現代人は“幸せ”を勘違いしている─ハーバード大卒業生を追跡してわかった「幸せの法則」
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Photo: Peter Dazeley / Getty Images
米誌「アトランティック」の連載「人生を築く方法」は、ハーバード・ケネディ・スクールでリーダーシップを教えるアーサー・C・ブルックス教授が、幸せに生きるためのヒントを伝える大人気コラムだ。 今回紹介する回の原題は、「私たちは『幸せ』と『現代の快適さ』を引き換えにしているのか?」というもの。この2つは混同されがちだが、快適さばかりを追い求めてしまうと、精神的な幸せが犠牲になってしまう。数々の研究データをもとに、心身ともに豊かに生きるための秘訣を紹介する。
データが示す「生活の質」
アメリカでの生活における最大の矛盾のひとつ──それは、全体として人々の生活がより快適になりつつある一方、幸福度は下がってきている、ということだ。 アメリカ合衆国国勢調査局によると、この国における平均的な家庭内収入(物価上昇率を差し引いた額)は、2019年がもっとも高かった。収入の格差は広がったが、これは商品・サービスの消費格差には反映されていない。 たとえば、2008年から2019年にかけて、低所得層の家族が外食に費やした金額は、平均して22%ほど上昇(物価上昇率は調整済み)していた。他方、高所得層家族の外食における消費額は、平均8%未満の上昇率だった。 また、2016年における一人当たりの居住面積は、1973年に比べると平均して2倍近く増加していた。インターネットを使用する人の数は、2000年から2019年の間に52%から90%に、SNSを使用する人の割合は2005年から2019年の間に5%から72%に増加した。
私たちは「間違った指標」を測っている?
だが、このように収入に関係なく、全体的に生活の質が向上しているなかで、幸せの平均値は下がりつつある。 1972年以来、1~2年に1度、アメリカ人の社会的な動向を調べる「総合的社会調査」によると、1988年から現在にかけて、幸福度は徐々に下がっている(そして不幸度が上がっている)のだ。 この矛盾について、考えられる説明はいくつかある。このようなすばらしい進歩について、人々に充分に知らされていないことが原因かもしれないし、私たちが数十年にわたる進歩をうまく感じ取ることができていないのかもしれない。あるいは、「生活の質」の間違った指標を測っているのかもしれない。 実際には、これらの3つが絡み合っているのだと私はにらんでいる。しかし私たち自身の幸せに磨きをかけるためには、特に3つ目の考えについて理解することが重要だ
幸せを台無しにしないために
私たちは、社会が豊かになるにつれて幸せにはならない。間違ったことを追い求めているからだ。 消費主義、官僚主義、そして技術主義は、私たちにさらなる満足を約束するが、実際に満足させることはない。購入した商品は、私たちがより魅力的になり、楽しめることを約束する。政府は人生の浮き沈みから守ってくれることを約束する。SNSは、私たちがつながり続けることを約束する。 しかしこれらのうちに、深みがあり、長続きするような満足をもたらす愛や目的を提供してくれるものはない。 その理由は、これらが邪悪なものだからではなく、単に満足させることができないからだ。このことは、社会にとってだけでなく、私たち個々人にとって、実際にジレンマを引き起こす。 しかし、適切な情報を得ていれば、私たちはこれらから自分自身を守ることができる。これからご紹介するのは、現代生活によって得られる恩恵を維持しながら、幸せを台無しにしないための3つの原則だ。
1. お金の使い方を変える
ハーバード大学の研究グループは、成功しながらより幸せになるためには、お金の使い道を変える必要があるという研究結果を示している。彼らは少なくとも、次の4通りの収入の使い方によってもたらされる幸せについて分析している。 ①物を買うこと ②時間を買うこと(例:自分が楽しめない仕事を代わりにしてくれる人を雇う) ③誰かとの経験を買うこと(例:最愛の人と一緒に旅行に出かける) ④募金をしたり、友人や家族に贈り物をしたりすること 人々は1つ目の選択肢に向かいがちだ。しかしその研究から明らかになったのは、①よりも②~③を選択したときに得られる幸福の方が大きいということだった。 マーケティングの担当者たちは、消費者の脳に働きかけ、彼らを「快楽消費」の状態──有用性よりも、「快楽」を引き金として購入を決断する状態──にできることを知っている。つまり、消費者が「必要」としているかどうかにかかわらず、彼らはものを売ることができるかもしれないのだ。 しかし私たちは、広告の誘惑に抵抗できる。 この商品やあの商品が自分を幸せにしてくれる、といった文句を目にしたら、この言葉を大きな声で5回繰り返そう。「これで満ち足りるわけじゃない」と。それから、半年後にこの決断を振り返り、「正しい決断をした」と喜ぶ自分自身の姿を想像しよう
2. 「政治」や「政府」に期待しない
「政府には真心がない」、あるいは「ある政治家のせいで自分が不幸になっている」と不平をもらすのは、「政府には真心があるべきだ」、あるいは「政治家は幸せをもたらすべきだ」と自分は考えている、と言っているのと同じことだ。これは、贔屓目に見ても考えが甘い。 歴史上最も偉大な専制君主の中には、政府や政治指導者が、人々の人生に喜びをもたらすことができると約束した者もいた。 1949年、ソビエト政府は「愛されしスターリンこそ人々の幸福」というスローガンを広めた。スターリンほど不幸と死をもたらした指導者はほとんどいないが、このスローガンを見ると、自身の政府や政治家への期待について考えさせられる。 政府や政治家は私たちの生活に影響を及ぼす。しかし、彼らが幸福をもたらすことはない。この点について考えていると、デンマーク議会の前議長で、デンマーク社会民主党の党首であるモーエンス・リュッケトフトが数年前に言った言葉を思い出す。 当時、私と彼は幸福を追い求めることについてのドキュメンタリー映画を撮っていた。幸福度が高いことで有名なデンマーク国民について質問したところ、彼は「政府は幸福をもたらすことはできないが、不幸の源を減らすことはできる」と言ったのだ。
3. 「愛」と引き換えに、何かを得ようとしない
1939年から1944年の間にハーバード大学を卒業した数百人を、90代になるまで追跡した有名な研究がある。研究者たちは、成功した者とそうでない者について、また、彼らのどのような決断が幸福をもたらしたのかについて知ろうとした。 この研究を長年にわたってリードしてきたのは、ハーバード大学の心理学者ジョージ・ヴァイラントだ。彼は著書『経験の勝利』において、その結果をまとめた。彼の要約は次のとおりだ。 「幸福は愛。それ以外、言うことはない」 現在この研究を率いている心理学者のロバート・ウォルディンジャーが、補足説明をしてくれた。彼が私に教えてくれたのは、「もっとも幸せな生活をしている」と答えた人々は、強い家族の絆があり、近しい友情があり、味わい深いロマンチックな生活を送っているということだった。 研究対象者たちのなかで、熟年になり、もっとも落ち込み孤独を感じている人々──認知症やアルコール依存症、その他の健康問題に苦しみがちなのは言うまでもない──は、近しい人との関係性を大事にしてこなかった人たちだった。 つまり、人生において近しい人との関係性と引き換えに何かを得ようとしても、うまくいかないのだ。仕事やドラッグ、政治、ソーシャルメディアのために大事な人との関係を放棄してしまえば、幸福を損なうことになるだろう。 世界は私たちに、ものを愛して人々をこき使うよう促す。しかしこれは逆で、人々を愛し、ものを使うべきなのだ。このことを念頭に置いて、生活してみよう。 繁栄の果実を得たいばかりに、信念や家族や友情、また人の役に立つ仕事といった、本来の人間的な幸福の源泉に対して盲目になると、そのうちツケがまわってくる。 世界がどのように変化しようとも、私たちが必要とする満足をもたらしてくれる物事は、いつも変わらなかったし、これからも変わらないだろう。
Arthur C. Brooks