英老人ホームでの死者数拡大 真の原因は専門家の助言うのみにしたこと
配信
英ロンドンの首相官邸でビデオ会議サービス「ズーム(Zoom)」を通じて高齢者介護士施設の入居者と話をするボリス・ジョンソン英首相。(2020年6月10日提供)
【記者:Fraser Nelson】 なぜ英国は欧州で最も新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の死者数が多いのか? そろそろお決まりの答えになじんでいるだろう。ボリス・ジョンソン首相が手遅れになるまで焦点を当てなかったから。中国からの航空便を止めなかったから。さらにパニックのさなか、感染した高齢者を老人ホームに戻し、そこで感染を拡大させたから。この仮説はシンプルで力強い。しかし同時に、危険なほど間違っている。 「感染者第1号」が英国に新型ウイルスを持ち込んだという考えは、大方間違いだったことが分かっている。中国からの感染は全体の1%未満だ。北京からの航空便を止めても無駄だっただろう。当時ジョンソン首相が考えていた通り、英国を世界から閉ざすことなど不可能だったのだ。首相の大きな過ちは、国民保健サービス(NHS)が患者の大量発生によりパンクするという専門家委員会からの助言を額面通りに受け取ったことだ。 専門家で構成される非常時科学諮問委員会(SAGE)は、新型ウイルスにより大量のベッドや人工呼吸器が必要になるとの見方を示した。全体では、需要が供給を8倍上回るというのだ。このため病院のベッド3万床を空け、入院患者は老人ホームに戻した(ほとんどは検査を受けなかった)。しかし結局、患者は大量発生しなかった。未使用の人工呼吸器は3倍に増え、病床の3分の1は空いたままだ。老人ホームでは、新型コロナウイルスにより2万2000人が死亡した。 NHSは数か月前までは不可能だと思われていた水準まで受け入れ能力を拡大し、緊急ではない手術を延期することで病床を空けた。そして今年3月から4月にかけて、高齢の患者2万5000人が老人ホームに戻された。 英国や欧州各国で、真の恐怖は時間をかけてあらわになった。当初、新型ウイルスの感染者がいる老人ホームは少なかった。しかし、ロックダウン(都市封鎖)中に、(当時は)誰も予想できず、理解できなかった理由で老人ホームでの感染者が急増した。何かが起こっていたのだ。 スウェーデンはロックダウンをしなかったにもかかわらず、人口当たりの死者数は英国より少ない。だが、スウェーデンでは老人ホームを守れず、新型ウイルスによる死者のほとんどは老人ホームに関連している
教訓生かし2波に備えよ
高齢者介護施設をドライブスルー方式で訪れた家族が入居者の写真を撮る様子を見つめる職員ら。英ロンドン西方アダーベリーで(2020年5月28日撮影)
ここに衝撃的な統計がある。
英国で老人ホームに入居している高齢者は全体の3%だが、
新型ウイルスによる死者の41%が老人ホームの入居者だ。
スペインやフランス、デンマーク、イスラエル、それにポルトガルでも同様の比率が見られる。
欧州の多くの国が老人ホームで起きた問題を検証し、同じような結論にたどり着いている。ほとんど症状が出ない感染者がどれほどいて、知らぬ間に新型ウイルスに感染(そして拡散)しているか認識するのに時間がかかってしまった。
症状がある患者に自宅待機を要請しても、さほど感染拡大の防止にはつながらなかったのだ。
一方で老人ホームへの出入りが多いほど、感染リスクは拡大する。
香港では、かなり早い段階で老人ホームへの訪問を禁止した。これは重症急性呼吸器症候群(SARS)の教訓だ。
しかし、英国の老人ホームではロックダウン後も、何週間も訪問を許可していた。
その後も派遣社員が出入りを繰り返し、
中には複数の老人ホームで働く人もいた。
ここでまた、英国における介護業界の問題が浮き彫りになった。
十分な賃金を払わず、
臨時職員に依存し、
低賃金労働者を提供できる派遣会社に頼りきりだ。
別の手法を取った老人ホームでは、まったく違う結果が出ている。
例えばフランス・リヨン近郊の老人ホームでは7週間にわたって従業員と入居者を完全に隔離し、外部からの接触を断った。
新型ウイルスによる死者は出なかった。
メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)のようなスーパーバグ(超微生物)のまん延といった同様の問題を経験したことを加味すると、この対応は驚きではない。
英国ではその教訓を生かせなかったのだ。
一方老人ホームは、介護業界の事業モデルでは、スーパーマーケットのような賃金を払うことはできないと反論している。
いまだに、英国の欧州連合(EU)離脱(ブレグジット)のせいで国外から安い労働力を輸入することができないと不平を漏らしている。
それよりも、今回の新型コロナウイルス危機によって、入居者を守る能力がないと明るみになったことをより懸念すべきだ。
老人ホームの問題はジョンソン首相にとって、解決しなければならない重大課題の一つだ。
しかし今は、今回の件で何を学べるかの方がより重要だ。
第2波が来た際、何をすべきかは明白だ。
老人ホームの従業員は隔離し、
必要であればホテルにこもるべきだ。
そして言うまでもないが、
複数の老人ホームを掛け持ちしての労働は禁止
しなければならない。
コストはかかるだろうが、高齢者の世話は安くは済ませられない。
ここ数か月でまた、低賃金介護の代償が証明された。
https://news.yahoo.co.jp/articles/4599e8226988e7927ab49de5aa08c360955f0305?page=2
【翻訳編集】AFPBB News 「テレグラフ」とは: 1855年に創刊された「デーリー・テレグラフ」は英国を代表する朝刊紙で、1994年にはそのオンライン版「テレグラフ」を立ち上げました。「UK Consumer Website of the Year」、「Digital Publisher of the Year」、「National Newspaper of the Year」、「Columnist of the Year」など、多くの受賞歴があります。