「新型コロナ後」日本は「グリーンゾーンの国」になる?

4/17(金) 7:00配信

日経ビジネス

 

 安倍晋三首相は2020年4月7日、医療崩壊を防ぎつつ新型コロナウイルスの感染拡大を阻止するため、私権の制限も可能にする緊急事態宣言を行った。対象は7つの都府県である。ただし、安倍首相は記者会見で、「宣言は海外で見られるような都市封鎖(ロックダウン)では全くない」とあらためて強調し、国民に冷静な対応を呼びかけた。



 ニューヨークの事例などと対比しつつ、ネット世論などでは「早く緊急事態宣言を出すべきだ」という声が、かなり早い段階から目立っていた。にもかかわらず政府が緊急事態宣言を出すことに二の足を踏んでいた最大の理由は、経済へのダメージが一段と大きくなることへの危惧だと推測される。「経済への打撃を考えたら、そう簡単にできる話ではない」との政府関係者コメントが伝わっていた(4月3日、時事通信)。

 自治体からの休業などの要請は強制力が伴わず、要請に従わなかったときの罰則もない。また鉄道や道路を封鎖するといった強力な措置も取れない。従って、現行法の下では、欧米に実例がある「ロックダウン」は、日本では起こり得ない。

●緊急事態宣言の経済ダメージは大きい

 しかしそれでも、緊急事態宣言が出ることによる経済へのダメージは大きそうだと、筆者はみている。なるほどその手があったかと筆者がうならされたのが、宣言が出る数日前、4月3日に毎日新聞が報じた、以下の内容である。

 「政府関係者は『これまでも自宅にとどまる人は多かった。発令で外出を控える人はもっと増えるはず』とみる」

 「外出自粛を巡っては、一歩踏み込んだ方策の検討も進む。その一つが、警察官が不要不急の外出をしている可能性のある人に個別に声をかけ、帰宅を強く促すというものだ。内閣官房の担当者は『いわゆる職務質問と同じような形で、外出の理由を尋ねるということは可能だ』と話す」

 「学校や映画館、百貨店などの使用停止、イベントの中止に関しても、各知事からの要請・指示を受けた事業者や施設名を速やかに公表する」

 「強制力はないが、公表による社会的プレッシャーは大きい」

 警察官職務執行法は第2条第1項で、「警察官は、異常な挙動その他周囲の事情から合理的に判断して何らかの罪を犯し、もしくは犯そうとしていると疑うに足りる相当な理由のある者又はすでに行われた犯罪について、もしくは犯罪が行われようとしていることについて知っていると認められる者を停止させて質問することができる」と規定している。

 むろん、不要不急の夜間外出などは犯罪ではない。4月10日にNHKが報じたところによると、緊急事態宣言を受けて警察庁は、知事からの要請があった場合、警察官が必要に応じて夜間に歩いている人に声をかけて、外出の自粛を知らせるなどの対応を取るよう、全国の警察に指示した。この声かけは職務質問ではないという説明だが、いずれにせよ人間心理の弱点を巧みに突いた運用によって、感染の機会をさらに減らす作戦なのだろう

 

 

 

 

 

 

 

 

 

北海道大学の西浦博教授がまとめた試算がいくつかのマスコミで取り上げられ、緊急事態宣言後の安倍首相の記者会見でも引き合いに出された。理論疫学の専門家であり、政府の専門家会議にも参加している西浦教授によると、外出を欧米に近い形で厳しく制限し、人と人の接触を8割減らす対策を取った場合、10日~2週間後に感染者が1日数千人のピークに達しても、その後に対策の効果が表れ、急速な減少に転じるという。

 緊急事態宣言が功を奏して、このシナリオ通りに事態が推移するのかどうか。この先しばらくは、見極めが必要な期間になる。

 安倍首相による緊急事態宣言の発令を報じた翌8日の英経済紙フィナンシャル・タイムズは、緊急事態宣言という「部分的なロックダウン」によって安倍首相は「賭けに出た」と報じた。十分なロックダウンや大規模なウイルス検査なしに感染拡大を止めることが本当に可能なのか、安倍首相の「実験」の行方を各国は強い関心を持って注視するだろうという。

 欧米では以前より、日本政府が行っている新型コロナウイルス感染防止策は緩すぎるという批判が根強く、東京は遠からずニューヨークのようになるのではないかという見方さえ出ている。

 では、日本の新聞が8日の朝刊1面に掲載した論説は、どのようなものだったか。全国紙5つについて重要な部分だけを見ておくと、次のようになる。

◆日本経済新聞(藤井彰夫論説委員長) ~ 「民主社会が試されている」

「それ(中国や欧州などの例)に比べ強制力が弱い日本の手法の実効性を疑う声もある。だからこそ市民や企業の役割が大切になる。日本の民主主義社会の強さが試されているといってもよい。緊急時でも、医療、公共交通、金融、日用必需品の流通など社会インフラは維持しなければならない。そのためには市民の冷静な行動が必要だ」

◆朝日新聞(佐古浩敏ゼネラルエディター) ~ 「長い闘い 行動変えるとき」

「人類はいま、特効薬やワクチンがまだ見つかっていないウイルスとの過酷な闘いのまっただ中にいる」「日本の場合は外出自粛やイベント開催制限などについて強制力をもたない要請がベースになっている。だからこそ、実際に(緊急事態)宣言の『効能』をどこまで高められるかは一人ひとりの行動にかかっている」「この感染症との攻防は公衆衛生と人権のどちらをとるかの問題ではない。戦後日本が培ってきた政治と社会のありようが問われているという自覚をもって、最適のバランスを探りたい」

◆読売新聞(飯塚恵子編集委員) ~ 「日本型の戦い 毅然と」

「『多くの犠牲の上に成り立つロックダウンのような事後的劇薬ではなく、〔日本型の感染症対策〕を模索する』。政府の専門家会議は先月19日、感染爆発の緩やかな抑制を目指す『日本型の戦い』を提唱した」「あとは、私たちの意志と忍耐力がカギを握る」

◆毎日新聞(阿部亮介氏) ~ 「今こそ冷静に」

「『国難』とも言える事態だが、同じ社会に暮らす人間同士、連帯してこのウイルスに立ち向かえば打ち勝てるはずだ」「重要なのは行動変容に向けた意識改革だ」

◆産経新聞(井口文彦編集局長) ~ 「日常を取り戻すために」

「事態を沈静化させるのはあくまでも、私たちの行動そのものです。正しい行動をとっていれば必ず状況は好転します」

 

 

 

 

なるほどと思わせられる主張が並んでおり、それらの根底にあるものは共通であるように思う。ウイルスに対して独自の戦い方を選んだ今回の緊急事態宣言には、「日本の民主主義社会の強さが試されている」(日経)、「戦後日本が培ってきた政治と社会のありようが問われている」(朝日)という重要な意味合いがある。

 そして、今回の戦いの結果は日本という国の行方を左右し得る。仮にうまく運ばない場合、「緊急事態条項」を盛り込む憲法改正論などが強まるだろう。

 最後に、国際政治秩序に新型コロナウイルス感染拡大が及ぼし得る影響について、新たな論点が出てきているようなので、ご紹介しておきたい。

 日本時間3月16日夜に開催されたG7(主要7カ国)首脳による緊急テレビ会議の関連記事、時事通信が4月3日に配信した「〔財金レーダー〕G7『緊急措置が必要』=新型コロナ抑制へ、経済減速いとわず」の末尾に、以下の記述があった。

 「国際関係や金融の専門家の間には、感染の封じ込めに一定程度成功した『グリーンゾーンの国』と、感染が続く『レッドゾーンの国』の差が広がり、人の移動が世界的に制約される危険性を懸念する声もある。外交関係者は『そうなれば、グリーンゾーンを主導する国の影響力が増す』と述べ、経済・外交上の新たな関係と分断が生まれる可能性を指摘している」

●グリーンゾーンの筆頭は中国?

 これは、新型コロナ以前にはなかった考え方である。記事にははっきり書かれていないが、新型コロナウイルス感染の封じ込めに一定程度成功した「グリーンゾーンの国」というのは、感染が最初に拡大した武漢を封鎖するなど強権的対応を行い、公式発表によれば感染拡大はすでに峠を越えたとされている、中国をイメージしているのだろう。

 米ジョンズ・ホプキンス大学の集計によると、中国の感染者数は世界で6番目まで順位を下げている。今では米国、スペイン、イタリア、フランス、ドイツのほうが、数は多い。

 とすれば、感染が続く「レッドゾーンの国」にあてはまるのは、米国、そして上記のEU(欧州連合)諸国などということになる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

では、他国に先んじて新型コロナ危機を脱しようとしている中国の影響力は増大していくとみてよいのだろうか。筆者は、そうではないと考えている。理由は以下の諸点である。

●なお強い米ドル需要

 ◆中国という国家の「情報公開における消極性」「公表される数字の信頼性欠如」が、新型コロナウイルスを巡る一連の経緯の中で浮かび上がり、他の国々があらためて認識せざるを得なくなっていること。

 ◆サプライチェーンで中国に頼りすぎることのリスクを、日米欧などの企業が痛感させられていること。これは、今回の新型コロナウイルス感染拡大よりも前、米中貿易戦争が激化した際に、すでに認識が広がった問題である。4月7日に決定された緊急経済対策には、中国など特定の国に生産が一極集中している製品・部品の生産拠点を国内に回帰させる場合、大企業で移転費用の2分の1、中小企業で3分の2を補助する施策が盛り込まれた。

 ◆通貨や国際金融の世界で中国人民元の存在感がまだかなり小さいことも見逃せない。新型コロナウイルス感染拡大で金融市場が「リスクオフ」に強く傾斜する中で浮き彫りになったのは、米ドル需要の大きさである。ポジションを解消してドルに換えようとする動きが、多くの通貨に対する大幅なドル高につながった。

●アタリ氏「危機後、日本は国力高める」

 このように、新型コロナウイルス対応のこれまでの結果だけから「グリーンゾーンの国」として中国が影響力を増すのではという考え方には、相当無理があるように思う。

 では日本はどうだろうか。すでに述べた通り、緊急事態宣言が出された後の状況がどのようなものになるかが、大きな鍵を握っている。

 欧州の識者から、応援団が1人。フランスの経済学者ジャック・アタリ氏は日本経済新聞の4月9日付朝刊に掲載されたインタビューの中で、次のように述べている。

 「日本は危機対応に必要な要素、すなわち国の結束、知力、技術力、慎重さを全て持った国だ。島国で出入国を管理しやすく、対応も他国に比べると容易だ。危機が終わったとき日本は国力を高めているだろう」

上野 泰也

 

 

https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20200417-63271656-business-bus_all&p=4