私たちとネアンデルタール人が交配した事実、なぜわかったのか
更科 功
分子古生物学者
DNAが似ているから交配したと言えるのか
ネアンデルタール人の化石から初めてDNAが抽出され、塩基配列が決定されてから20年以上が経った。また、ネアンデルタール人のDNAの塩基配列から、私たちヒトとネアンデルタール人が交配していたことが明らかになってからも、ほぼ10年が経つ。
ヒトとネアンデルタール人が交配していた事実も、それなりに広く知られるようになり、講義などでそのことを話しても、驚く人は前より少なくなった。
イベリア半島南東部のイギリス領土であるジブラルタルで発掘されたネアンデルタール人の頭蓋骨 photo by gettyimages
しかし、その代わりに、こんなことを言われることが多くなってきた。
「ネアンデルタール人とヒトのDNAは99パーセント以上同じだっていうけれど、そんなに似ているのは、お互いに交配していたからなんですね」
そう言いたくなる気持ちも、何となくわかる。わかるけれど、そうではない。ネアンデルタール人とヒトのDNAが似ているからといって、交配していたことにはならないのだ。
DNAが似ていても交配したことにはならない
私たち日本人とアフリカのサン族は、もちろん両方ともヒト(学名はホモ・サピエンス)である。そして、両者の共通祖先がいたのは、10万年以上前だと考えられている。さらに、遺伝学の研究によれば、この10万年のあいだ、両者はほぼ交配していないと考えられている。
一方、私たちヒトとネアンデルタール人の共通祖先がいたのは、70〜60万年前だと考えられている。日本人はヒトの一部なので、私たち日本人とネアンデルタール人の共通祖先がいたのも、70〜60万年前ということになる。
日本人のDNAの中には、ネアンデルタール人のDNAが約2パーセント含まれている。ということは、日本人の祖先は、ネアンデルタール人と交配したということだ。ヒトとネアンデルタール人の交配が、約5万年前に起きたことは、ほぼ確かである。ただし、その他にも交配が起きた可能性はあり、日本人の祖先がネアンデルタール人と交配したのが、いつだったのかは、よくわからない。よくわからないけれど、おそらく10万年前よりは後だろうから、ここでは数万年前としておこう。
以上をまとめると、こういうことだ。日本人の祖先は、まず70〜60万年前にネアンデルタール人の祖先と分岐した。その後、10万年以上前にサン族と分岐した。そして、数万年前にネアンデルタール人と交配した。
ゲームに興じるサン族の人々。サン族は世界最古の民族と言われている photo by gettyimages
ところで、現在の日本人のDNAは、ネアンデルタール人よりサン族のDNAに、ずっと似ている。それなのに、どうして、サン族とは交配しなかったけれどネアンデルタール人とは交配したと、わかるのだろうか
交配するとどうなるか
過去に交配があったことを示すには、いくつかの方法が考えられる。ここでは比較的広く知られている方法を説明しよう。
2種のあいだで交配が起きると言っても、両種のすべての個体同士が、お互いに全面的に交配する、ということはまずない。両種の一部の個体同士で、部分的な交配が起きることが普通である。そのため、1つの種の中に、別種と交配した個体と交配しなかった個体が共存することになる。その、交配した個体と交配しなかった個体の違いを検出すれば、2種のあいだで交配があった証拠になる。
たとえば、ヒトの中からアフリカ人とヨーロッパ人を選んで、そのDNAをネアンデルタール人やチンパンジーのDNAと比べることを考えてみよう。
まず、4種の進化的関係を確認しておく(アフリカ人とヨーロッパ人は、ヒトという同じ種に含まれるが、ここでは便宜的にそれぞれを「種」と呼ぶことにする)。
4種には共通祖先(1)がいて、それからチンパンジーに至る系統と、他の3種に至る系統が分かれた。3種に至る系統では、共通祖先(2)において、ネアンデルタール人に至る系統と、ヒトに至る系統が分かれた。ヒトに至る系統では、共通祖先(3)において、アフリカ人に至る系統とヨーロッパ人に至る系統が分かれた(【図1】)。
【図1】チンパンジー、ネアンデルタール人、ヒト・アフリカ人、ヒト・ヨーロッパ人に至る系統
さて、DNAには塩基という物質が含まれており、その塩基がDNAの中で1列に並んでいる。DNAの中の塩基には、アデニン(A)、チミン(T)、グアニン(G)、シトシン(C)の4種類があり、この4種類の並び方(塩基配列という)が遺伝情報になっている。
DNAは4種類の塩基が並び、この並び方が遺伝情報となっている
さて、ヒトとチンパンジーの塩基配列は98.7パーセントぐらい同じで、ヒトとネアンデルタール人の塩基配列はそれよりもさらに似ているし、アフリカ人とヨーロッパ人の塩基配列はもっと似ている。したがって、これら4種の塩基配列は、どれもよく似ていることになる。
チンパンジーのDNAにはたくさんの塩基が含まれているが、その中の1つに注目して、その塩基がAだったとしよう。すると、他の3種でも、(1)〜(3)の共通祖先でも、DNAの同じ部分の塩基は、Aである可能性が高い。そして、(他の3種では実際に塩基を調べることができるけれど)共通祖先(1)〜(3)については、直接塩基を調べることができない。
そこで、共通祖先(1)〜(3)の塩基は、チンパンジーの塩基と同じだと仮定する(もちろん実際には違うこともあるので、結果については補正が必要だが、ここでは無視する)。この仮定のもとで、チンパンジーと共通祖先の塩基は【図2】のようになる。
【図2】チンパンジーと共通祖先(1)〜(3)の塩基
ここでネアンデルタール人の塩基を調べてみたら、Tだったとしよう。この場合は、共通祖先(2)からネアンデルタール人に至るあいだに、たまたま突然変異が起きたと考えられる【図3】。
【図3】共通祖先(2)からネアンデルタール人に至る過程で突然変異が起きて、AがTに変異した場合。この場合、突然変異が起きていないアフリカ人とヨーロッパ人はたいていAと考えられる
さて、図3のような状況で、ヨーロッパ人とアフリカ人の塩基を調べてみると、両者ともたいていはAのはずだ。突然変異は滅多に起きないので、共通祖先(3)と同じ塩基になる確率が高いからだ(【図3】)。でも、たまには突然変異が起きて、AがTに変化することもある(AがGやCに変化することもあるけれど、ここでは無視する)。
そして、その確率は、ヨーロッパ人に至る系統でもアフリカ人に至る系統でも、等しいはずだ
つまり、突然変異によってAからTへの変化が起きたならば、【図4】の〈ヨーロッパ人がAで、アフリカ人がT〉となるケースと、【図5】の〈ヨーロッパ人がTで、アフリカ人がA〉となるケースが、同じくらいの頻度で起きるはずなのだ。
【図4(上)】共通祖先(3)からアフリカ人に至る過程で突然変異が起きたと仮定した場合 【図5(下)】共通祖先(3)からヨーロッパ人に至る過程で突然変異が起きたと仮定した場合
ところが、実際にDNAを調べてみると、図4より図5のケースが多かった。アメリカの遺伝学者、デイヴィッド・ライク(1974〜)によると、ある結果では、図4のケースが約9万5000ヵ所、図5のケースが約10万4000ヵ所であった。
アメリカの遺伝学者、デイヴィッド・ライク photo by gettyimages
もし、9ヵ所と10ヵ所という違いなら、それは偶然でも説明できる。しかし、約9万5000ヵ所と約10万4000ヵ所という違いは、偶然では説明できない。数が大きくなるにつれて、両者の比率は1:1に近づいていかなくては、おかしいからだ。
上に述べたケースでは、ネアンデルタール人とヨーロッパ人が、偶然では説明ができないくらい多くの、変異した塩基を共有していた。そのことが、ネアンデルタール人とヨーロッパ人が交配していたことを、示しているである【図6】。
【図6】ネアンデルタールとヨーロッパ人で変異した塩基を共有していたことは、両者が交配していたことを示す
上に示した数値は1例であって、やり方によっていろいろな結果が出ている。しかし、それらの結果を総合的に解釈すれば、ネアンデルタール人とヒトが交配していたことは確実と言ってよい。
交配の証拠となるのはDNAの塩基配列が「相対的に似ている」ことである。一方、DNAの塩基配列が「絶対的に似ている」ことは、両者が分岐した年代が最近であることを示している。まぎらわしいけれど、ちょっと違うのだ
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ネアンデルタール人とデニソワ人との間に子ども―娘が誕生
ネアンデルタール人と原生人類の祖先との間で混血があったことはNHKの番組等で広く知られるようになってきた。
デニソワ人は、あまり聞き慣れないが、ロシア・アルタイ地方のデニソワ洞窟に約4万年前~5万年前に住んでいた第3の”人類””(ヒト属)(2010年臼歯の化石発見)で、人類3種が数万年も共存していたらしい。
ネアンデルタール人は大陸の西側で、デニソワ人は大陸の東側で生きていたが、ネアンデルタール人が東に移住していくことで、デニソワ人や現生人類の祖先と出会ったのであろう。
驚くことに、日本人の遺伝子は、デニソワ人の遺伝子が残っており、ネアンデルタール人とデニソワ人の遺伝子が最も残っている種の可能性が高いそうである。
(CNNの報道:2018.08.23) 独マックス・プランク進化人類学研究所などのチームは22日、ロシアの洞窟で発見された5万年前の骨の断片について、ネアンデルタール人の母とデニソワ人の父を持つ子どものものであることが判明したと明らかにした。英科学誌ネイチャーに論文を発表した。
ネアンデルタール人とデニソワ人の間の子どもの存在が確認されたのは初めて。
ネアンデルタール人とデニソワ人はいずれもヒト族(ホミニン)で、現生人類に非常に近い。39万年前に系統が分かれたが、両者の出会いがなくなったわけではなかった。
論文の筆頭著者である同研究所のビビアン・スロン氏によれば、ネアンデルタール人とデニソワ人が子どもをもうけていた可能性は以前の調査でも指摘されていた。しかし、実際の子孫を発見できるとは思っていなかったという。
骨は13歳の少女のもので、シベリアのアルタイ山脈にあるデニソワ洞窟で2012年に発見された
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