潰瘍性大腸炎「19歳で人工肛門、現在医師」の僕が今、伝えたいこと
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うんこで救える命がある 石井洋介
安倍首相が、持病の潰瘍性大腸炎の悪化により辞任を表明されました。「病気があるなら、総理大臣になるべきではなかった」「会食ばかりしていたから病気が悪化した」など、批判の声が散見されましたが、ここには多くの誤解が含まれています。
潰瘍性大腸炎とはどういう病気か
以前も書きましたが(https://yomidr.yomiuri.co.jp/article/20190403-OYTET50005/)、僕は安倍首相と同じ潰瘍性大腸炎の当事者で、急性増悪時に大腸を全て摘出し、一時的に人工肛門となりました。19歳のときです。現在は人工肛門を閉鎖し、医師として働くなど、疾患の影響がほとんどない生活を送っています。 潰瘍性大腸炎は、大腸の粘膜に炎症を起こし、びらんや潰瘍ができる病気です。病変は、肛門に近い直腸から、連続的に大腸全体に広がっていく性質があります。 特徴的な症状は、下血や下痢、軟便です。炎症の範囲が広がると、腹痛や発熱を起こします。自分の免疫が、腸粘膜を攻撃してしまうことで炎症が起きるのが原因とも言われますが、まだはっきりとは分かっていません。完治させられる治療法も見つかっておらず、国の指定難病にもなっています。 日本では16万人以上の患者さんがいるとされる潰瘍性大腸炎は、指定難病の中で最も患者数が多い疾患です。初めて発症する年齢は、30歳以下の比較的若い時であることが多いのですが、年配になってから発症する方も一定数います。詳しい情報は、難病情報センターのサイト(https://www.nanbyou.or.jp/entry/62)もご参照ください。
寛解と悪化を繰り返す
この病気の最大の特徴は、寛解期(調子が良い時)と活動期(悪化している時)を繰り返すことです。たとえ真面目に治療を行っていても、節制をしていても、急激に体調が悪くなってしまうことはあるのです。 現在、潰瘍性大腸炎を完治に導く内科的治療はありませんが、炎症を抑える薬物療法は、この10年程で大きく進歩しました。僕が治療していた頃に比べると飛躍的に選択肢が増え、寛解期を長期に維持できる可能性が高くなっています。 定期的な検査や治療は必要ですが、すぐに命にかかわる疾患ではないため、寛解期であれば疾患がない人と同じように仕事や日常生活を送れますし、妊娠や出産も可能です。もちろん、会食も可能です。活動期にも治療の選択肢は様々あり、入院せずに病気と付き合う方法を見つけられる可能性は十分にあります。 潰瘍性大腸炎の患者は、首相だけでなく、スポーツ選手やタレント、外科医と、様々な職業に就いています。僕が診ている潰瘍性大腸炎の患者さんにも、大企業の管理職など様々な方がいます。就業に制限をかける医学的な必要性はありません
大腸を全摘出しても肛門から排便可能にする手術
ただし、がんを発症したり、内科的な治療でどうしても効果が得られなかったり、大出血を起こしたりと、命にかかわる状況になってしまうこともあります。その場合には、僕のように大腸を全摘出する手術をすることになります。以前は、大腸を摘出した後、人工肛門で過ごす方がほとんどでした。しかし、現在は小腸をJの字に加工して肛門につなぐ「回腸嚢肛門管吻合術(かいちょうのうこうもんかんふんごうじゅつ)」を行って、これまで通り、肛門から排便できるようにするのが一般的になりました。 「病状が悪かったのであれば、早く手術したらよかったのでは」というご意見があるかも知れませんが、治療の進歩により、内科的にコントロールできる範囲が広がっています。手術をすれば、合併症や術後の機能障害など一定のリスクがあるため、どうしても内科的治療で効果が得られない場合の最終手段となっています。
難病があっても活躍できる寛容な社会を
病気は誰にでも起こり得ます。難病があるからといって、就業に制限があったり、会食が非難されたりするようなことがあってはならないと思っています。僕は、潰瘍性大腸炎を発症した際に、「控えるべき食事リスト」を渡されました。今思えば、「病状が悪い時に控えた方がいい食べ物リスト」くらいの意味だったと思うのですが、当時は情報も少なく、忠実に食事制限をしていたところ、食べられるものがほとんどなくなってしまいました。高校の下校時に友人たちとファミレスに立ち寄ろうとなった時も、「自分は食べられるものがないから」と避けているうちにコミュニケーションがぎくしゃくして学校からも足が遠ざかり、社会との接点を失いかけた経験があります。 食事制限を厳格に行うことは、病気のことだけを考えれば正しいのですが、それが人生に悪影響を与えるとなれば本末転倒ではないでしょうか。潰瘍性大腸炎をはじめ、一生涯付き合うことになる疾患は少なくありません。病気が人生に影響を及ぼすことは避けられませんが、病気を人生の中心にしなくてもいい世の中になってほしいと願っています。 安倍首相に向けられた言葉の中には、「病人は病人らしく、わきまえて過ごすべきだ」といった趣旨のものがありましたが、これらは現在、治療している患者さんをも傷つける言葉だと思い、筆をとりました。疾患を持つ方の人生を「病気があるから」と制限するのではなく、病気の特徴を知り、その人の能力が最大限発揮されるよう、協力し合える社会になればいいなと思っています。
石井洋介(いしい・ようすけ)
医師、日本うんこ学会会長 2010年、高知大学卒業。横浜市立市民病院炎症性腸疾患科、厚生労働省医系技官などを歴任。大腸がんなどの知識の普及を目的としたスマホゲーム「うんコレ」を開発。13年には「日本うんこ学会」を設立し会長を務める。現在は、在宅医療を展開する「おうちの診療所 目黒」に勤務し、株式会社omniheal代表取締役、秋葉原内科saveクリニック共同代表、一般社団法人・高知医療再生機構特任医師などを兼務。著書に「19歳で人工肛門、偏差値30の僕が医師になって考えたこと」(PHP研究所)など
https://news.yahoo.co.jp/articles/3c14dbca157d5c824c5a23f3ae9eaeea59b1d622?page=2