欧州を襲う新型コロナと“疑心暗鬼” ドイツ在住日本人が綴る「アジア人差別論」の実態

3/10(火) 17:30配信

Football ZONE web

 

【ドイツ発コラム】

 

 

 

 

ライプツィヒで日本人観客の追放が発生

 

…「アジア人だから危険」の理論は通用しない

 新型コロナウイルスによる影響は、世界中の様々なところに広がっている。

 ドイツにおいても、先日ブンデスリーガのRBライプツィヒ対レバークーゼンを観戦に訪れていた日本人グループが、試合開始15分の段階でスタジアムスタッフから退去を求められたという事件が勃発していた。このニュースを巡って、SNSでは「人種差別だ」「ドイツ人は信用ならない」「私もこんなことをされた」といった意見が多く見られていたが、実際のところはどうなのだろうか。

 個人的なところでいうと、所属クラブや仕事先で僕が誰かに嫌な顔をされたり、何かを言われたりというのはまだ一度もない。フライブルクだけではなく、取材でいろいろな町に行っているが、これまでのところ、変な絡まれ方をされたことはない。

 ただ、そうした個としてのつながりの中で、きちんと理解してもらえている一方で、不特定多数の1人となった時でも同じように受け取ってもらえるかというと、なんとも言えない。ドイツにいる人みんながみんな怯えているわけではないけど、得体のしれない何かを避けようとするのは誰にでもある。

 感染者が増えてきている地域では、ドイツでも部分休校になったりしているところがある一方で、僕が住むバーデンビュルテンブルク州では学校の完全閉鎖や部分閉鎖という動きはまだ少ない。現時点での判断基準として、コロナ感染規模が広がっている中国、韓国、イタリア、イランからドイツに戻ってきた人は無条件で14日間自宅待機をするように、そして14日以内にそうした地域から来た人と接触があった場合は、当該機関に連絡をしたうえで判断を受けるように、というお達しが保健局からは来ている。

 ドイツのロベルト・コッホ研究所はイタリアの一部を危険地域と認定しているし、イタリア人やイタリアから戻ってきた人がコロナウイルスを持っている可能性も高い以上、もはや「アジア人だから危険」という理論は通用しない。ただ欧州人という括りの中で、誰がイタリア系なのかは見た目で区別できない怖さがある。そうなると、せめて見た目で区別できるところから我が身を守りたいというのは、本能的なものかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

「欧州人はアジア人を侮蔑している」は一側面しか見ていない極端な見解

 差別というよりも、ただ怖い。だから、過剰反応も起こしてしまう。僕の知り合いは「お前、コロナウイルスを持ってるだろ。家に帰れ。俺はまだ死にたくないんだ」と文句を言われたりもしている。いきなり呼び鈴が鳴って、「中国人か?」とだけ聞かれていなくなったという嫌な話も聞いた。

 だからといって、こうした流れの中で、もともと欧州人はアジア人を軽視しているとか、侮蔑しているから、この機会にその思いが爆発したんだ――みたいな発言もあるが、それもまた一側面しか見ていない極端な話だ。

 日本と海外とでは物事の解釈も違う。暗黙の了解という言葉はとても都合が良くて、いくらでも利用することができる。本来相手に自分の価値観を強要することはできないし、それがもともと違う価値観による文化圏で過ごしてきた者同士だとしたらますますそうだ。

「自分がされて嫌なことはしない」ということを常識に思っている人が、「相手がしてくることは自分もしてもいい」というのが基盤にある人と、ただ話し合っていても出口なんて見えっこない。だからどんな価値観があって、それぞれの対処法を知ることが欠かせない。そのためにはコミュニケーションが必要だし、分かり合う努力が大切だし、それでも分かりあえない場合は適切な距離感が重要になる。

 僕にしたって、丸腰でこっちで生きているわけではない。危機感知能力は常に問われているし、だからわざわざ危ないところへ行ったりもしない。だからと不必要にビクビクしたり、周囲を警戒していると逆に目立って怪しい存在になってしまうから、いつもちょうどいい距離感を探っている。「お前アジア人だろ。さっさと出ていけ!」と言われた時用の対処法や、そのためのドイツ語も準備している。

 そもそも相手がこっちを侮辱してきている以上、その人に対して何かをしてあげようという気持ちもないから、やり返しても無駄だし、基本的には無視する。それでもしつこく言ってきたら、冷静に喧嘩を買うぐらいの気持ちは持っている。わざとくしゃみをして、「ああ、すまない。俺アレルギー持ちなんだよね、人種差別に対して」くらいは言う。もちろん、いつでも逃げられる準備をしながら。

 そんな事態であっても、周りの人間全部を敵に見るなんて生き方はやっぱり嫌だ。差別をしてくる人も、攻撃的な人も、神経質な人もいる。それはいる。世界中どこにだって、いつだっている。日本にだってたくさんいる。粘着質にしつこく絡んでくる人たちがいる。でも、それ以上にたくさんの、そんなことを気にしないでお互いを大切に生きようとしている人たちがいる。差別なんか全く念頭になくて、困った時はお互い様と思ってくれている人たちがたくさんいるのだ

 

 

 

 

 

 

 

新型コロナウイルスよりも怖いのは「先入観」というウイルス

 この前、電車の中で前に座っている老婦人がコーヒーのカップを外そうとした時に力が入りすぎて、中身を結構ぶちまけてしまったことがあった。僕のところにも飛んできた。「大丈夫ですか?」と声をかけたら、「中身がコーヒーで良かった」とつぶやいていたので、「少し爆発しちゃいましたね」と僕が言ったら、老婦人も隣の席のドイツ人も笑った。その後、僕にもコーヒーがかかったことに気づいた老婦人は、「あら、あなたにもかかってしまった。ごめんなさいね」と慌てて席を立とうとしたので、「問題ないですよ。ちょっとですから。すぐに乾きますから」と笑顔で返した。ほっとした表情になった老婦人とその後、少し会話を交わす。

 取材先の街でふと立ち寄ったカフェで、とても親切な対応を受けた。静かな落ち着いた雰囲気で、お気に入りのPerfumeの歌を聞きながら美味しいコーヒーを飲む。隣のテーブルでは、1歳くらいの赤ちゃんが目の前のケーキと格闘していた。若いお父さん、お母さんが優しいまなざしで見つめている。慌ただしい日常の中で、そうした幸せを感じられる瞬間。それが大事なのではないだろうか。

 こんな時だからこそ、嫌なことをしてくる人を憎んだり、怖がったり、気を病んだりしないで、それはそれとして受け流し、それよりも自分の周りにたくさんいる素敵な人たちを大事にしたいと思う。できるだけ自然体で、できるだけ笑顔で、できるだけ親切で、できるだけポジティブで。それが新しい人のつながりを育んでいく。

 結局、新型コロナウイルスよりも怖いのは、先入観というウイルスのほうなのだから。


https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20200310-00250808-soccermzw-socc&p=3


[著者プロフィール]
1977年生まれ。武蔵大学人文学部欧米文化学科卒業後、育成層指導のエキスパートになるためにドイツへ。地域に密着したアマチュアチームで様々なレベルのU-12からU-19チームで監督を歴任。2009年7月にドイツ・サッカー協会公認A級ライセンス獲得(UEFA-Aレベル)。SCフライブルクU-15チームで研修を積み、2016-17シーズンからドイツU-15・4部リーグ所属FCアウゲンで監督を務める。

中野吉之伴 / Kichinosuke Nakano