プーチンも、
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コロナショックでロシアが直面する「厳しすぎる現実」
4/29(水) 6:16配信
20年前に逆戻り
今から20年前の2000年5月。ロシアを限りない混乱と困窮に叩き込んだ大統領エリツィンに政権を禅譲されたプーチンが大統領に就任、出身の旧KGBを力の基盤に、ソ連の復活にとりかかった。
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当時のロシアは、多額の国債を外国人に売っては、繁栄の前借りをする国家モデルが破綻、1998年8月にデフォルトを宣言して通貨ルーブルを6分の1に引き下げた、惨劇からまだ2年。1999年のGDPはドル換算で僅か2100億ドルに落ち、国営企業での給料は何カ月もの遅配が常態、企業間の決済も滞ってバーター取引が幅を利かすという状況にあった。
そして今。ロシアは想定外のコロナ騒ぎとそれに伴う原油価格の惨めな下落で、20年前に逆戻りしかねない窮状に追い込まれている。1999年に1バレル17.8ドル(ブレント)だった原油価格は2008年には97.8ドルと約4.5倍に跳ね上がり、その間GDPの8.5倍増というロシア経済の奇跡を実現した。
プーチンはそれに乗って、ロシアの繁栄と威信(ついでに締め付けと保守化も)の回復を演出。当時モスクワのタクシー運転手は、「プーチン様様。でも、彼がうまくやっているのは石油のおかげであることは、みんな知ってる。あれなら誰がやってもうまくいくさ」と筆者に言っていたものだ。
そして現在の原油価格(ブレント)は20ドル強。まさに2000年当時のものに逆戻りした。プーチンは元の木阿弥で、ロシア中興の祖として歴史に残ることはもうないだろう。
原油価格の一時的リバウンドはあり得るが、環境問題もあって「石油はもう過去のもの。石油では儲からない」と西側メジャーが考え始めれば、石油は水素等の新エネルギー源に駆逐されて、もう戻って来ないかもしれない。
ロシアは2000年以降、カネを溜め膨らましているから、1999年の1人当たりGDP1430ドル(年)というような貧困国に直ちに落下するわけではないが(2019年は11162ドル)、生産財、消費財の多くを輸入に頼っているので、ジリ貧が確実。インフレも再び激化して、長期低迷することだろう。
そしてそれは、これからの国際情勢、日本や西側諸国の対ロ関係をかなり変えていくだろう。ロシアは、この数年の米国の引きこもり症状に乗じての、いけいけどんどんの外交とはおさらばだ。
そして国内では、これまで「他に替わる人材がいない」と言われていたプーチンはいとも簡単に捨てられて、「彼でなければ誰でもいい」ということになりかねない。
それだけならば、今の日本と大差はないが、ロシアの場合うまく仕切らないと、プーチン後をめぐっての死闘が展開され、度を超すと、中央の権力が真空化、ロシアの古い持病である地方の離間、独立化性向が頭をもたげる、ということになりかねない。今ロシアが直面する危機のマグニチュードは、それほどのものである
これまでの当局の皮算用
ロシアの政治、特に国内政治は、プーチンの一存で決まるものではない。様々の勢力が相争い、プーチンを自分の都合に良いように動かそうとする。そうした動きが煮詰まって、3月にコロナ問題が深刻化するまでは、次の政局シナリオが浮かび上がっていた。
1つは、2024年にはプーチンの任期が尽きるという大問題の解決。
これは、今解決しておかないと、隠微な後継争いが激化する。そこで政権は、憲法を改正し(3月中旬成立)、それを口実にプーチンの改選回数制限をまたゼロから数えなおす、という姑息なやり方に乗り出した。これはソ連崩壊後、独裁をうたわれた中央アジア諸国の大統領達が多用してきた手法である。
プーチンはこれではさすがに通らない、と見たのだろう。今回の改正程度では必要ない国民投票を実施したいと言い出し、4月22日という期日まで定めた。
そして国民投票でお墨付けを得た勢いで、5月9日の「戦勝」(第2次世界大戦のこと。いまだロシアの誇りなのだ)75周年記念式典の大軍事パレードに諸国の首脳を招待し、当時の「連合国」の団結を誇示することで、クリミア併合でロシアを村八分にした西側世界への復帰を果たそうとしていたのである。
それに米国の引きこもりで、ウクライナ、シリアでのロシアの立場は強くなっていたし、ベラルーシ、モルドヴァ、アゼルバイジャン、ウズベキスタン等の旧ソ連諸国には、ロシア版EUとも言うべきユーラシア経済連合への加盟等、旧ソ連復活へ向けて圧力を強める一方だった。プーチンは、20年に及ぶ「在位」の仕上げを狙っていたのだろう。
2つ目に、クリミア併合後の西側による制裁と、それも絡んだ原油価格の低下で停滞を強めていた経済については、2024年までに官民の資金25.7兆ルーブル(37兆円相当)を道路・鉄道等のインフラ「ナショナル・プロジェクト」に投資して、国民の生活水準を大幅に引き上げるとの目標を立てた。
そして、調整力を欠き、ナショナル・プロジェクトのために予定した予算さえ執行できなかったメドベジェフ首相を1月中旬、辞任に追い込むと、剛腕の国税庁長官ミシュースチンを後釜に据え、「さあ、ジャンプ・スタート」という気構えだったのだ。
ロシアでのコロナ禍
武漢でコロナ騒ぎが起きた時、ロシアは中国との航空便をいち早く大幅削減した(2月初め)。準同盟国なのに冷たい仕打ちだと思ったが、今では中国もロシア在住の中国人がロシアのコロナを持ち帰らないよう、極東の対ロシア国境を閉鎖している。
そして3月に入るまでロシア政府は、自分のところではコロナを封じ込めているような口ぶりだったのだ。実際、発生件数は異常に低かったのだが、これはPCR検査体制が日本以上にお粗末で、全国の標本検査が当初、シベリアはノボシビルスクの研究所1カ所に集中していたからだとの報道がある(3月18日付Moscow Times)。
2月下旬になるとモスクワ市民はコロナへの懸念を強め、3月中旬には外出禁止措置を見越してトイレット・ペーパー、そしてなぜか蕎麦粉の買い占めを始めた。
モスクワ市は、3月初めには5000人以上のイベント開催を禁止、次いで65歳以上の老人の自宅「隔離」(付近での犬の散歩、時々の日用品買い物のみOK)を義務化、市民1人1人にQRコードを与えての路上取り締まりに乗り出した。
プーチンも本気になり、3月24日にはソビャーニン市長を前面に立ててのコロナ対策会議を主宰すると、その足で感染症病院の「コムナールカ」へと向かい、院長の案内で病棟を視察、そのもようを広く報道させたのである。
さすがプーチン、と喝采の声が上がったが、運悪くその院長のコロナ陽性が判明。彼と素手で握手していたプーチンは、自分の執務室に「隔離」される羽目に陥った。
4月中旬まで彼は、閣僚や知事達との会議を矢継ぎ早に主宰しているのだが、大人数の会議はすべてテレビ会議。閣僚達が居並ぶ前でプーチンだけが画面から、「みんな、聞こえるかね? 見えるかね?」という呼びかけで始める、何ともしまりのないことに相成った。
それでも、首相を4年間やり、ロシア経済を隅から隅まで知るプーチンのこと(ロシアでは、経済は首相の担当)。打ち出した措置は、航空・観光企業への税減免、薬品の増産支援、失業手当額の引き上げ等諸方面への目配りも行き届き、かつ規模もGDPの2%にも相当する大きなもののように見えた。加えてプーチンは3月25日、全国企業に1週間の有給休暇を宣言、4月2日にはそれを30日にまで延長したのだ。
「上意下達」を旨とするロシアの「垂直統治」、要するに強権制は、効率の高いものに見える。上記のコロナ救済措置も、そうだ。しかしそれは書類上のこと。どこまで実効性のある措置かはよく吟味しないといけないし、役人がそれをきちんと執行するかどうかも見ていないといけない。
コロナのような感染症となると、「命令はできても、下が動かない。あるいはズルをする。くすねる」というロシアの持病が頭をもたげる。上記の諸措置も地方の知事に多くの裁量権が委ねられていることもあり、モスクワからのコントロールは難しかろう。カネは涸谷のごとく、流れの途中で地面に吸い込まれていくかもしれない。
そして4月7日の関係閣僚会議でマントゥーロフ工業・商業大臣が言っているように、医療関係者の防護服でさえ、ロシアでは原材料不足から十分の数を生産できず、人工呼吸器は中核部品である減速機が国産できず、中国からサンプルを取り寄せている始末。
その中国も減速機の供給はスイスのハミルトン社に依存していて、王毅国務委員がスイスの関係者に増産を要請しているのである。ロシアは多分制裁措置のためにスイスから輸入できず、中国に供給を仰ごうとしているのだろう。
そしてプーチンが、4月末までの企業「有給休暇」を打ち出したことは、民営企業(ほとんどが中小)の存続と雇用の維持を大きく脅かしている。と言うのは、政府が「非常事態」宣言を出してくれれば補償も期待できるだろうが、「有給休暇宣言」では企業は収入の途を断たれた上で、賃金の支払いだけは強制されるという地獄に追い込まれるからだ。
民営中小企業(その多くは旅行代理店等、零細サービス企業)は政府の意向は無視して、従業員の大量解雇、大幅減給(多くの場合3分の1)に踏み切った。最悪の場合、1500万人が失職するものと見られている。
政府は4月15日、中小企業の給与支払いに融資をすることを発表したが、その条件は4月1日時点で雇用の90%以上を維持していたことであり、しかもカネが出てくるのは5月以降になる。存亡の淵をさまよう企業にとっては、悪い冗談にしか思えないだろう
霧中の転落
こうして、3月中旬まで政権が描いていたシナリオは全て、コロナによって破壊された。4月22日に予定された、憲法改正についての「国民投票」は無期延期された。たとえ9月に実行したとしても、その時までには政権への支持は失われていて、目も当てられない結果になるかもしれない。
既に4月初めの世論調査では、プーチン支持率は2月から6ポイントも下がって63%を示しているし、憲法を改正してプーチンの改選回数をリセットするやり方については是認が48%、反対が47%とまさに真っ二つに分かれている。
これでは、プーチン延命シナリオをまたゼロからこしらえ直すか、あるいは早期の交代に踏み切るか、どちらかしかないだろう。プーチン政権は、不安定化する。経済悪化も相まって、国内では騒擾事件が散発的に起きることになるだろう。もっとも、それでレジーム・チェンジが起きることはなかろうが。
ロシアでは「下からの革命」というのは、実はあったためしがない。1917年の10月革命でさえ、一握りのボルシェヴィキが暴力で実現したものである。唯一民主革命に類したものは、1991年8月エリツィン・ロシア大統領が反ゴルバチョフのクーデターをモスクワ市民の支援を得て粉砕、勢いを借りてソ連共産党を非合法化した時くらいのものだ。
インフラへの大規模投資で経済を活性化させようとする「ナショナル・プロジェクト」は、空中分解する。予算は、油価1バレル約40ドルを想定して作られているからで、20ドル以下が常態になりかねない今は、もう実現不可能だ。
これを実施するために起用されたミシュースチン首相は、コロナ対策でその行政手腕を証明したソビャーニン・モスクワ市長に取って代わられるかもしれず、その場合ソビャーニンはプーチンの有力な後継候補となるだろう。
2008年のリーマン金融危機の後もそうだったが、ロシアでは公的資金の注入を得た企業は、それを返済しようとしない。「金を貸す者は阿呆。返す者はもっと阿呆」という格言が中国にあるが、それはソ連時代、そして現在の中国の社会主義的経済の中での習いなのだ。
欧米の企業は、独立性を取り戻すために、公的資金を一刻も早く返済しようとする。社会主義的経済では、安んじて「国営化」され、責任を問われることもなしにトップに居残っては利権を貪る経営者が多いのだ。従って、コロナ禍はロシア経済の再国営化傾向を更に強め、その活性化、効率化を妨げることだろう。
コロナは、プーチン政権の外交路線も破壊した。
新しい、米国が内にこもる時代のロシア外交の旗揚げを狙った5月9日の戦勝記念日式典は、苦渋の考慮の末に、実質的に中止された。他ならぬ、第2次大戦の古参兵の団体が、「コロナが心配だから、今年は赤の広場を行進するのは勘弁してくれないか」という陳情を当局にした(或いはそうさせて、中止の口実とした)のである。
だからロシアのクリミア併合後の、西側との手打ちは当分行われまい。トランプ大統領はなぜかプーチンに引け目を持っているようで、関係改善への色気をありありと示しているが、大統領選が近づいていることもあり、動けない。ロシアは、西側から村八分を受けた存在であり続けるだろう。
2008年リーマン危機を契機に台頭したG20は、その核であるロシア、中国、インド、ブラジルがいずれもコロナ等で不安定化、弱化することで、過去のものとなるだろう。
日ロ関係への影響
このロシアの状況は、日ロ関係をどう変えるだろうか? まず5月9日の戦勝記念日式典に出席して、プーチンとの首脳会談を行い、領土問題解決の勢いを回復する、という安倍政権の心算はついえた。
ロシアが窮状に陥るなら、領土問題で日本に歩み寄ってくるだろう、と思うかもしれないが、ロシアは弱くなればなるほど、領土問題では益々頑なになり得る。日本は領土問題での立場を譲ることなく、さりとてロシアを諦めることもなく、是々非々で協力を進めていけばいいだろう。
日ロ経済関係は、停滞傾向を強めるだろう。中国がロシア原油の輸入を減らせば、日本の取り分も増えるだろうが(シベリア原油は日本で人気なのだが、この数年、中国に買い負けてきた)、ロシア経済が停滞すれば日本の対ロ輸出、直接投資は、伸びる機運を失う。
しかも西側のマスコミは気が付いていないが、今回のコロナ関連措置の財源としてプーチンは、「ロシアに直接投資している外国企業の、本国への配当送金への課税率をこれまでの2%から15%に高める。そのためには、二重課税防止条約を改正する必要があるので、諸国に改正を申し入れる。それに応じない国との租税条約は一方的に破棄する」というめちゃくちゃなことを言ったのだ(3月25日のテレビでのスピーチ)。
ロシア政府も日本には改定申し入れをしてこないかも知れないが、かつてはロシアへの直接投資をプーチンに懇請されてきた日本側にしてみれば、騙されたという想いが募る。
欧米の企業はロシアのエネルギー・流通部門への直接投資が多いが、日本の企業は製造業が多い。これはロシアの経済成長に資するところ大なので、上記の配当金への課税強化に対しては断固戦うべきだ。
ロシアの市場がこれから低迷しても、日本企業が利益を上げることのできる分野はある。夢のある大型のものとしては、極東の無尽蔵の森林資源から、プラスチックに取って代わる夢の素材セルロースナノファイバーの生産を助けることで、ロシアに多額の利益と雇用をもたらすことができる。
また安価な天然ガスを分解して水素を製造し、液化して日本等に輸出するビジネスも有望だろう。今のように化石燃料をめぐるパラダイムが変わる時期は、それを逆手にとって稼ぐ好機でもある。
加えてITサービス面ではロシアのスタート・アップが非常に活発な動きを示しており(グーグルの設立者の1人セルゲイ・ブリンはロシア生まれ)、これとの合弁、あるいは技術の買収は十分可能だろうし、ロシアの人材をスカウトすることも可能である。
そして、ロシアが非常に優れたものを持っている文化、スポーツは、売れるコンテンツを作る上での格好の素材となるだろう。
ロシアと不必要に対立したり、経済力の欠如を馬鹿にして無視したりするのは、得策ではない。相手の実体の変化に応じて、うまくつきあっていけばいいのだ。ロシア人は、誠意は誠意で返してくれる。
河東 哲夫(外交評論家)
https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20200429-00072203-gendaibiz-int&p=5