イギリスが感染再燃で正常化先送りなのに、G7参加の菅首相は「五輪開催」宣言

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ニューズウィーク日本版

G7首脳会議が開かれるコーンウォールの海岸でコロナ式挨拶を交わすジョンソン首相夫妻と菅首相夫妻(6月11日) Phil Noble-REUTERS

 

 

 

[ロンドン発]先進7カ国首脳会議(G7サミット)が南西部コーンウォールで開かれているイギリスで6月21日に予定されていた「全面正常化記念日」が4週間後の7月19日に先送りされる見通しとなった。感染力が非常に強い新型コロナウイルスのデルタ(インド変異)株が爆発的に流行しているためだ。【木村正人(国際ジャーナリスト)】 

 

 

 

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英医師会は正常化延期を求める連続ツイートで次のように指摘した。 ・症例が過去2週間で159%増加。5 月 24 日の 2912 人から 6 月 9 日の 7540 人に ・制限緩和のための 4つの 基準を満たしていない。指数関数的な増加の段階にある ・デルタ株や5月の制限緩和(ステップ3)の影響を評価するのに時間が必要 ・死亡率への影響が明らかになるまで 4 週間かかる ・6 月 6 日までの1週間に60 歳以上は 27% しか症例が増えていないのに20 ~ 29 歳は 121% 増加 ・若者の多くはワクチンの接種を受けていないため感染しやすく、重症化やコロナ後遺症のリスクが懸念される。そのため感染率を低く抑えることが重要 英政府はワクチンの1回目接種を成人人口の78%(4108万8485人)に、2回目接種を55.4%(2916万5140人)に済ませた。合計した接種回数は7千万回以上だ。現在、全面正常化に向けた4段階ロードマップの「ステップ3」で飲食店の屋内営業やホテルや映画館が再開されている。屋内で会えるのは6人または2世帯までだ。 「第3波」突入の恐れ しかし、直近の1週間を見ると感染者は対前週比58.1%増の4万5895人、入院は14.4%増の975人、死者も10.9%増の61人と膨れ上がっている。感染症数理モデルの世界的権威、英インペリアル・カレッジ・ロンドンのニール・ファーガソン教授をはじめ多くの専門家が、イギリスが「第3波」に突入する危険性を指摘している。 イングランド公衆衛生庁(PHE)が6月11日に公表した報告書によると、デルタ株の家庭内感染はアルファ(英変異)株に比べ1.64倍も起こりやすい。アルファ株はそれまでの株より最大で1.7倍も感染しやすいとみられており、単純計算で1.7×1.64=2.788、つまり2.8倍近く感染しやすいことになる。 検査した日から2週間以内に入院するリスクでみると、デルタ株はアルファ株の2.26倍。ワクチンの有効性は1回接種ではアルファ株で50.2%、デルタ株で33.2%止まりだが、2回接種するとアルファ株で88.4%、デルタ株で80.8%までアップする。このため、英政府はデルタ株対策として4週間の時間を稼ぎ、感染拡大地域で2回接種を急ぐ方針だ。 PHEによると、直近では確認されたコロナウイルスの74~96%がデルタ株だという。 ロザリンド・フランクリン研究所所長のジェームズ・ナイスミス英オックスフォード大学教授は「スコットランドとイングランドで感染力の強いデルタ株が同様に蔓延している。コロナで1年間延期されていたUEFA欧州選手権(ユーロ2020)のような大規模なイベントは感染が突然拡大する重大なリスクになる」と警鐘を鳴らす

 

 

 

ワクチン接種が進んだ欧州でもリスキー

ユーロ2020はグラスゴーやロンドンなど欧州10カ国11都市で分散開催される。ローマで行われた11日の開幕試合ではイタリアがトルコに3-0で快勝した。数千人のファンがスタジアムに集まり、さらに多くのサポーターが開催都市のパブやバーに参集する。これまでにスペイン2人、スウェーデン2人、チェコ数人の選手のコロナ感染が分かっている。 昨年春の第1波で欧州が甚大な被害を出したのは、パスポートなしでシェンゲン協定加盟26カ国内を自由に行き来できたことが一因だ。それぞれの開催国によってワクチン接種や感染状況、観客の入場制限も異なる。ユーロ2020開催にゴーサインが出たのは欧州ではワクチン接種が進んでいることに加えて、サポーターの強い要望、正常化への期待があったからだ。 G7首脳会議に出席している菅義偉首相は東京五輪・パラリンピックに関し「子供や若者に夢や感動を伝えたい。東日本大震災からの復興を遂げた姿を伝える機会にもなる。安全安心な東京大会の開催に向けて万全な感染対策を講じ、準備を進めていく。世界のトップ選手が最高の競技を繰り広げることを期待する」と改めて開催する意思を表明した。 アフリカより選手村優先に疑問 一方、朝日新聞の世論調査では東京五輪の「中止」を求める声は43%、「再延期」が40%にのぼり、「今夏に開催」は14%にとどまっている。「1日100万回」を目指すワクチン接種は何とか60万回を超える日も出てきた。ウイルスは自分で動き回ることはできないため、人の移動に伴って感染していく。五輪開催で感染リスクが高まることは否めない。 世界保健機関(WHO)は「世界では21億回以上が接種されたが、アフリカはその1%に満たない。アフリカ大陸の人口約13億人のうち1回の接種を受けたのはわずか2%。2回接種を終えたのは940万人に過ぎない」という。このためG7ではワクチン10億回分を途上国に無償提供することで合意する見通しだ。 国際オリンピック委員会(IOC)は選手村に居住する関係者の8割超にワクチンを接種して五輪そのものを“集団免疫“する考えだが、途上国へのワクチン接種が全く進んでいないのに、商業化した五輪優先のワクチン接種が人道的に許されるのか。ワクチンの感染予防効果が分からない中、五輪が“ステルス感染“の震源地になる恐れも否定できない。 長期戦になり、コロナ患者を受け入れる医療現場の疲労の色は濃い。患者が増えるとすぐに逼迫する医療に国民の不安も膨らむ。政治と科学、政府と専門家の溝はどんどん広がっている。「五輪開催」という菅首相の政治決断に「安心安全」を支える科学的根拠は一体どれぐらい含まれているのだろうか