乗客激減で大ピンチ「ユーロスター」が破綻危機 政府支援なく「航空会社に準じた救済」求めるが

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東洋経済オンライン

コロナ禍で利用者が激減した国際高速列車ユーロスター。ロンドンのターミナル、セントパンクラス駅には人影がほとんどない=2021年1月23日(写真:EPA=時事)

 

 

 

 

 英国と欧州大陸を結ぶ国際高速列車ユーロスターが、コロナ禍による移動需要の蒸発で破綻の危機にさらされている。コロナ以前のユーロスターはビジネス需要も観光利用も極めて好調で、平均の乗車率は80%を超えていたが、新型コロナの影響により乗車率が1%まで落ちる大打撃を受けている。 

 

 

 

【写真・図】イギリスの鉄道が採用する「フランチャイズ制度」とコロナ禍での救済策を図解。ただしユーロスターはこの対策に含まれていない 

 

 

 

 欧州の鉄道会社はコロナ禍で軒並み事業環境が悪化し、救済のための政府支援が積極的に行われた。例えば、英国国内の鉄道各線は一時的に「国有化」される形となったほか、フランス政府は国鉄(SNCF)に対し、コロナ禍による利用減少だけでなくSDGs (持続可能な開発目標)を見越した財政支援を行っている。

 

 その中で、なぜユーロスターが破綻の危機に陥っているのか。それは、運行会社のユーロスター社が会社としては英国の企業であるものの、複数国を結ぶ国際高速列車であることなどから、一筋縄ではいかない事情を抱えているためだ。

 

 

 

 ■「支援なければ消滅リスク」 

 コロナ禍以前のユーロスターは、ロンドンとパリ、ブリュッセル、アムステルダムをつなぐ列車を1日当たり片道約50本運行。ロンドン―パリ間は早朝から夕方まで毎時1本程度走っていた。

 

 ところがコロナ感染拡大を受けて各国が厳しいロックダウン措置を取る中、国際間の人の動きが激減。今やロンドン―パリ便1往復と、ロンドン―ブリュッセル―アムステルダム便1往復のみまで減便された。  この状況を受け、ユーロスター社は今年1月下旬、自ら「現状は極めて深刻で、政府からの支援がなければ、ユーロスターは消滅リスクに直面する」と述べ、英政府に対し「航空会社に与えられた政府支援の融資をわれわれにも適用してほしいと改めて求めたい」と窮状を訴えた。

 

 ユーロスターの現状については、フランス国鉄の旅客運行部門SNCF Voyageursのクリストフ・ファニシェ(Christophe Fanichet)最高経営責任者(CEO)も「非常に危機的な状況」だと認めている。しかし目下のところ、英政府の動きは重い。  法人としてのユーロスター社の登記先はロンドンにあり、れっきとした英国企業である。だが、英政府の支援が得られず立ち往生している理由として大きなポイントは2つあると筆者は考えている。

 

 

 

 1つは、現状では英国政府や鉄道会社の資本がまったく入っていないことだ。  ここでユーロスター社の資本関係について解説しておこう。会社の設立当初は、列車が乗り入れている3カ国が応分出資しており、その割合はフランス国鉄(SNCF)が55%、英運輸省が出資するロンドン&コンチネンタル鉄道(LCR)が40%、そしてベルギー国鉄(SNCB)が5%となっていた。  ところが2014年、英政府はLCR保有のユーロスター株の民間放出を決めた。

 

 

 

■英ではフランスの企業扱い?

   その結果、英政府の保有分はカナダ・ケベック州の政府系基金が30%、アメリカのインフラ投資ファンドであるヘルメス・インフラストラクチャーが10%をそれぞれ買収。英国が拠点でありながらも、英国関連の出資者はいなくなってしまった。  英経済紙フィナンシャル・タイムズ(FT)は、「ユーロスター社は、英国においては英国の支援を受けていないフランスの企業と見なされる一方、フランスではフランスの支援を受けていない英国を拠点とする企業と見なされている」と説明。どういう根拠で支援を進めていいかさえも決まっていない状況が見え隠れする。

 

そしてもう1つは、英国の鉄道として「国内間列車」としての機能を持たないため、そもそも「鉄道フランチャイズ制度」の枠から外れていることだ。英国ではコロナ禍での鉄道事業の苦境を受け、実質的に運営を国有化する救済措置が講じられているが(2020年7月16日付記事「『日本式』がベスト? 岐路に立つ英鉄道の民営化」参照)、ユーロスターは国際列車のため、この救済の枠に入らなかった。  英国ではコロナ禍によるロックダウンが合計3回行われたが、最初の実施からまもなく1年が経つ。ユーロスターの需要はそれ以来、「ほぼゼロ」まで収縮してしまった。運輸関係のアナリストの間では、「ユーロスターのキャッシュフローはこの夏まで持たないのではないか」とする声も聞こえてきている

 

 

 

 

 

一方、「政府による救済の必要はない」と訴える英国民も少なくない。彼らの多くは「経営が厳しいのは理解できるが、株主がその責を負うべきだ」と主張する。  しかし、このまま政府支援など新たな動きがなければ、破綻手続きに入るという懸念も生まれてきている。コロナ禍という想定外の問題であるとともに、そもそも公共性の高い交通インフラをこのまま見殺しにするのは正しい道なのだろうか。  目下の最悪のシナリオは、政府支援もなく新たな出資者も出てこないというものだ。通常の破綻処理は投資銀行などが管財人となり、企業や事業の新たな買い手を探すわけだが、それが振るわない場合は資産を現金に換えて清算を進めることとなる。もっとも懸念されるのは、管財人が車両売却を進めてしまい「英国と欧州大陸を結ぶ国際高速列車サービス」が消滅してしまうことだ。

 

 

 

 

■最悪シナリオは車両売却 

 現在ユーロスターで使われている車両は、開業時に導入された「e300」(仏アルストム製11編成)と、ドイツを走る高速列車ICE3と基本設計が同じ「e320」(独シーメンス製17編成)の2タイプがある。e300は20両編成、e320は16両編成と、欧州の高速列車としては長い編成で、全長は両タイプとも約390mだ。  現在の乗車率なら編成両数を減らしてもよさそうだが、車両の構造上の問題だけでなく、ユーロスターはそれができない規程がある。英仏海峡トンネル内部の非常口への避難を前提に編成長が決まっているためだ。

 

 トンネルの非常口は375mごとに設けてあり、編成の長さを非常口の設置間隔以上にすることで、万が一の際、編成中のどこかのドアからより早く非常口にアクセスできることが求められている。このため、需要に応じて編成を短縮するわけにもいかない。  だが、英仏海峡トンネルを通って英国―欧州大陸間を営業運転できる車両は現在、ユーロスター用に使われているものしか存在しないという。関係のない路線に車両が売却されてしまうことは避けたい事態だ。

 

 

 

 英国と欧州大陸を結ぶ高速列車がなくなるという事態を避けるため、仮に破綻手続きが始まったとして、管財人は新規出資者を探す際に「英国―欧州大陸間を結ぶ鉄道サービスを提供できることという条件を付けるべき」(英国の鉄道アナリスト)という考え方もある。  現状ではあまり想像したくないオプションではあるが、それでも欧州ではすでに「ユーロスター」の売却先に関する予想があれこれと語られている。  目下有力視されているのはドイツ鉄道(DB)だ。何度となくドイツとロンドンとの直結を求め、さらにICEの試験車両をロンドン・セントパンクラス駅まで乗り入れるなど、さまざまな仕掛けに及んだが、現在まで実現していない。現在のユーロスターの主力車両はドイツ・シーメンス製で、DBにとっては親和性が高い。

 

 

 

 

■貴重な国際交通をどう維持する?

   これは筆者の想像だが、ダークホース的な出資者の候補として香港MTRC(香港鉄路)の名を挙げておきたい。同社は、英国の高速鉄道新線「HS2」の運行オペレーターとしてフランチャイズ獲得に向け、中国の広深鉄路公司とコンソーシアムを組み入札したが、最終候補選出の際に落選した。しかし、MTRCはすでに中国本土から乗り入れる高速鉄道の香港領内での運営、および長年にわたって広州市―九龍半島間を結ぶ直通列車の運行に携わっており、「国際列車」の経験は豊富だ。

 

 ユーロスターの運行がなくなってしまうことは、国際交通インフラ維持の観点から見て由々しき問題だ。それに加え、欧州では環境保護の観点から500~600km程度の移動は航空機でなく列車を利用することが奨励されている。SDGsへの考慮が世界的に叫ばれる中、「島国・イギリス」への鉄道アクセスは残しておくべき貴重な交通インフラのひとつであることは疑いない。  コロナ禍の収束、あるいはワクチン接種の進展など、旅客需要回復までの道のりの予想がつけば、より短期間の融資や支援で延命できる可能性もある。破綻や売却という形での結論は見たくない、というのが大方の意見だ。はたしてどんな格好で生き延びるのだろうか。

 

さかい もとみ :在英ジャーナリスト