021年、ロシアに「決定的瞬間」が訪れる

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ビデオ会議に出席したロシアのプーチン大統領(12月23日、写真:ロイター/アフロ)

 

 

 

 

 

 

■ プロローグ/「決定的瞬間」  あとから振り返れば、歴史には「決定的瞬間」というものがあります。  ある日突然、すべてが劇的に変化してしまうのです。「ベルリンの壁崩壊」はまさにそのような決定的瞬間になりました。  この日を境に分断された東西ドイツは統一に向かい、ソ連邦は解体に進むことになるのですが、この1年後にドイツ再統一とソ連邦崩壊が実現するとは当時誰も予想だにできなかったことでした。  戦後、ドイツは東西に分断されました。「ベルリンの壁」建設は1961年8月13日、壁崩壊は1989年11月9日。その1年後の1990年10月3日に東西ドイツは統一。2019年はベルリンの壁崩壊から30周年記念となり、2020年は「東西ドイツ再統一」30周年記念になりました。  ソ連邦は1991年12月25日に解体され、15の民族名を冠するソ連邦構成共和国は名実ともに独立。ソ連邦の盟主ロシア共和国は新生ロシア連邦として誕生。  新生ロシア連邦の初代大統領は故B.エリツィン氏、2代目大統領がV.プーチン氏です。  V.プーチン大統領代行(兼首相)は2000年3月のロシア大統領選挙で当選、同年5月第1期大統領に就任。現在は本人にとり第4期目3年目の後半を迎えています。  最近になり突然、プーチン大統領の健康不安説やスキャンダルがマスコミに流れるようになりました。2021年1月にプーチン大統領は健康問題で辞任するとの説も流れています。  筆者は、2021年はプーチン大統領にとり「決定的瞬間」が訪れる可能性が高いと予測しております。  2020年最後の週にあたり、「当たるも八卦当たらぬも八卦」、2021年のプーチン・ロシアを占ってみたいと思います。

 

 

 

 

■ V.プーチン大統領/直近1年間の軌跡  最初に、2019年12月から2020年12月まで1年間のV.プーチン大統領の軌跡を概観します。  

 

(2019年)  

 

12月3日:プーチン大統領、2020~2022年のロシア国家予算案に署名・発効 

 

12月19日:プーチン大統領、通算第15回目となる「年末記者会見」開催  

 

(2020年)  

 

1月15日:プーチン大統領、第4期2回目の年次教書発表→憲法改正に言及 

 

1月16日:ロシア下院、プーチン大統領が指名したミシュースチン首相候補を承認 

 

1月20日:プーチン大統領、露下院に憲法修正法案提出 

 

1月23日:ロシア下院、第1読会にて憲法修正法案採択 

 

3月10日:ロシア下院、第2読会にて憲法修正案審議・採択→プーチン終身大統領へ道を拓く 

 

3月11日:ロシア下院、第3読会にて憲法修正案審議・採択。同日、上院も承認。 

 

3月14日:プーチン大統領、憲法修正案署名→憲法裁判所に合憲かどうかの是非を照会 

 

3月16日:ロシア憲法裁判所、憲法修正案を基本承認 

 

6月25日:ロシア憲法修正に関する全露投票開始(7月1日まで実施)→憲法修正案承認 

 

7月4日:ロシア修正憲法発効 

 

12月8日:プーチン大統領、2021~23年のロシア国家予算案署名・発効 

 

12月17日:プーチン大統領、通算16回目となる毎年恒例の「年末記者会見」実施 

 

12月22日:プーチン大統領、大統領経験者の終身免責特権法案に署名・発効

 

 

 

 

 

 

 

ロシア国家予算案想定油価/ウラル原油  ロシアの代表的油種はウラル原油です。  ウラル原油は西シベリア地域の軽質油とボルガ地域の重質油のブレンド原油で、中質油・サワー(酸っぱい)原油になります。なお、サワー原油とは硫黄分含有量が1%以上の原油を指します。  ロシア国家予算案はウラル原油の想定油価に基づき国家税収を算出しますので、予算案想定油価は非常に重要な指標になります。  ではここで、直近1年間のウラル原油の油価推移を概観します。  世界のベンチマークとなる各種油価は2020年3月と4月に暴落後、5月以降上昇に転じ、12月現在バレル約50ドル前後で推移しています。 ■ プーチン大統領/2021~2023年のロシア国家予算案署名・発効  ロシアのV.プーチン大統領は2020年12月8日、ロシアの2021~2023年国家予算案に署名しました。  2021年のロシア国家予算案は11月26日に開催された露下院第3読会にて採択されました。その後12月2日に露上院にて承認され、プーチン大統領は12月8日国家予算案に署名・発効しました。  従来の露国家予算案は黒字予算案でしたが、今回は最初から赤字予算案になりました。  また、従来は必ず国家予算案策定の根拠となる想定油価がマスコミで報じられていたのですが、今回はなぜか想定油価に関するマスコミ報道は今でも一切ありません。  そこで、ロシア経済事情に精通している友人に照会したところ、2020年9月26日に公表されたロシア経済発展省のロシア経済予測に依拠していることが判明。この経済予測の中で公表されている指標が2021~2023年のロシア国家予算案の数字になっています。  ご参考までに、2019年12月3日にプーチン大統領が署名した2020年のロシア国家予算案と、2020年12月8日に署名した2021~2023年の国家予算案を比較してみたいと思います。  2020年の国家予算案で注目される点は、政府の油価予測はバレル$57なのに、予算案策定の基礎となる想定油価が異様に低く抑えられている点です。なぜでしょうか?   ロシア国家予算案はこの想定油価に基づき、石油ガス税収を算出します。  主な石油ガス税収は、石油(原油と石油製品)輸出関税+パイプラインガス輸出関税(30%)+原油・ガス採取税です。LNGの輸出関税はゼロなので、石油・ガス税収には算入されません。  想定油価よりも実際の油価が高い場合、上回った税収分は予算歳入に入るのではなく、国民福祉基金に繰り入れられます。  想定油価を固く見積もっているとも言えますが、2020年政府油価予測とはバレル$15も価格差があります。国民福祉基金の財源はGDP比7%を超える分は政府が議会の承認なしに自由に使えるので、基金の資産残高を増やすために想定油価を低く抑えているのです。  すなわち、意図的に想定油価を低い水準に設定して、政府の自由裁量分を増やそうとした結果です。  しかし、新型コロナウイルス感染症蔓延により世界の経済活動が低迷。油価は暴落して、大きな見込み違いが発生。油価に依存する国家予算収支は、今年は赤字必至と言えましょう。  付言すれば、上記のロシア国家予算案をご覧になると、ロシアの経済規模が意外と小さいことがお分かりと思います。GDPは米国の10分の1以下、予算規模は日本の3分の1以下です

 

 

 

ロシア2021~2023年国家予算案と油価の関係  ではここで、油価とロシア国家予算案の関係を概観します。  ロシア経済は油価依存型経済構造なので、油価が上昇すると経済は繁栄し、油価が低迷するとロシア経済は衰退します。  プーチン大統領が12月8日に署名した2021~2023年のロシア国家予算案概要は上記の通りです。  従来は黒字予算案でしたが、今回は最初から赤字予算案になりました。  ロシア財務省は2006~2019年までの国家予算収支実績を発表しております。  以下のグラフは、ロシア財務省が公表している税収実績をグラフ化したものです。このグラフから明らかなとおり、油価が高水準の時は石油・ガス関連税収のみで国家歳入の半分以上になることが分ります。  2020年は$42.4の想定油価ですが、この場合はロシア税収の約37%が石油・ガス税収です。  プーチン大統領は12月17日の記者会見で国家歳入の約4割が石油・ガス税収と述べましたが、この発言が正しいことはこのグラフにより裏付けられています。  2020年の国家予算案は想定油価バレル$42.4で黒字予算案でしたが、2021年予算案は想定油価$45.3なのに、最初から大幅な赤字予算案になっています。  すなわち、歳出に対し歳入が大幅に減少していることになり、税収不足は経済不振に起因するものと推測されます。ただし、想定油価$45.3は高すぎます。これが今回、予算案想定油価が一般に報じられていない理由だと筆者は考えております。

■ 苦悩するロシア経済/国家債務の増大  次に、ロシアの国家債務を概観します。露財務省が発表した、露国家債務予測は以下の通りです。  2019年の露国家債務はGDP比12.3%であり、2023年には21.3%に増大すると見込まれています。  日本の国家債務GDP比率は200%超なので、日本と比較すれば10分の1の水準です。しかし国家としての信用力の問題から対外借り入れの場合は金利が高くなるので、借り入れも容易ではありません。  ロシア経済を語る時によく言われることがあります。それは「ロシアには国民福祉基金が潤沢にあるので、油価低迷しても露経済は当面問題ない」という説明です。  ロシア人自身がそう主張していますが、これは詭弁です。  確かに2020年12月1日現在の国民福祉基金残高は1774億ドル(GDP比11.8%)に積み上っており、これはロシア財務省HPで誰でも閲覧可能です(https://minfin.gov.ru/en/key/nationalwealthfund/statistics/)。  しかし国民福祉基金(別名「次世代基金」)の本来の目的は優良プロジェクトなどに投融資して財源を増やし、ロシアの次世代を支援するための基金です。年金基金が不足すると、年金補填にも充当されます。  この国民福祉基金は現在、財政が赤字になると補填機能も付与されました。従来、この目的で「準備基金」が存在したのですが2007年末までに資金が枯渇して、2008年1月に国民福祉基金に統合されました。  また、この国民福祉基金残高は預金残高ではありません。既に投融資した金額も簿価で残っています。  換言すれば、不良資産分もこの額に含まれており、真水(政府が自由に使える金額)は意外と少ないことになります。  この事実を知っているのは、少数の金融専門家のみです。一般の評論家はこの状況を把握していませんので、ロシア側から「問題ない」と説明されると鵜呑みにしてしまいます。  上記より、「ロシアでは国民福祉基金が積み上がっているから、財政は赤字になっても大丈夫」という説明が詭弁であることお分かりいただけると思います。  油価水準が低迷している現在、ロシアの石油・ガス会社は赤字必至であり、油価に依存するロシア経済の実態は予想以上に厳しい状態にあると言えましょう

 

 

 

 

プーチン大統領/毎年恒例の年末記者会見  プーチン大統領は2020年12月17日、毎年恒例の「年末記者会見」を開催。通常は大統領と記者が一堂に会して「年末記者会見」を行ってきましたが、第16回目の記者会見となる今年2020年はコロナ禍での記者会見となり、ビデオ中継形式になりました。  今年はコロナ禍で恒例の毎年6月頃に開催される「プーチン、国民との対話」が開催不可能になりましたので、「国民との対話」を兼ねる形で一般人の参加もありました。  12月17日の司会はD.ぺスコフ大統領府報道官で、記者会見(実況中継)は4時間33分続きました。  ちなみに、昨年の記者会見は4時間18分、過去最長の記者会見は2008年の4時間40分でした。  ご参考までに、昨年2019年の第15回目年末記者会見の内容を概観したいと思います。  昨年の記者会見のサプライズは、ロシア憲法が禁止している大統領連続3選禁止条項を削除する方向性を示唆した点です。  この示唆に基づきプーチン大統領は今年2020年、ロシア憲法を“修正”。同一人物の大統領任期を最長2期までとし、従来の大統領職は算入されないと修正しました。  現行憲法に拠れば同大統領の任期は2024年5月までですが、大統領任期に関する憲法修正により、2024年5月から再度2期、2036年5月まで大統領職に留まることが可能になりました。  しかし筆者はプーチン大統領の再登場はなく、2024年の任期終了とともに引退するか、それ以前に辞任すると考えております。  さて、今回第16回目記者会見のプーチン大統領の居場所は、モスクワ郊外ノヴォ・アガリョーバの大統領別邸です。  ロシア内外のジャーナリストはモスクワ河畔国際貿易センター内のプレスセンターに陣取り、あと各ロシア連邦管区にビデオセンターが設営され、計9か所をビデオ中継で結ぶ形の記者会見・国民との対話になりました。  今回言及された話題は、順不同ですが要点は以下の通りです:  -コロナウイルスに対する露ワクチン「スプートニクV」を、順番が来たら必ず接種する。  -米新政権に対し、2021年2月5日に失効する新START(米露戦略兵器削減条約)の1年間延長を提案。米新政権に対し、関係改善を提案。  -米政府に対するハッキング否定。露は米大統領選挙に関与していない。  -ナヴァールヌィ氏毒殺未遂事件に関し、露政府の関与否定。  -トルコのエルドアン大統領を称賛。  -来年2021年の露下院選挙には16の政党が選挙参加予定。  -2024年の大統領選挙に再出馬するかどうかは未定。  なお、質問はせずに年金増額を訴えた一般市民もおり、プーチン大統領は検討を約束しました。  石油・ガスの観点から興味深い発言は以下の通りです。  -露全土のガス化は現状7割だが、2021~25年のガス化5か年計画により25年には9割になる。  -露輸出総額に占める石油・ガス輸出額は6割、GDPの3割が石油・ガス収入、国家予算歳入の4割が石油・ガス税収だが、この比率を下げる。ロシアは世界のガソリンスタンドではない。  健康不安説により2021年1月辞任説が流れる中、1月辞任はないことを誇示する記者会見になりました

 

 

 

 

プーチン大統領/大統領免責特権法案署名・発効  プーチン大統領は12月22日、自分自身の終身免責特権法案と終身上院議員資格法案に署名しました。  前任者のB.エリツィン新生ロシア連邦初代大統領は1999年の大晦日に突然辞任発表。自分の後任候補として、プーチン首相を大統領代行に任命。プーチン大統領代行の最初の仕事は、「エリツィン一家は神聖にして犯すべからず」という大統領令に署名することでした。  選挙態勢の整っていない野党をしり目に、プーチン候補は2000年3月26日の大統領選挙で当選し、同年5月7日にロシア2代目大統領に就任しました。  エリツィン初代大統領は後任者に自分の免責特権法案を署名させましたが、プーチン大統領は自分で自分(と家族)の終身免責特権法案に署名。米トランプ大統領もマネするかもしれませんね。  プーチン大統領の現行任期は2024年5月までですが、これでプーチン大統領は後顧の憂いなく、いつでも早期退陣できることになります。  2021年から大統領任期の後半戦に入るので、2021年には大きな動きが出てくるものと筆者は予測しております。2021年には内閣を改造して、後継候補の選定作業に入ることでしょう。

■ エピローグ/2021年、プーチン・ロシアはどこへ行く?   プーチン大統領の任期は2024年5月までです。この段階でプーチン大統領は71歳になっており、仮に2024年からさらに12年間(6年間を2期)ともなれば83歳になります。  今回のプーチン記者会見から判断して、健康問題により2021年1月に大統領職を辞任する可能性はほぼゼロと考えます。しかし2024年の再出馬もないと筆者は予測します。彼はもう十分疲れています。  ではここで、プーチン大統領最後の3年間を占ってみたいと思います。  2021年から本人にとり第4期目大統領職の任期後半に入るので、2021年には後継候補の選定を始めることでしょう。  2021年1月20日は米新政権が誕生します。プーチン大統領はジョー・バイデン新大統領に関係改善を訴えましたので、米新政権誕生後にプーチンは対米シフト内閣を模索するものと考えます。  この意味でも、2021年春には大規模な内閣改造が行われると予測します。  その場合、カギとなる人物がA.クードリン元財務相(元副首相/現ロシア会計検査院総裁)になるでしょう。  彼が首相か重要閣僚ポストに復帰すれば、欧米に対する関係改善シグナルと考えます。  欧米とのパイプが太いA.チュバイス元副首相の動静も注目されます。  プーチン大統領の信頼厚い、大統領警護隊出身のA.ジュ―ミン現トゥーラ州知事の動向も注目されます。  一時は次期大統領後継候補にも挙がった人物にて、重要ポストで閣僚入りの可能性大と予測します。  2021年9月にはロシア下院選挙が予定されています。  前回の下院選挙は2016年9月に実施されました。下院議員の任期は5年間なので、満期終了の場合は21年9月に次期選挙が実施されることになりますが、早期解散・早期選挙もあり得ます。  政権与党は「統一ロシア」ですが、他の「ロシア共産党」「ロシア自民党」「公正ロシア」は野党ではなく、実質政権内野党の立場です。  議席数450議席のうち「統一ロシア」が憲法改正に必要な4分の3を占めていますので、プーチン大統領の意向はすべて実現するでしょう。  プーチン大統領は周囲に利権グループを抱えており、これらの利権グループの上に調整役として君臨しています。  プーチン周囲の利権グループはお互い対立していますが、自分たちの利権を犯す外様グループや新興グループに対しては一致協力して対抗します。  そのプーチン大統領ですが、最近、健不安説やスキャンダルが盛んにマスコミに流れるようになり、愛人報道や隠し子報道も出てきました。2021年1月大統領職辞任説を流している学者もいます。  フランスの大統領なら「それがどうした」で終わりですが、プーチン首相は2000年5月大統領に就任すると、自分の個人情報・家族情報は一切封印。報道したマスコミは閉鎖されました。  ところが最近になり急にスキャンダルや健康不安説が浮上した背景は、やはり求心力の低下であり、求心力低下が進むと利権グループ間の対立が表面化して、ロシア政財界が流動化する懸念もあります。  4期目プーチン大統領任期の最後の後半3年間には大きな動きが出てくることでしょう。  筆者はプーチン大統領が自分の満足する後継者が選定されれば、2024年を待たずして早期辞任も十分あり得ると考えており、この意味でも特に2021年を注目しております。  ロシアにとり中国は最大の潜在的敵性国家です。  欧米にとり、ロシアを中国に接近させることは、結果として自国の国益に反することになりましょう。  プーチン大統領にとり2021年は激動の1年になる可能性大にて、対欧米関係改善の兆しが見えれば欧米に受けの良い人物を後継候補とし、欧米との関係が悪化すれば強硬派の台頭が予見されます。  2021年ロシア最大の注目点は上記の内閣改造と後継者問題です。  後世の歴史家は、2021年をロシアの歴史における「決定的瞬間」と呼ぶことになるかもしれません。

杉浦 敏広