薪集めにハンティング、炭で歯磨きで超充実

「文明なしで7年間も幸せ」な30歳差の”森カップル”登場!

 

 

 

 

 

オブザーバー(英国)

Text by Stefanie Marsh

 

 

ミリアム・ランスウッドと夫のピーターは、「文明」から離れた森での放浪生活を7年間も続けている。狩りをするのはミリアム、料理はピーターの担当だ。

テントとわずかな必需品だけを携えて、ヨーロッパを放浪する夫婦に会うために、英国人ジャーナリストがブルガリアの僻地を訪れた。

ミリアム・ランスウッド(33)が人里離れた森の奥深くで暮らすようになったのは7年も前のこと。彼女は、いまでも「もうこの社会ではやっていけない」と思った瞬間をはっきり覚えている。
 

「そのとき、尿で髪を洗ったらどうだろうと思わず考えてしまったの」

ミリアムがニュージーランドのサザンアルプス山脈で暮らす前、彼女は頭のフケに悩まされていた。だが、自然のなかで暮らしはじめた彼女は、たまたまどこかで読んだ治療法を思い出す。

「“治療”といっても、何もせずに日光を30分間ほど浴びているだけよ」

ミリアムの外見は相当汚いのではないか、もしかすると歯も少し抜け落ちてしまっているかもしれない──取材前、私はそう考えていた。

しかし、実物の彼女は清潔感があり、笑顔が素敵な女性で、笑ったときに覗く歯は白く輝いていた(普段は灰で歯を磨いているらしい)。フケもなく、足の毛も剃られている。キャンプファイヤーの香りがする彼女は、まるで映画のサラ・コナーのようにたくましい。彼女はオランダ生まれなので、「オランダ版サラ・コナー」だ。
 

夫のピーター(63)は、誇らしそうにこう話す。

「たいていの男は、ミリアムにかなわないよ。僕は料理係で、狩りは彼女に任せているんだ。だって、彼女のほうがずっと強いからね。狩りは女性のほうが上手いんじゃないかな」

ミリアムはこう付け加える。

「それに女性のほうが慎重。男性みたいに、ゲーム感覚で盛り上がったりしないし。頑張ってプライドを見せつけなくちゃ、って焦ったりもしないから」

ニュージーランドの森で、家を持たない放浪生活を送ること5年。ミリアムは自身の経験をまとめて本にしようと決意した。それ以来、夫婦はヨーロッパに戻り、トルコを目指して放浪をはじめた。
 

「文明社会の外側で生活する」という2人にとっての夢の人生が、第2章を迎えたわけだ。



私が取材したのは、それからさらに2年後のこと。ブルガリアの首都ソフィアから西へ3時間ほど行ったあたりの川沿いの森林地帯を訪ねたら、2人はそこにテントを張っていた。川では体を洗うこともできる。

2人は私を“ディナー”に招待してくれた。彼らの“家”を訪れると、ピーターが出迎えてくれた。彼の前には鉄なべが置いてあり、豆のシチューが煮立っていた。前菜には、皺の寄った干しブドウも出てくる。

ミリアムもピーターも、私が来るのを楽しみにしてくれていた。2人がほかの人間に会うのは11日ぶりなのだ。時刻は午後5時。彼らはいままで何をしていたのだろうか?
 

「いや、とくに何も。あなたを待っていたのよ」

最初のうちは、このような 「とくに何もしない」生活に飽きてしまうだろうと、ミリアムは考えていた。しかしすぐに、自然との調和を感じる自分がいた。1日の大半は薪を集めて過ごし、日が沈んでから朝を迎えるまでは、ずっと寝ている。

それ以外の活動をするエネルギーが残っていたためしはなかった。
 

アラフィフ女性のバイブルに


かつてミリアムは、ニュージーランドで特別支援教育の教員として働いていた。しかし、彼女にとっては辛い日々だった。

「いつもストレスを抱えていて、うんざりしていた。こんな日々が永遠に続くのかと思うと、本当に憂鬱で」

 

 

 

 

 

 

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私は夕飯をご馳走になっただけでなく、2人の生活ぶりも見せてもらった。

現在の“家”はカーキ色の3人用テント。そのなかにマットと寝袋を敷いて寝ている。そこには、必需品が詰め込まれたリュックサックがあった。食料や台所用品は芝生の上に置かれている。

ほかにもミリアム(33)は、ピカピカに磨かれた立派な弓矢を見せてくれた。
 

「この生活は楽しいばかりじゃないよ。ときには酷い思いをしなくちゃいけない」と夫のピーター(63)が教えてくれる。

ミリアムが経験した最初の「酷い思い」は、初めて動物を殺して食べたときだ。

「私はずっとべジタリアンだったんだけど、自然のなかで暮らしていくうちにどんどん弱くなっちゃって。身体が温まるような物を食べてなかったのね。だから、身体が熱を逃がすのを防ごうとして、腹痛を起こすようになって。それで、寝ているあいだによく目が覚めてしまったの」

彼女は罠を仕掛けてオポッサムを捕まえたが、手際よく殺せなかった。徐々に死んでいくオポッサムを見ているのは気分が悪かったが、処理して揚げた肉はおいしかった。

それ以来、彼女は弓矢で山羊を仕留めたり、ハンターたちが残した鹿の肉を食べたりするようになった。
 

生活費は年間約40万円


ミリアムとピーターのように自然のなかで暮らしたいなら、入念に下準備しなければならない。

彼らもこの生活を始める前には、ニュージーランドの南部でさまざまな訓練を重ねたのだ。長時間の過酷なトレッキングをしたり、救急治療の方法を学んだり、サバイバル本や狩猟採集に関する本を熟読したり。

トレーニングの成果で、2人は夜の暗闇のなかでも周りが見えるようになった。いまのミリアムは、「世界が滅亡しても、生き残っていけるだけのスキルは身についた」という自信を持っている。

ただし、2人もときどき「文明社会」に戻って、メールを送ったり必要物資を補充したり、本を書いたりする。

「え、それってズルじゃないんですか?」
 

そんな私の疑問に、ピーターが答えてくれる。

「いやいや、私たちは『原始的な生活を送れ』という社会の要請に従って生きているわけじゃないし、そういうルールがあるわけでもない。石器時代みたいな生活から大都市での生活まで、私たちは自由に行き来できるんだ」

でもなぜ、彼らには原始的な生活と「文明社会」を行き来する経済的余裕があるのか。

ミリアムは、読者からよくそう質問されるという。そんなとき、彼女はこう答える。