、勤務する病院の一つであるNortheastern Health System(NHS) Sequoyahはマクエリエ医師について「彼は私たちの緊急治療室をカバーする医療スタッフグループに所属していますが、NHSの従業員ではありません」とした上で、「イベルメクチンの過剰摂取による患者は当院には来ておらず、救急処置室に運ばれてきた患者を断ってもいない」と否定した[90][91][92]。医師の別の勤務先の一つであるインテグリス・グローブ病院は、「私たちの緊急治療室はイベルメクチンを服用した人でいっぱいではないが、そのような数人の患者は、COVID-19やその他の緊急事態によってすでに引き起こされている混雑に拍車をかけている」と述べている[91]。マクエリエ医師本人も「発言を誤って引用された」「新型コロナ対応で病院は逼迫しており、イベルメクチン過剰摂取の人はいるが、過剰摂取が医療の逼迫を引き起こしているのではない」と、記事の内容を否定した[93][94]。これらの病院の声明と医師本人の否定コメントをうけ、このオクラホマのローカルテレビ局KFORの記事[95]を元にした大手メディア記事の訂正やファクトチェックが行われた[93]。9月7日にCNNが発表したファクトチェックでは、事実確認を怠ったメディアの問題に加えて、イベルメクチンに積極的な保守派と否定的なリベラル派の政治的な対立が誤報に影響したと指摘している[91]。
2021年10月12日、厚生労働省はイベルメクチンについて、「使用上の注意」改訂の指示を出した[25][96]。これにより、「重大な副作用」の項目に「意識障害」が追記され、「昏睡、意識レベルの低下、意識変容状態等の意識障害が認められた場合には、投与を中止するなど適切な処置を行うこと」との文章が追加される[28]。医薬品医療機器総合機構(PMDA)によると、国内外の症例が集積したことから、改訂することが適切と判断された[25]。同日、製造を行うMSDと販売を行うマルホも「有害事象が発現した場合、あるいは万一本剤を適応外使用した場合は、マルホのMRもしくは製品情報センターへ速やかにご連絡をお願いします」と医療関係者に注意喚起を行った[97]。
2021年8月、ぎょう虫駆除薬「パモキサン錠」について、「イベルメクチンと同じ成分でありコロナウイルスに効く」というデマ情報が広がった。製造発売元である佐藤製薬は、効能・効果以外の有効性及び安全性は認められていないとし、適用外の販売や使用をしないよう呼びかけている
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