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日本のワクチン接種は、なぜここまで成功したのか
<政府もメディアもある程度「ワクチン忌避」の世論があることを想定し、敵対せずに包摂する姿勢で臨んだ>
日本では夏以降、集中的に現役世代と若者の接種が進んだ(写真は東京の大規模接種会場、21年8月) Issei Kato-REUTERS
2021年春の状況がまるでウソのようです。3月から4月の時点では、アメリカでは全国各地に「メガセンター」と称する大規模接種会場が設置されて、1日300万人といったハイペースで接種を行っていました。
これに対して、日本では2021年1月に河野太郎氏がワクチン担当大臣になって初めて接種の実務が動き出したような印象があり、4月12日に高齢者の優先接種がようやく開始された際には、都市部では不足が目立つなど混乱も起きていたのを思い出します。 アメリカでは、その後7月4日の独立記念日を「コロナからの独立」だとして祝うなど、ワクチンの効果は出ていましたが、この時点でも日本では一般への接種が始まったばかりでした。接種が進まない中でデルタ株の蔓延が進み、東京では1日の新規陽性者が5000人を超えるなど厳しい状況が続いていました。
<日本の劇的な変化>
それからわずか4カ月、現在の状況は全く異なります。 本稿時点での1日の数字ですが、
▽アメリカ(11月9日、ジョンズ・ホプキンズ大学発表の数字) 新規陽性者 125,491人、死亡者 1,218人
▽日本(11月7日時点、厚生労働省の数字) 新規陽性者 102人、死亡者 3人 となっています。
1日だけでは誤差があるとして、期間を定めて移動平均を取っても、
日本はアメリカの100分の1以下の数字となっています。
もちろん、今後に対する警戒は必要ですし、東京などではやや増加の兆候があるのは事実です。 そうだとしても、数字的には現時点では収束といって良いレベルです。夏以来の、いや昨年以来の経過を考えると、何とも劇的な変化ですが、原因としては次の3つを考えることができます。
<日米で開いた大きな差>
1) とにかくワクチンの接種率を高めることに成功した。
「接種完了(ファイザー、モデルナの場合2回、J&Jの場合1回)者の全人口に占める割合は、11月9日時点のジョンズ・ホプキンズ大学の集計では、
▽日本......74.26%
▽アメリカ......59.15%
と大きな差がついた。
2) 特に、夏以降、集中的に現役世代と若者の接種が進んだことで、
活動的な集団における接種率があるレベルを超えて「集団免疫」に近い状態となった。
3) この現役世代と若者の接種率の高い集団は、接種完了から月数が経過しておらず、免疫力が高いことが相乗効果となって、デルタ株の感染力に優越することができた。
世界を見れば、韓国やイスラエル、チリのように日本より接種率が高いにもかかわらず、
新規感染者が増えている地域もあるわけですが、
2)と特に3)を考慮すれば、
日本の状況はある程度説明がつくと思います。
<「ワクチン忌避」感情を包摂>
重要なのは、どうして日本はここまで急速にワクチン接種を加速できたかということです。
というのは、2020年の暮れから21年の年初の状況では、接種体制の問題と同時に、「ワクチン忌避カルチャー」への懸念は確かにあったからです。
なぜならば、過去40年の日本の歴史を振り返ると、
厚労省(旧厚生省)のワクチン行政は、副反応の問題に過敏に反応するメディアと世論に翻弄され続けてきたからです。
この40年の経緯の中では、麻疹や風疹にしても、あるいはHPVワクチン(子宮頸がんを防ぐ)にしても、
WHOの勧告にも関わらず、強制接種の実施ができずに、あるいは実施しても停止せざるを得ずに当局は苦しんできました。
この問題を踏まえると、今回の接種率向上というのは、日本の場合では奇跡のようにも思えます。 その要因としては、政府も、そしてメディアも、とにかく日本の世論の深層心理には、「ワクチン忌避体質」があるということを、最初から覚悟してかかっていたということが指摘できます。その上で、「ワクチン忌避世論」を真っ向から攻撃することはせず、もっと言えば「必ずしも正しくない態度も包摂する」と同時に「副反応などのネガティブ情報を包み隠さず伝える」ことを徹底したように思います。
結果として、ワクチン忌避の感情を暴発させることなく、包摂しつつ信頼を獲得することができた、そのように見えます。
アメリカの場合は、これとは正反対です。
義務化を進めるバイデン政権と、
自己決定権を主張して義務化に反対するトランプ派の間で、
激しい政治対立が起きているからです。
その結果として、接種率は低迷し、いつまでもダラダラと感染が続いています。そのアメリカから見ていると、日本の成功は現時点では実にまぶしく見えるのです。
冷泉彰彦(在米作家