急死した息子の「借金210万円」…返済を覚悟した85歳老父に“まさかの結末”
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過払い金が発生するのは、2006年以前の古い借金だけ
これまで数々の相続トラブルを解決してきた司法書士で、著書『相続は遺言書で9割決まる! 』がある福田亮氏には様々な相談が舞い込む。 【写真】「母の治療費1000万円」のため風俗に…娘の「15年の介護生活」の結末 今回、亡くなった息子の部屋から消費者金融のカードを見つけ、父親の遠藤さん(85歳、仮名)が代わりに借金を返済しようと決意したことは〈【前編】急死した息子の部屋から「消費者金融のカード」が次々と…85歳老父の“悲しき決断”〉で詳述した通り。しかし、待っていたのは予期せぬ顛末だった。実際の事例をベースに解説する。
もし相続放棄をしていたら……
遠藤さんの意思は「息子が作った借金なのだから、可能な限り返したい」というものでした。しかし、もしこのとき、借金がありそうだからと言ってすぐに相続放棄をしてしまっていたら、実は遠藤さんはかえって損をするところだったのです。 遠藤さんからの依頼を受けた私は、まず債務状況を調べるために、亡くなった守さんの信用情報を取り寄せました。すると、借入をしていたのは、カードが残っている消費者金融5社のみ。それ以外から借りたという記録はありませんでした。 次に、その5社にそれぞれ受任通知(司法書士が代理人についたという通知)を送付し、守さんがいついくら借りていついくら返したのか、これまでの全ての取引履歴を開示してもらいました。 業者から取り寄せた取引履歴によると、守さんが初めて借入れをしたのは、約30年前。大手消費者金融業者のA社からの借入れでした。このころ何かの事情でまとまったお金が必要だったのか、最初の1か月で借入限度額いっぱいの約100万円を借りていました。 その後は毎月末の返済はどうにかできていたものの、返済で生活費が足りなくなるのか翌月初めには返済で空いた借入枠を使って数万円の借入れをしてしまうため、元本はほとんど減っていませんでした。その後も何度かまとまったお金が必要になったらしく、そのたびごとに別の消費者金融から新たな借入をしており、最終的に守さんの債務総額は210万円にまで膨らんでいました。 210万円の借金といえば、返すのは簡単ではありません。しかし、守さんの場合、取引が極めて長期にわたっていたため、幸いにも過払い金が発生していました。 過払い金とは、利息制限法を超えて払っていたお金のこと。法律で定められた上限利息を超えて払っていた金利については、返還を請求することができます。各業者に過払い金を請求したところ、全ての債務が帳消しになったうえで、過払い金は総額360万円にものぼりました。 息子さんの代わりに返済する覚悟をしていた遠藤さんは、思いがけず大金を手にすることになったのです。 守さんの借金が無くなったとわかった一瞬だけ、遠藤さんは安堵の表情を浮かべたものの、すぐにうつむいて、 「本当はこんなにお金が返ってくるはずだったのに、守は借金に追われながら死んでしまったんですね」 と力なく呟いていました
今回の遠藤さんのケースでは、最終的に、亡くなった守さんの借金が過払い金に化けたことで、遠藤さんは返済をしなくて済むようになり、かえって多額のお金を手にすることができました。しかし、近年はこのような過払い金が発生するケースは極めて稀になっています。 金利の上限を定める法律には、利息制限法(上限年利15~20%)と出資法(2010年まで年利29.2%)があります。利息制限法を超えた金利については無効とされ、出資法を超えた金利でお金を貸した場合、刑事罰が課せられます。 しかし、かつては貸金業者の場合、利息制限法の上限金利と出資法の上限金利との間の金利帯(これを「グレーゾーン金利」といいます)で貸し付けをしても、一定の条件を満たす場合は有効な金利とする法律の規定がありました(いわゆる「みなし弁済規定」)。そのため以前は、多くの消費者金融業者が出資法の上限金利である年利29.2%に近い金利で貸し付けていました。 しかし、元々お金に困って借金をする人にとって、年29.2%近い金利負担は極めて重いものでした。生活の為に消費者金融業者から借入れをしたものの高金利によって返済困難に陥り、借金苦による一家離散や自殺に追い込まれる人が続出。このような状況は「サラ金地獄」などと言われ、一時期は社会問題にまで発展しました。 2006年1月、最高裁は「みなし弁済規定」の適用条件を極めて厳格に解釈する判決を下します。これにより、グレーゾーン金利について「みなし弁済規定」が適用される余地が極めて狭くなりました。その年の12月には貸金業法が改正。さらに、2010年には、出資法の上限金利も利息制限法と同じ年15~20%に引き下げられ、グレーゾーン金利は完全に存在しなくなりました。また、法改正に先立って、それまでグレーゾーン金利での貸し付けをしていた貸金業者は相次いで利率を年15~20%に引き下げました。 そのため、現在過払い金が発生する可能性があるのは、貸金業法が改正される2006年以前に借り入れを開始した取引だけです。また、2006年以前に借り入れを開始した取引でも、その後貸金業者が自主的に金利を下げている場合がありますし、業者によってはそれ以前から利息制限法の上限利率(年15~20%)で貸付を行っているところもあるため、古い取引だから必ず過払金が発生するというわけではありません。さらに、銀行や信用金庫などは最初からグレーゾーンでの貸し付けを行っていませんので、2006年以前の取引であっても過払い金は発生しません。 いわゆる消滅時効の問題もあります。過払金の返還請求権は、その業者への借金を完済した後、丸10年が経過すると消滅時効が完成してしまい、過払金の返還請求ができなくなってしまいます。たまに私の事務所にも、「10年以上前に亡くなった私の家族が生前消費者金融から借金をしていたのですが、過払い金請求はできますか」という相談がありますが、残念ながらこのようなケースでは、過払金返還請求はできません。 加えて、2006年の最高裁判決後の過払金返還請求の急増により、多くの消費者金融業者が倒産しました。2010年の武富士倒産は大きなニュースになりましたので憶えている方もいるでしょう。このように、すでに倒産してしまった業者に対しては、過払金請求はできません。 ここ数年は、過払金請求ができるような借入れ履歴を持つ人はほとんどいなくなりました。とはいえ、稀にですが、今でも相続の際に過払金返還請求のできる取引の存在が発覚することがあります。 また、本記事の前編でもご紹介したとおり、万一、亡くなった方が家族に内緒で借金をしていたり、知人の連帯保証人になっていた場合には、すぐに債務調査をしておかないと相続放棄ができる期間を過ぎてしまい、遺族が亡くなった方の巨額の債務を相続することにもなりかねません。 亡くなった方が借金をしていた可能性が少しでもあるなら、遺品整理とともに、請求書が来ていないか、銀行口座から定期的に見知らぬ相手への送金をしていないか(こういった送金は家族に秘密の借金の返済の可能性があります)などを確認するとともに、亡くなった方の信用情報を調査することをお薦めします
信用情報は郵送で簡単に取得できる
亡くなった方がお金を借りていた可能性があるけれど、どこから借りていたのかわからない場合には、故人の信用情報を取得しましょう。これは、専門家に依頼しなくても、比較的簡単な手続で取り寄せることができます。 消費者金融系の信用情報は(株)日本信用情報機構(JICC)で、信販系なら(株)シー・アイ・シー(CIC)で、銀行系は一般社団法人・全国銀行協会(全銀協)で取り寄せられます。 感染症対策のため、窓口での開示申請手続きは、今どこも受付を中止していますが、郵送での手続きが可能です。ご本人が亡くなっている場合には、法定相続人や配偶者などによる開示請求もできます。 手続き後、信用情報が送られてくるまでには、1~2週間かかることが多いようです。 手数料はいずれも1,000~1,500円程度ですので、亡くなったご家族に借金があるかもしれない場合には、信用情報を照会して、銀行や消費者金融、信販会社への債務がないかどうかハッキリさせておくことをお薦めします。 信用情報を取り寄せた結果、2006年以前からの借入がある場合には、過払い金が発生している可能性があります。完済していたとしても、完済後10年以内であれば過払い金の請求が可能ですので、専門家へ相談するとよいでしょう。借金が残っていると思っていたのに、思わぬ財産を相続することになるかもしれません。 ただし、信用情報から判明するのは、あくまでその信用情報機関に加盟している消費者金融、信販会社、銀行等からの借入れのみです。個人からの借入れや保証債務、亡くなった方が商売をしていた場合の取引先に対する買掛金債務などは信用情報には出てきませんので、「信用情報がキレイだったから」と安心するのではなく、故人宛の郵便物や通帳などの内容も、鵜の目鷹の目でしっかり確認するようにしましょう。そして、少しでも気になることがあれば、司法書士・弁護士などの法律専門家に相談するようにしてください。
取材・文/稲田和絵
福田 亮(法務大臣認定司法書士