日本の財政が理解できてない人に伝えたい現実
4/17(金) 6:05配信
日本の財政危機を描いた人気小説『オペレーションZ』。3月から始まった、草刈正雄主演での連続テレビドラマが4月19日(日)に最終回(全6回)を迎える。著者である真山仁氏が日本の財政の課題について財務省の岡本薫明次官と語る対談の第2弾。「日本の財政がわかってない人に教えたい真の姿」(2020年3月31日配信)に続く後編では、現代の財政危機はどのように起きるのかなどについて熱く語り合った(対談は2月下旬に実施)。
■日本の財政赤字に厳しい目を向ける欧州諸国
真山 仁(以下、真山):リーマンショックの後に東ヨーロッパを取材したのですが、日本の財政赤字について質問され、「日本では、国内の金融機関がすべての国債を買っているから、絶対に破綻しないんだ」と胸を張って言った記憶があります。今思えば恥ずかしい話ですが(笑)。ドイツなどの欧州諸国は、日本が破綻したら自分たちもただでは済まないから、日本の財政赤字について厳しい目で見ていますね。
岡本 薫明(以下、岡本):私たちが財政再建の必要性を訴えるとき、「借金を増やすと利払い費が増え、ほかの予算支出を圧迫します」とか「民間の資金を国が取ってしまうので、クラウディングアウト(市中金利が上昇して民間の資金需要を抑制すること)が起きます」などと、財政学の教科書どおりに説明しますが、2010年代前半の欧州債務危機では、ギリシャなどで違うことが起きました。
真山:そうですね。
岡本:ギリシャの国債を金融機関が保有していて、その国債の格付けが悪化すると金融危機になってしまいました。日本もかつて金融危機になったとき、例えばりそな銀行へ2003年に約2兆円の公的資金を投入しましたが、そのとき、「この2兆円は国債発行によって調達しているが、大丈夫なのか」という話にはならなかったですね。しかしギリシャでは、財政危機によって金利が上がってしまったために国は借金をできず、結果、公的資金で金融機関を救うこともできなくなりました
マーケットはそれを先読みして、一段と金融機関の株を売り浴びせ、追い込むというようなことが連鎖的に起きました。それがヨーロッパ中の債務危機につながってしまったわけです。先ほどおっしゃったように、確かに日本国債の多くは国内の金融機関が持っているのですが、グローバル化した経済の下での財政危機は、財政学に出てくるオーソドックスな話とは違うものになっています。
真山:日本の財政赤字問題については、端的に言えば、膨らみ続ける社会保障関係費をどうするかだと思うのですが(3月31日付の対談前半編「日本の財政がわかってない人に教えたい真の姿」)。
『オペレーションZ』を書くとき、厚生労働省の方に公的年金への支出を削る話をしたら、「日本人を殺す気ですか」と叱られました。「国民の命を守る」という熱い思いを持ち、責任感の強い彼らには到底受け入れられない話でしょう。しかし、財務省には「国民から預かっている国の財政を守る」という立場がありますね。
社会保障関係費のステークホルダー(企業経営にかかわる利害関係者)として、よく財務省VS厚労省という構図が指摘されますが、真の主役は、実は国民ですよね。
岡本:そうですね。
真山:何を我慢できて何を我慢できないのか、どのような保障が必要で、どこまで国に求めるのか、国民は、社会保障について能動的に考え、ステークホルダーとしての責任を果たすべきです。官庁同士の話に押し込めてしまうのではなく、国民が現状と未来を理解したうえで、ステークホルダーとして振る舞う文化を熟成していく必要があると思います。
■役所同士で決める問題ではまったくない
岡本:まったくそのとおりですね。役所同士で「じゃあ、これでいきましょう」と決める問題ではまったくありません。社会保障制度の改革は、国民に一定程度の理解をしてもらわないと進められない話です。
ステークホルダーの国民も一人ひとり、立場によって受けているサービスの状況が違うので、それによって見解が異なり、調整することを難しくするという面はあります。ただ、国民の共通認識として、「自分たちの社会保障を将来の世代の負担でやっているのはどうか」と考えていただくための努力は欠かせません。われわれももっとわかりやすい言葉で丁寧に説明していく必要があります。
真山:自分が病気になったり、介護のお世話になったりしなければ、実感を得にくいのが痛いところです。自分のこととしてどう理解してもらうか。難しい問題だとは思います。
話は変わりますが、多くの人は「アベノミクスは成功し景気がよくなったと言っているのに、なぜ、財政は健全化しないのか」と感じています。なぜなのでしょうか。
岡本:アベノミクスの後、バブル崩壊後に長期間続いたデフレを終わらせる状況になったというのは、非常に大きかったと思います。膨らんできた国債発行をこの何年かで抑え、プライマリーバランス(基礎的財政収支)もまだ赤字が残っていますがある程度まで縮小させてきたのも事実です。
真山:先ほどお話しした東ヨーロッパの取材で、国の財政が悪くなると、政治家が金をばらまいて国民の機嫌をとるかのようなケースが散見され、唖然としました。たとえば、ハンガリーでは年金を13カ月分払って、1カ月分はボーナスだというのです。そして、その政党が選挙で勝って与党になりました。
日本でも、アベノミクスで景気が上向きになったときこそ、本当なら少し増税して財政を健全化する方向に持っていけたはずなのに、そうはならず、「もっと景気をよくするために、減税しよう」という方向に進んでいるように見えます。現実には、消費税以外では、最近の日本の税制改革はどうなっていますか。
■法人税率「下げればいい」というわけではない
岡本:例えば、法人税改革はここ数年行ってきました。グローバル化の中で企業の国際競争力をいかに底上げするかという観点では、対応しなければいけない面はあります。
ただ財政が厳しい中で、法人税率を下げれば下げるだけいい、というわけではありません。基本税率を下げる一方、これまで負担されていなかったところにも収益に応じて負担してもらうという形で「課税ベースの拡大」に取り組んだわけです。結果、税率は下げましたが、全体としては減税になりませんでした。
所得税についても、かつては最高税率をずっと引き下げてきました。逆に昨今は消費増税を行う中で、高額所得の方に少し負担増をお願いする形で所得税改革を進めています。法人税、所得税とも多少の凸凹はありますが、基本的なトレンドとして税収が伸びてきましたから、一定の効果はあったと思っています。
真山:最近のトピックスとして、国際課税原則の見直しや地球温暖化対策に関連する炭素税などもあります。国内要因とは別のグローバルな税の問題ですが、これについてはどうお考えですか。
岡本:現在の国際課税原則は、約100年前にできたものです。これは、海外の企業であっても、国内に支店や工場など恒久的施設を持つところには課税するというルールです。しかし、GAFA(グーグル、アップル、フェイスブック、アマゾン)に代表される世界的なデジタル企業などは国内に恒久的施設を持たないまま、大きなマーケットを獲得していますね。消費者がいる市場国では課税できませんから、市場国と納税国の間で、税収がアンバランスではないかという意見が噴出しました。
そこで、財務省の浅川雅嗣前財務官(現アジア開発銀行総裁)がOECD(経済協力開発機構)租税委員会の議長だったときに、OECDを舞台に国際的な議論を始めたという経緯があります。公正なルールをいかに作るかが最大の課題ですが、G7(主要7カ国)やG20(20カ国・地域)において、日本は議論をリードする立場としてしっかりやっていきたいと思います。
気候変動にからむ議論も、ヨーロッパを中心に非常に大きな流れになっています。その中で炭素税やカーボンプライシングと呼ばれる制度作りの話がありますが、税という形で対応する必要があるなら、われわれは技術的な議論にはしっかり取り組もうと思います。ただ、それは、気候変動問題に対する日本政府の取り組み全体がどうなるかが先にあり、その決定に沿って検討していくことになるでしょう。
真山:両方とも、財務省が表に出て交渉を進めるというよりは、交渉の推移を見て、タイミングが来たらそれを受けて行動されるのですか?
■「税の手法を活用する」なら財務省で検討する
岡本:国際課税原則については、日本政府の中で財務省が直接的な担当となり、日本として最大限の役割を果たしていきます。気候変動問題については、いきなり財務省が「炭素税はどうしますか?」と言い出すのではなく、日本政府として気候変動問題にどう対応するかを議論して、その中でもし「税の手法を活用する」といった話が出てくれば、技術的なところは財務省で検討するということになると思います。
真山:アベノミクスの一環として、日本銀行が異次元金融緩和を開始して、財政赤字を解消するために発行される国債を大規模に買い続けています。「これってタコが自分の足を食べるようなものではないの?」と思ってしまいます。将来的に見て、危険性はないのでしょうか?
岡本:アベノミクスは、大胆な金融緩和をすることによって、デフレをまず終わらせるということを最大の眼目にしました。日本銀行は大量の国債を購入してその大胆な金融緩和を始めたわけですが、それによって国の財政節度が失われ、経済運営や通貨に対する信頼も失われてしまうと、結果的にインフレーションを起こして、国民に大変な負担を強いる形になります。
ですから、今回の日銀の金融政策を始めるに当たり、財務省と日銀で共同声明を発表しました。政府としては財政健全化にしっかりと取り組んでいくという前提条件の下で、日銀は国債の大規模購入を行うというものです。結果的に、デフレではないという状況になったことによって企業収益や経済が回復し、それによる税収の増加が財政赤字の縮小や国債の減少につながる形になっています。
真山:なるほど。
岡本:よくある議論としては、「だったらもう、日銀はずっと大量の国債購入を続けていけばいいではないか」というものがあります。しかし、政府と日銀はあくまで財政を健全化するという前提の下でやっているため、現在、市場から信認されているわけです。それを抜きにして、ただ国債を中央銀行が買い続けて「何とでもなる」という議論はまったくあてはまりません。
■「もしかしたら」を考えなくなった日本人
真山:バブル崩壊後、さまざまな日本の安全神話が崩れました。原子力発電所にしても同様です。その中で、いまだに国家財政の安全神話は残っているような気がしてなりません。最近の日本人は「もしかしたら」という i f を頭の中に浮かべなくなりました。想像力の乏しい国になったと感じています。
私は、日本の財政は絶対に安全だと言える根拠は何もないと思います。海外から思わぬ影響を受けることもあるし、大規模な企業の破綻、銀行や生命保険などの破綻が起きたら、大変なことになりますね。それはもう財務省だけの話ではないし、先述のように国民全体がステークホルダーとして考えなければならない問題です
岡本:そうですね。財務省としては、「財政はやはり安全なんだ」と受け止めてもらうための努力を続けなければなりません。その努力をやめてしまったら、本当に安全でなくなるわけです。安全でなくなったら、何が起きるかといえば、先ほど(前編)語ったように、実は今の生活の中で空気のような存在になっている、さまざまな行政サービス(教育、医療・介護、年金、福祉、インフラ、警察など)が、空気ではなくなるのです。
そうしたことを国民のみなさまに理解していただくことが大切で、最後はやはり広報というところに戻ってきますね。そうした理解が国民に浸透しなければ、ただ「国が勝手に何かとんでもないことをやっている」ということになって、結局、物事は進まなくなるのではないでしょうか。
真山 仁 :作家