販売数は34万個超え! 静岡名物「わさび漬け」の老舗メーカーが、ヒット商品「わさビーズ」を開発できた理由変革への危機意識

2021年08月20日 

 

 

 

 

伏見学ITmedia

 

 

 

「キラキラして写真映えするー!」

 「見た目は緑のいくら!」

 静岡市に本社のある食品メーカーが、着想から約10年の時を経て世に送り出した商品がSNSで“バズり”、品薄状態が続いた。その商品とは、これまでに累計34万個を売り上げる「わさビーズ」だ。

田丸屋本店のヒット商品「わさビーズ」

 製造・販売するのは、静岡名物「わさび漬け」の老舗メーカー、田丸屋本店である(前編「“昭和モデル”を壊して静岡を変えたい わさび漬け大手・田丸屋本店の意思」を参照)。

 わさビーズは、主に料理のトッピングとして使われるわさび調味料だ。冒頭に紹介したSNSの投稿にもあるように、緑色のいくらのように見える。2018年10月に業務用で発売したところ、見た目のインパクトもあって、試食会や展示会などで好評を得て、一般消費者からも個人向けに販売を求める声があった。そこで急きょ、同年12月に市販用の商品も売り出すことを決めた。

 発売直前に同社の公式Twitterで告知したところ、1万4000を超える「いいね」が付いた。リツイート数も1万以上となった。発売後しばらくは入手困難となり、ネットでは転売騒動が起きるほどの過熱ぶりだった。

 19年6月には工場の生産ラインを増強し、月間3万個を製造できる体制にした。「一時期と比べて落ち着きました。今は飲食店やパーティーで使ってもらうなど、リピートする手堅いお客さんがつき始めています」と、田丸屋本店の望月啓行社長は語る。

田丸屋本店の望月啓行社長。1963年生まれ。95年に味の素を退社後、田丸屋本店入社。2007年に5代目として社長就任

 先述したように、わさビーズはもともと、業務用に開発された商品だった。その背景には、既存のビジネスモデルを変革しなければならないという、同社の危機意識があった。

 146年前の創業以来、主に個人相手に商売をやってきた田丸屋本店だが、これから先も会社が存続するためには、同じことをやり続けていては厳しいと感じていた。ビジネスを根本から変えなくてはならない——そう決意した上での挑戦だった

 

 

わさびの風味をどう維持する?

 わさビーズ誕生のきっかけとなったのは、ほかでもない望月社長だった。主力商品のわさび漬けは、1990年代初頭をピークに売り上げが低迷していて、それとシンクロするように、購入者の高齢化が進んでいる。

 こうした状況を目の当たりにした望月社長は、田丸屋本店を「わさび漬けの会社」から「わさびの総合メーカー」へと転身させるとともに、若い人たちにもわさびの魅力を知ってもらい、もっと食べてもらいたいという思いを抱いていた。そのためには、多くの人々の目を引き、わさびに対するイメージを一新するようなアイデアが必要だった。

若い人たちにもわさびに親しんでもらおうと、さまざまな商品を販売する。写真は「わさびソフトクリーム」

 そうした経緯で2008年ごろに新商品の企画構想がスタートしたが、開発には苦労を重ねた。

 わさびの魅力を伝えるためには、生わさびの本来の味わいを加工品でも維持することが不可欠。しかし、揮発性があり、熱に弱いわさびは、辛味や風味が長持ちしないという課題があった。考え抜いた末、たどり着いたのが「カプセル化」だった。

 早速地元の企業にオブラートの技術で包むことを相談したものの難航。一度は頓挫した。それでも諦めがつかず、3年後に別の会社と再び取り組むことに。形状や辛味のバランス、着色料を使わずに鮮やかな緑色を出す方法などに試行錯誤したが、18年10月、何とか商品化にこぎつけた。

 「まだまだ改善途中。食感もそうだし、味の偏りもあります。もっと多彩な味が出せるはず。そうすれば、さらに面白い商品になると思いますよ」と望月社長は自信をのぞかせる。

 このわさビーズを、同社では“デコレーション調味料”と呼んでいる。

 「わさびは香辛料として素材の味を引き立てるだけでなく、調味料的な役割もあります。調味料は隠し味として使われるのが一般的ですが、デコレーションして、あえて見せようと考えました」

料理に添えることで「写真映えする」と話題に

 例えば、フランス料理で皿にソースをデコレーションするような見せ方はあるが、加工品でデコレーションすることはあまりないという。デコレーション調味料という新しいジャンルを確立したいと望月社長は意気込む。

 現在は関連商品として、「ラー油ビーズ」と「ゆず胡椒(こしょう)ビーズ」を販売しており、今後もラインアップを増やしていく考えだ

 

 

競合がひしめき合うB2B市場に飛び込む

 今後もB2C(消費者向け)の新たなヒット商品を生み出しつつも、会社の軸足としてはB2B(事業者向け)のビジネスをより強化していきたいと望月社長は言う。

 「わさび漬けは1889年に東海道本線・静岡駅の開業で火が付きました。旅行者などに買っていただき、全国に広まったという経緯があります。140年以上、B2Cマーケットを開拓してきましたが、わさび漬けがダウントレンドになった今、経営の方向性を変えていくのは必然です。B2B事業をもっと伸ばしていきたい」

現在のJR静岡駅

 B2Bにおいては、例えば、ローソンが地域限定で販売する「わさびツナマヨネーズおにぎり」で具材が採用されるなど、少しずつ取引は増えている。しかしながら、B2B市場はレッドオーシャンで、競合がひしめき合う。

 「わさび関連の事業者はたくさんあります。例えば、レストランなどに卸す粉わさびのメーカーは多く、彼らは高い技術を持っています。B2Cでは、田丸屋本店というブランド力が通用しますが、B2Bだとそれはあまり関係ありません。どうやって既存のメーカーと、差別化して、付加価値をつけていくかが課題です」

 その中で田丸屋本店の特色をどう生かすのか。

 「長年の商売で培った、わさびの仕入れのネットワークがあり、農家とも緊密に連携が取れています。顧客のニーズに合った、質の高い素材をすぐにそろえられるのが強みです」

 他方、B2Cとは異なり、商品開発のスピードも求められるようになる。

 「今までは自社の開発ペースで良かったですが、B2Bだと顧客のスケジュールに沿って商品を開発しないといけません。これまで以上に新しいことにチャレンジしていかなければ、会社として成長はできないでしょう」と望月社長は気を引き締める。将来的には、B2CとB2Bの売り上げ比率を半々にしたい考えだ

 

 

わさびを海外に

 もう一つ、田丸屋本店が販路拡大に向けて力を入れるのが、海外展開だ。2013年に和食がユネスコの無形文化遺産に登録されて以降、世界中で「和食(日本食)ブーム」が巻き起こっている。それに伴い、わさびも海外の人たちにとって興味のある食材になってきているという。

 「香辛料といえば、海外では唐辛子が主流ですが、わさびも面白い辛味だと興味を持ってもらっています。生わさびのすりおろしは英国やフランスの高級料理でも使われているようですし、実際に当社の商品に対する海外マーケットの反応も良いです。伸びしろは十分にあります」

 田丸屋本店は現在、チューブタイプのわさびを中心に、中国や米国、マレーシアなど6カ国に輸出する。できれば鮮度の高い商品が望ましいが、海外は常温が基本で、賞味期限が少なくとも1年以上ないと取り扱いが進まないという事情があるそうだ。

チューブタイプのわさび商品

 海外事業については前年比ベースで売り上げは伸びているものの、新型コロナウイルスの影響で、現地に赴いてアピールする機会は奪われている。ヤキモキさせられる時期は続くが、社会情勢が落ち着き、再び人の往来が活発になるなど、来たるべきときに備えて、海外市場のリサーチは進めていくつもりだ。

チューブわさびの製造現場

 老舗企業として守るべきものは守りつつ、果敢に新しい分野に飛び込んでいかなければ、この激しい競争社会では生き残れない。

 「140年以上の歴史の中で、先輩方が培ったブランド力は当社の強みです。それに恥じないようにビジネスをやっていくことが私たちの使命です」

 田丸屋本店の伝統をここで絶やしてはならない。そう肝に銘じて挑戦を続けていく。

著者プロフィール

伏見学(ふしみ まなぶ)

フリーランス記者。1979年生まれ。神奈川県出身。専門テーマは「地方創生」「働き方/生き方」。慶應義塾大学環境情報学部卒業、同大学院政策・メディア研究科修了。ニュースサイト「ITmedia」を経て、社会課題解決メディア「Renews」の立ち上げに参画