「コロナ対策優等生」ドイツはなぜ第2波で挫折したのか
在独ジャーナリスト
ドイツ・ケルンの大聖堂前。12月16日、人影が消えた(写真:AP/アフロ)
ドイツ政府は12月16日に、大半の商店の営業禁止や学校閉鎖を含む厳しいロックダウンに踏み切った。今年春のパンデミック第1波では「欧州のコロナ対策の優等生」と呼ばれたドイツは、なぜ苦戦しているのか。
夜間の外出は禁止
アンゲラ・メルケル首相は、ロックダウンの方針を発表した12月13日の記者会見で「11月上旬からの部分的ロックダウンは不十分だった。新規感染者数が一時的に横ばいになったが、数日前から再び増え始めている。従って今新たな行動を起こさなくてはならない」と述べ、これまでの対策の不備を認めた。
今回のロックダウンにより、すでに営業を禁じられている飲食店などに加えて、食料品店や薬局を除く商店、理髪店や美容院も閉鎖された。学校と託児所も扉を閉ざした。夜9時から朝5時までは、原則として外出禁止である。日中も食料品の買い物や通院、仕事、健康維持のための運動を除いて、外出が禁じられた。企業も可能な限りテレワークを行うよう要請された。
ロックダウン強化の背景は、ドイツが新型コロナウイルス感染の拡大について、制御不能状態に陥りつつあることだ。
ドイツの1日当たりの新規感染者数は、9月下旬から増加傾向を示し、10月下旬に初めて1万人を超えた。このためメルケル政権は11月2日にレストラン、喫茶店、映画館、劇場などの営業禁止を含む部分的ロックダウンを実施。家庭での会食の人数も原則として最高5人、2世帯までに制限した。ただし一般の商店の営業は許されたほか、学校や託児所も閉鎖しなかった。今年3~5月のロックダウンの際の休校が、一部の子どもの学力に大きな悪影響を及ぼしたからである。政府にとって、学校の授業を続けさせることが最も重要な課題の1つだった。
1日の死者が900人を超えた日も
しかし部分的ロックダウンを実施したにもかかわらず、1日当たりの新規感染者数は増え続け、2万人を超える日も現れた。1日当たりの死者数も11月上旬以降3桁に増え、12月に入ってからは毎日500人単位で死者が出ている。
メルケル首相は12月9日に連邦議会で演説し、こう述べた。「9月29日の1日当たりの新規感染者数は1827人、集中治療室(ICU)で治療を受けていた重症者は352人、死者は12人だった。しかし12月8日には、新規感染者数が2万815人に達した。ICUで治療を受けている重症者は4257人。1日で590人が死亡した」
メルケル首相は、具体的な数字によって事態が急激に悪化していることを示し、国民に対し他人との接触を最低限に減らすように訴えた。
ドイツ政府が最も懸念していたのは、クリスマスの夕食会で家族が集まった際に、無症状の若者が祖父母にウイルスを感染させることにより、さらに死亡者が増えることだ。メルケル首相は演説の中で、「今年が祖父母と過ごす最後のクリスマスになるような事態を避けなければならない」と述べ、強い口調で国民に協力を求めた
この演説から1週間後の12月16日には952人が死亡し、コロナ禍が始まって以来最悪の数字を記録した。これは今年3月下旬に新型コロナウイルスが猛威を振るったイタリアでの死者数と同じ水準である。つまり、今年春にコロナによる被害が欧州で最も深刻だったイタリアの状況が、約9カ月の時差を置いてドイツに到達したのだ。
ドイツ集中治療学会によると、今年5月22日時点では、全国の病院のICUのベッドのうち38%が空いていた。しかし12月16日には、この比率が17%へと大幅に減った
ザクセン州で医療崩壊の危険
現在最も医療資源が逼迫しているのは、旧東ドイツのザクセン州である。同州東部では、人工呼吸器付きのICUのベッドが満床になった病院が現れている。
12月16日には、ザクセン州のオーバーラウズィッツァー・ベルクラント病院のマティアス・メンゲル医長が、あるオンライン会議で「この地域の一部の病院では、重症者数が多すぎるために、どの患者に酸素を与えるかを決めなくてはならない状況が、何度か起きた」と発言した。
これを受けて公共放送ドイッチュラント・フンクなど一部のメディアは、「ザクセン州ではすでにトリアージ(どの患者を救うのかについての選別)」が行われている」と報じた。
しかし現地からの情報によると、この地域の病院は、人工呼吸器が不足した場合には重症者をヘリコプターなどで他の病院に移送することで対応しており、組織的なトリアージはまだ行われていない。ただし同州のICUでは看護師の不足が深刻化しており、ザクセン州の一部の病院が医療崩壊の危険にさらされていることは間違いない。
トリアージは、今年3~4月に欧州の他の国々で行われた。イタリア北部やスペイン、フランス東部の病院では、重症者の急増に医療スタッフが対応しきれなくなり、生存の見込みが高い患者に優先的に人工呼吸器を、回した。回復の見込みが低い高齢者や基礎疾患がある患者は、ICUでの治療を受けられずに死亡した。いまやドイツの一部の地域も、トリアージ実施の瀬戸際に追い込まれている。
第1波では優等生だったドイツも挫折
ドイツは、今年3~5月のパンデミック第1波では、他の西欧諸国に比べて死者数を低く抑えることに成功した。例えば米ジョンズ・ホプキンス大学のデータベースによると、人口10万人当たりの死者数は今年5月28日の時点で、スペインが58.0人、イタリアで54.7人、フランスでは42.7人だった。これに対しドイツは10.2人とはるかに少なかった。また感染者死亡率がフランスでは15.6%、イタリアでは14.3%だったが、ドイツでは4.6%と半分以下だった。
当時、ドイツでは医療崩壊は起こらず、フランスやイタリアの重症者をヘリコプターで自国の病院に運んでICUで治療するほどの余裕があった。
英オックスフォード大学の疫学者として、鳥インフルエンザなどを研究したジェレミー・ファラー元教授は、同国のウエルカム・トラストという公益信託団体の代表だ。
世界で最も優秀な疫学者の1人であるファラー氏は、ドイツの週刊新聞ツァイトが4月28日に掲載したインタビューで、「新型コロナウイルスと戦う最良の戦略は、1人の感染者が感染させる人の数(実効再生産数=R)をできるだけ小さくすること、そして韓国、シンガポール、ドイツに学ぶことだ」と語っている。韓国、シンガポールは死亡率が低く、世界で最も効率的にウイルスの封じ込めを行ってきた国。ファラー氏は、ドイツをこれらの国と同列に並べた。
ファラー氏は5月15日付のフランクフルター・アルゲマイネ(FAZ)とのインタビューでも、「ドイツ政府は1月に最初の感染者が見つかってから迅速に対応し、検査数を増加させた。英国政府は対応が大幅に遅れ、最初の貴重な6週間を無為に過ごす過ちを犯した。我々英国人は、ドイツのこれまでの成功に学ばなければならない」と述べている。同氏は「ドイツ政府の対応が厳しすぎたとは思わない。ドイツは多くの人の生命を救った。ドイツ人は、これまでの成果を誇りに思ってよい」と語っていた