歌舞伎町に生まれた「心の分断」、協力金で年1000万円利益の店も 政策を検証【#あなたの衆院選】
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以前経営していたバーがあった新宿ゴールデン街近くを訪れた佐々木美智子さん=東京都新宿区で2021年10月15日、宮間俊樹撮影
31日に投開票される衆院選。記者が主な政策テーマの現場を歩き、安倍・菅両政権の取り組みを検証しつつ、課題を探った。
「元には戻らない」閉店を決意
「歌舞伎町は変わってしまったんですよ」 日本を代表する歓楽街の東京・歌舞伎町。緊急事態宣言が明け、人出も戻り始めた10月中旬、小さな酒場が密集する「新宿ゴールデン街」でバーを経営していた佐々木美智子さん(87)は、慣れ親しんだ街を見ながら寂しそうに語った。佐々木さんは1968年に最初の店を開店し、数々の著名人とも交友を結んだ「伝説のママ」だった。
新型コロナウイルスの猛威が街を一変させた。感染を広げる「夜の街」の代表格として歌舞伎町には世間から厳しい視線が注がれ、常連客が店に来なくなった。「コロナはまだまだ続く。もう元のような状況には戻らないかもしれない」。昨年3月、佐々木さんは休業し、再開することなく今年7月に店をたたんだ。
政府は昨年11月、営業時間短縮要請に応じた飲食店などに都道府県が支払う協力金の原則8割を負担する方針を表明。コロナの収束が見通せない中で、協力金の上限はどんどん引き上げられた。
一方で、支給の遅れや支援に対する不公平感が当初から指摘された。佐々木さんも協力金の給付を受けられないか調べたが、店の権利関係の問題から、受給対象者になれなかった。周囲は、時短要請に従って協力金をもらう店と、要請に従わず営業を継続する店に分かれた。
「羽振り良くなった」「家を買ったらしい」飛び交う中傷
「あいつは急に羽振りが良くなった」「高級外車や家を買ったらしい」。協力金を巡って真偽不明のうわさが飛び交った。店同士の中傷が広がり、街に「心の分断」が生まれた。佐々木さんは「店を開かない方がもうかる協力金の制度はおかしい」と漏らす。
実際、東京・銀座でバーを経営する男性は「自粛要請に従って協力金をもらう方が得だよ」と断言する。協力金は、従業員が少なく家賃など固定費が低い店ほど「利益」が出るとされる。「小さな店であればあるほど得で、年間1000万円以上もうけを出している店舗もある
飲食チェーンのグローバルダイニング(本社・東京都港区)は時短要請に従わず、営業を続けた。行政からの財政支援だけでは従業員の雇用を守れないと判断したためだ。長谷川耕造社長は「海外に比べ休業補償が足りない。会社の存続が危うかった」と話す。
政府が巨額の予算措置をしてきたコロナ対応。支援策が積み上がる中で、現場には不信や不満がうずまいた。一体、何が問題だったのか。
協力金対象絞り込みで不公平感増大
新型コロナウイルス禍に苦しむ事業者や個人を支援するため、安倍・菅両政権は巨額の財政出動をしてきた。だが、支援は目詰まりを起こし、きめ細かい対応ができたとは言いがたい。
その代表例が、営業時間短縮の要請に応じた飲食店に支給される協力金だ。政府が2020年11月、協力金の上限を「日額2万円、月額60万円」に設定した際、西村康稔経済再生担当相(当時)は「中小企業が払う家賃は平均で月額39万円なので、かなりの部分をカバーできる」と説明した。
ところが、感染拡大に伴い、政府内で「時短をもっと強力に求めるべきだ」との声が拡大。協力金の上限は日額4万円、6万円と次々に引き上げられ、国費負担は当初の500億円が現時点で3兆6000億円に膨れ上がっている。
これほど手厚い内容にもかかわらず、事業者からは「不公平だ」と不満の声が噴出した。その要因は、売り上げや事業規模に関わらず支給額を一律とする半面、大手チェーン店を除外するなど対象を絞り込んだことだ。第一生命経済研究所の永浜利広首席エコノミストは「迅速な給付を急いだためとはいえ、一部の飲食店がもうかるような『協力金バブル』が起こってしまった」と指摘する。
事業者の不満の声を受け、政府は今年4月から店舗の売上高に応じた算定方式に変更。「支払いが遅い」との批判も付きまとい、7月には一部の協力金を先払いするよう制度を改めた。
後手後手の背景に「アベノミクス」
新型コロナウイルス対策の緊急事態宣言が発令中で、人出がまばらな東京・歌舞伎町=東京都新宿区で2021年9月17日、中津川甫撮影
政府の対応がちぐはぐで、後手に回ったのはなぜか。その背景に、安倍政権が推進し、菅政権も継承した経済政策「アベノミクス」で指摘され続けた課題が浮かぶ
アベノミクスの「三本の矢」のうち「機動的な財政政策」は、経済対策の名の下に「規模ありき」の財政出動を常態化させた。各種事業のための基金を200以上乱立させ、多額の積み残しも問題となるなど「機動的」と言うには程遠かった。
コロナ対応では20年度に3回にわたって補正予算が組まれたが、30兆円余りは使い切れずに21年度に繰り越された。これは20年度予算の5分の1に迫る規模だ。中小企業庁幹部は「未曽有の事態で必要額を見通すのは難しい」と釈明するが、「規模ありき」はアベノミクスが当初から抱える問題だ。
協力金が事業者に速やかに届かなかったのは、申請や給付の手続きに関するデジタル化の遅れが響いたためだ。IT戦略は、アベノミクスの「成長戦略」の柱の一つに位置付けられていたテーマだ。
行政のデジタル化が進んでいる欧米では、事業者や個人の個別事情に応じたきめ細かな対応が可能だった。米国では中小企業に対し、人件費や家賃をピンポイントで補助した。永浜氏は「本当に支援が必要なところに給付できる仕組みを、政府は考える必要がある」と指摘する。
日本ではマイナンバーカードが「行政のデジタル化のカギ」とされるが、普及は遅れている。16年に交付が始まったが、今月1日現在の交付率は38・4%にとどまる。公明党の石井啓一幹事長は今月17日のテレビ番組で「仮にマイナンバーに銀行口座、郵便局の口座のどれか一つがひも付いていれば、速やかに給付できた」と振り返った。
マイナンバーカードの普及を含め、行政のデジタル化推進を一手に担うデジタル庁は9月1日に発足したばかりだ。牧島かれんデジタル相は「デジタルでできることをしっかりと行えるよう、関係各所と調整をしながら進めていきたい」とし、給付金の支給システムの構築はこれからだ。
コロナ禍の影響が続く中、各党は衆院選の論戦で支援策の強化を競っているが、慶応大の土居丈朗教授(財政学)は「『額ありき』で安直な経済対策を繰り返し、後から政策の中身を考えるというのは政治の劣化だ。本当に意味のある政策を地道に積み重ねる姿勢が必要だ」と警鐘を鳴らす。アベノミクスの「負の連鎖」を断ち切るため、積み残された課題への対応が急務となっている
各党の経済支援 問われる実効性
各党は衆院選公約で、新型コロナウイルス禍の影響を受けた事業者や個人への手厚い経済支援をアピールする。「支給迅速化」(自民党)や「簡易な手続き」(立憲民主党)など支援方法の改善も打ち出しており、具体策も問われる。
自民は「コロナ禍で傷んだ日本経済を立て直す」として、アベノミクスが3本柱に据えた金融緩和▽機動的な財政出動▽成長戦略――を「総動員」すると明記。岸田文雄首相(自民党総裁)は自身が掲げる「新しい資本主義」について「アベノミクスも基礎」と説明しており、政策継続の姿勢を示す。立憲は「アベノミクスで固定化した格差、深刻化している貧困の状況から日本社会を立て直す」(枝野幸男代表)とし、政策転換を訴える。 一方、コロナ対策の経済支援を巡っては、アベノミクスに対する立場ほど自民、立憲の違いが鮮明ではない。
一方、コロナ対策の経済支援を巡っては、アベノミクスに対する立場ほど自民、立憲の違いが鮮明ではない。
首相は19日、福島市での街頭演説で「もうしばらく皆さんに(コロナ対策に)協力してもらうための経済対策をしっかり用意していく」と強調した。自民党公約は「来年春までを見通せるよう、地域・業種を限定しない事業継続・事業再構築支援を、事業規模に応じて実施する」と明記した。公明党はコロナ禍の長期化に伴い、特に子育て世帯が大きな影響を受けているとして、高校3年生までの全ての人に一律10万円相当を給付するとした。
立憲は、持続化給付金、家賃支援給付金を速やかに再給付すると打ち出している。枝野氏は19日、松江市での街頭演説で「店を再開できるといっても仕入れをするためのお金がない。しっかりと補償することが重要だ」と強調した。
支援方法に関し、立憲の公約は政府対応を「つぎはぎだらけで後手後手」と批判し、「幅広く公平で十分な支援策へと抜本的に組み替え・拡充し、簡易な手続きで速やかに届ける」とアピールする。これに対し、自民は「中小企業・小規模事業者への協力金・月次支援金の支給迅速化」、公明は「協力金の先払いや審査の簡素化」を掲げる。支援方法の改善が必要だという認識は一致しているようだ
コロナ禍で給付が遅れる原因にもなったデジタル化の遅れに対し、各党はどう対応するのか。自民は「デジタルトランスフォーメーション(DX)など新たな経済社会システム構築に向けて規制改革を大胆に進める」とし、立憲も「政府のデジタル化による行政手続きの迅速化」を掲げた。
結局は「ばらまき合戦」
各党の支援策は、巨額の財政出動とセットとなりそうだ。首相は既に「数十兆円」の経済対策を策定するよう指示。立憲は「総額30兆円」を超える補正予算の編成を打ち出し、財源は国債の発行などで賄うことを想定している。支援策が十分な経済効果を発揮できなければ、日本の財政はますます悪化しかねない。政府内からは「ばらまき合戦」(矢野康治財務事務次官)との批判も出ている。【中津川甫、松倉佑輔】
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