中国・深セン「機能停止」の実態ルポ、新型肺炎・米中摩擦・香港デモに泣く

2/26(水) 6:01配信

ダイヤモンド・オンライン

 

 新型肺炎は中国と世界の経済にどのような影響を与えるのか? 筆者は取材のため、中国のエレクトロニクス産業の中心地である広東省深セン市に飛んだ。特集『断絶!電機サプライチェーン』(全8回)の#3は、機能停止した巨大都市の現地ルポ。(ダイヤモンド編集部特任アナリスト 高口康太)

【閑散とした深センの街の様子、画像はこちら】

● エレキの聖都・深センでは お札まで消毒対象だった

 2月17日、中国・深セン宝安国際空港。降り立った瞬間から、いつもとは違う緊張感が漂っていた。入国前の検疫所には、医療用のフェースシールドを着けたスタッフが2人。非接触型体温計で熱がないかどうかを調べられ、ようやく入国だ。

 同空港の旅客数は中国本土では第5位。普段は多くの人でごった返しているが、今日はがらんとしている。網の目のような特徴的な天井は、イタリアの国際的な建築家、マッシミリアーノ・フクサス氏によるデザイン。人が少ないせいか、このデザインが妙に目立つ。

 普段ならば大行列ができているタクシー乗り場にも人の姿はなく、客待ちのタクシーがずらりと並んでいた。車に乗り込むと、前部座席と後部座席の間に透明なシートがかけられている。深セン市は中国南部に位置するとはいえ、やや肌寒いぐらいの気温。それでも運転手は窓を開けて走った。全ては感染を防ぐためだ。

 極め付きは支払いだった。運転手は100元札を受け取ると、消毒液を吹き掛けた。そしてお釣りを渡しながら「どうぞ。安心してください。消毒済みです」と言った。

 今回の現地取材の主眼は、深センの経済活動が実際のところ、どこまで停滞しているのかを探ることだ。実態を知るために筆者が向かったのが、iPhoneの組み立てで知られる世界最大のEMS(電子機器の受託製造)、台湾・鴻海精密工業の工場だ。

● 20万人規模の巨大工場には 車も人も気配なし

 深セン北部に位置する鴻海の主力生産拠点、竜華科技園。最盛期には30万人もの労働者を擁していた巨大工場だ。いや、工場というよりももはや一つの街と言ってもいい。深センの人件費高騰に伴い、一部の工場は河南省や重慶市など内陸部へと移転したが、近年でも20万人近い労働者が働くという。

 だが、その巨大工場も静まり返っていた。いつもならば製品や材料を運ぶトラックが周辺をせわしなく走り回っているが、道路はがらがら。工場のゲートも閉ざされていて出入りする車の姿は見えない。敷地内を遠目に観察しても、人の気配は感じられなかった。

 鴻海は2月10日に操業再開の許可を地元政府から得たが、直ちに生産再開とはいかなかった。感染抑止のための従業員寮の改装や自主隔離施設の準備が追い付かなかったためだ。

 現地メディアの財新網の報道によると、深センの工場が労働者に復帰を要請したのは2月15日になってから。しかも深セン市外から戻ってきた労働者は14日間の自室待機が必要となるため、2月中の製造能力回復は絶望的な状況となった。他地域の工場も似たり寄ったりの状況だけに、3月中と予想されていた新型iPhoneの発売は延期されるとの予測が強まっている。

 現地メディアの鳳凰網が各地方政府の発表を基にまとめた「企業活動再開地図」によると、2月21日時点で遼寧省、山東省、江蘇省、上海市、浙江省、福建省では企業活動の再開率が70%超にまで回復している。だがその他の省は50%前後だという。ただし、この数字をそのままうのみにすることはできない。

 第一に、統計の対象は営業収入2000万元(約3億2000万円)以上の工業企業に限られている。対象に含まれていない中小零細企業の再開率はもっと低い。中国工業情報化部の田玉竜総工程師は24日、国務院新聞弁公室で開催された記者会見でこの問題に触れ、各地の地方政府の支援により中小企業の活動再開が進んでいるとしながらも、「再開率は30%弱」との見通しを示している。

 第二に、この数値はあくまで再開許可を受けた企業の比率を示すもので、実際の生産能力を示すものではない。許可を受けたのはいいが、労働者がいない、材料がない、感染対策ができないといった理由から活動再開できない企業もある。

 モルガンスタンレー・チャイナのシン自強・首席エコノミストは火力発電所の石炭消費量、大気汚染、渋滞、人口移動などのビッグデータから実態を推測。2月18日の発表では、現状の工業生産能力は肺炎問題が起きる旧正月前の半分以下であり、これは3月以降に緩やかに回復するシナリオが有力だと分析している

 

 

 

 

● ビジネスそっちのけで マスクを作る深い訳

 中国では1月24日から30日までの1週間はもともと旧正月休みだったが、中央政府の指示で2月2日まで延長された。その後、地方政府の指示で2月9日まで再延長された。

 2月10日からは企業活動が再開されるはずだったが、深センを含めてほとんどの地域で許可制となった。マスクや消毒液、体温測定の準備を整えるほか、自治体外から来た者が14日間の自宅待機を済ませたかどうかの確認がある。そうした態勢が整っていることを地方政府職員がチェックして、初めて活動再開が許可される。政府職員の数が限られている以上、全企業の審査には膨大な時間が必要となる。医療品製造企業や大企業が優先され、中小企業にはなかなか順番が回ってこない。

 筆者は今回、電機関連の日系企業を取材したが、その詳細は本特集の#5、#7で伝える。本稿では電機ではないが、あるかばん工場の様子を伝えたい。この会社も操業再開許可を待つ企業の一つだった。ドイツや日本のインターネット通販向けにODM(相手先ブランドによる設計、生産)ビジネスを展開している。

 工場は電気が落とされ薄暗かったが、作業している一角があった。話を聞くと、緊急でマスクの製造を手掛けているという。といっても人力でガーゼにひもを縫い付けているようなありさまで、大した数は作れそうにない。「数は問題じゃない。国家のために貢献しているとアピールすれば、操業再開が早まるはずだ」と工場関係者は話していた。

 肺炎対策が経済に深刻な影響を与えることについては中国政府も警戒感を強めている。2月10日前後から中央政府は感染抑止と経済活動再開という二つの目標を同時に推進するよう指示しているが、地方政府の動きは鈍い。万が一感染者数が増大すれば、担当官僚にとっては命取りの事態となるためだ。

 その結果、製造現場だけではなく幅広い経済活動が停滞している。

 筆者が利用したホテルもものものしい厳戒態勢だった。ロビーは明かりが消されていて薄暗い。奥のフロントにだけ小さく明かりがついている。30階建ての大型ホテルだというのに、スタッフは1人しかいない。本当に営業しているのか、不安になるレベルだ。聞くと勤務しているのは、そのフロントのスタッフだけ。後は掃除のスタッフが来るぐらいで最低限しか稼働していないという。

 そんな状態でも、入り口では客一人一人の熱を体温計で測る。名前、パスポート番号、電話番号、現在の体温を書いてようやく入ることが許されるのだ。その後分かることだが、スーパーやショップ、高速道路の入り口、地下鉄など各所でも同様に、検温と個人情報の記載が求められた。

 チェックインを済ませた後、街を歩き回ってみた。空港やホテルのみならず、レストランやショッピングモールなどあらゆるところが最低限の稼働しかしていない。レストランは営業している店としていない店とがほぼ半々だが、店内での飲食は禁止されていた。テークアウトするか、ウーバーイーツのような出前代行で注文するかのどちらかだ。

 ショッピングモールは時間を短縮しての営業だ。店は7割方開いていたが、客の姿はほとんどない。ニトリの大型店舗に入ると、なんと客は筆者だけだった。数人の店員たちが手持ち無沙汰で突っ立っている。深センの誇る“世界最大の電気街”である華強北も訪れたが、開いている店は2割にも満たない。

 

 

 

 

 

 

日本は大丈夫か? 中国で広がる「不安倍増」

 街を見て回っていると、「冬眠」という言葉が頭に浮かんだ。人間と人間の接触を最小限にし、肺炎の流行を防ぐ。そのために経済活動、社会活動を最小限に抑える姿は冬眠そっくりだ。その様はビッグデータにも表れている。

 中国検索最大手のバイドゥはアプリを通じて収集したデータを基に、人々の移動がどれだけ活発かを指数で示したグラフを発表している。上写真は深センにおける市内移動の量を指数化したものだ。灰色が昨年の指数、黄色が今年のものである。習近平国家主席が感染対策に関する重要指示を発表した1月20日を境に、市内移動は急激に減少していることが分かる。また、昨年のグラフでは週末の移動量は平日より著しく小さいが、今年の1月20日以降は週末と平日に大きな差がない。会社や学校が閉鎖されていることの表れだ。

 この冬眠型の感染対策は大きな効果を上げているかのように見える。2月22日に確認された新規感染者数は648人。新規感染者数のピークと考えられる2月4日の3887人から大きく減少した。湖北省以外の新規感染者数を見ると、2月4日の732人に対し、22日は18人と40分の1にまで減少している。中国の人々にとってはピークを越えて、希望が見えた状況といえる(新規感染者数のピークについては、コンピューター断層撮影〈CT〉検査での感染確認を含めた2月12日と13日の数字を対象としていない)。

 このままいけば、湖北省以外の新規感染者数を、日本や韓国、イランなど海外の新規感染者数が追い抜くこともあり得そうだ。中国の会員制交流サイト(SNS)「ウェイボー」では、目立った感染抑止策を打ち出さない日本は大丈夫なのかと心配する声が上がり、安倍晋三首相の名前をもじって「不安倍増」という言葉を使ったつぶやきが増えている。その日本以上に深刻な状況に陥っているのが韓国だ。

 筆者は今回、韓国の仁川国際空港経由便で中国に渡航したが、復路の時点で仁川空港は、防護服を着た検疫官が待ち構える厳戒態勢になっていた。往路の時点では平常時と変わらなかったが、深セン滞在中に韓国での集団感染が発覚したためだ

 

 

 

 

 

 

 

3月頭には在庫枯渇で サプライチェーンが断絶か

 劇的に感染者数を減らした中国の冬眠型対策だが、経済活動に対する副作用は激烈だ。1月20日以降、約1カ月にわたり経済活動は半ばまひした状況が続いているからだ。通常、感染症対策は感染抑止と社会への打撃のバランスを取って決められるが、中国政府は今回、経済的ダメージは覚悟の上で徹底的に抑止に振り切った。

 この混乱は日系企業にはどのような影響をもたらすのだろうか?広東省の、ある日系物流企業関係者によると、日本企業は中国以外の代理調達先を探すのに追われているという。日中の距離は近いため、中国から調達する部品の在庫は1カ月分程度しか持っていないケースが多い。もともと2月頭には中国工場は旧正月休みが明ける予定だったので、このままいけば3月頭には在庫不足によるサプライチェーン断絶が表面化する可能性が高い。

 そこで東南アジアをはじめとする他地域からの調達への切り替えを模索する企業が増えているという。「これを機に中国製造を見直す企業も増えそうです」。前出の物流企業関係者はそう言った。

 中国の人件費は高騰しており、すでに労働コストでは中国を拠点にするメリットはない。さらに2017年ごろから中国経済は減速感が強まっている上に、米中貿易摩擦や香港デモというトラブルもあった。日系企業には中国から他地域に軸足を移す動きが以前からあったが、この動きが新型肺炎で加速しそうだ。

 製造拠点を海外に移す動きは日系企業だけではない。中国メーカーにも米中貿易摩擦による関税負担を避けるために、海外の製造拠点を拡大する動きが広がっている。「世界の工場」中国、その製造能力のごく一部が動くだけでも、移転先の国は労働力が払底し、人件費が急激に高騰してしまう。新型肺炎を機に動きだすグローバルサプライチェーンの再編は、さまざまな波紋を広げ事件を引き起こしそうだ。

 Key Visual by Noriyo Shinoda

ダイヤモンド編集部/高口康太

 

 

 

 

 

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