大宮冬洋(おおみや とうよう)

 

午後7時閉店でも店長年収1000万円超え! 愛知県「地元密着スーパー」絶好調の秘密 

 

「生活の質は、近所にいいスーパーがあるかによって決まると思う」

 東京にいる知人がつぶやいたとき、筆者は自分の生活を肯定してもらった気分になった。結婚を機に、東京都杉並区から愛知県蒲郡市に引っ越したのが2012年の夏。妻の両親から教えてもらったローカルな食品スーパー「サンヨネ」にほれ込んでいるのだ。

phot愛知県蒲郡市にあるサンヨネ蒲郡店。この店があるからという理由で近所に引っ越して来る家族もいるほどの人気店だ

 愛知県東三河地方だけに5店舗しか展開していないサンヨネ。週末になると妻が運転する自家用車でその蒲郡店に向かう。デートを兼ねたまとめ買いだ。駐車場は280台分もあるが、混んでいる時間帯だとスペースを見つけるのに苦労するほどの盛況。とまっている車のナンバーを見ると、名古屋や岐阜など遠方からの客も目立つ。

 店に入ると、いつもと変わらぬ明るくて広々とした店内にほっとする。通路も広くとってあるので、客がたくさんいても歩きやすく、圧迫感はない。

 まずはビールを買い足す。定番のほか、各地のクラフトビールをそろえてあるのがうれしい。日本酒やワインの種類も豊富だ。サンヨネにはソムリエ資格を持った店員までいる。主任やリーダーになると、各自の判断で仕入れと陳列を任されるという。

photビール売り場。全国各地の地ビールを取りそろえている

 次は果物と野菜。「ハートマーク商品」のシールが貼ってあるものに注目だ。詳細は後述するが、サンヨネは国内外の生産者や加工業者と直接につながり、プライベートブランド商品を数多く開発。農法から素材、加工方法に徹底的にこだわり、安全でおいしくて新鮮な食品を驚くほどリーズナブルに提供している。

 青果コーナーを通り抜けると、海苔や鰹節、しらす干しがそれぞれ大きな陳列棚を占めている名所にさしかかる。1892年創業のサンヨネの祖業は海産物卸。鮮魚や干物をはじめとする海産物の質と量は、漁師町を抱える蒲郡市でも評判なのだ。

 我が家のおすすめはサンヨネが作っている「八方だし」。いま人気になっている某高級だしの3分の1の値段で買える。しかも味はこちらのほうが上だと筆者は感じている。愛知県土産になってほしいと思う。

phot青果売り場。買い出しをする近隣の飲食店関係者も多く、平日の午前中からこの人出

phot海産物卸が祖業であるサンヨネ。鰹節やだしだけで広い売り場を持つ

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

この調子で鮮魚や精肉、納豆、バター、牛乳、パンなどを紹介していると延々と長くなるので割愛する。だけど、レジについては書かせてほしい。サンヨネ蒲郡店には14台のレジがあるが、今のところ自動レジは置かれていない。レジ係は他の店員以上に愛想が良く、しかも手が早い。熟練になると、山積みになった買い物商品の一つ一つのどこを持つとバーコードを読み取りやすいのか、どの順番にかご(サンヨネには専用の買い物かごがあり、100円で売っている)に入れていけば崩れにくくつぶれにくいのかを瞬時に判断できるという。

phot笑顔・的確・迅速が売りのレジ。常連客になると、それぞれお気に入りのレジ係がいて、そこに並ぶ

 サンヨネの従業員が高いモチベーションを保って働いていることには理由がある。代表取締役社長の三浦和雄さん(62歳)の掲げる「社員第一主義」による愛情に包まれていることだ。

 世の中には正月休みすらない深夜営業のスーパーが多いが、サンヨネは夜7時には閉まる。正月もちゃんと休む。

 「それぞれに家庭がある社員のことを考えれば、夜はできるだけ早く閉じたほうがいいのです。お客さまが私たちの商品を気に入っていただけるのであれば、お客さまのほうでご来店時間を考えていただけるはずです」

 サンヨネは終身雇用だが昇進は実力主義。管理職には20代30代の若手が目立つ。なお、給与は年功序列でボーナスは評価主義だ。サンヨネには「もうけ(粗利益)の半分を人件費にする」という驚きの制度がある。各店の店長の年収は1000万円を超える。一般的に薄給といわれる小売業では異例の水準である。三浦さんは断言する。

 「給料はコストではなく、経営の目的だと思っています。減らすという考えはありません」

 サンヨネは三浦家によるオーナー経営で非上場企業だ。そのオーナー家が利益を独占しようとせず、社員も家族の一員だと思えば、自然と「十分な給料を払うことは経営の目的」という考え方になり、その実現も可能なのだ。

 男女別の仮眠室もある立派な作りの従業員休憩室や体が冷えない工夫を建築時に施したバックヤードなど、人に関する部分には惜しみなくお金をかける。

phot前職は住宅メーカーの営業マンだった店長の宮路さん。「サンヨネにはノルマがなく、家族が安心しておいしく食べられるものだけをおすすめできる」とこの笑顔

 
 
 
 
 
 
 

一方で、無駄なものには一切お金をかけない。例えばチラシ。特売情報を新聞折り込みチラシなどで広く配布するのが業界としては普通だが、サンヨネはやらない。14年前の蒲郡店オープンのときすらもチラシを配布せず、口コミのみで現在の評判を少しずつ獲得したという驚きの歴史もある。

 「蒲郡店のスタッフの約8割が地元採用です。開店当初はまだ業務に慣れていないので、大勢のお客さまが来たらミスが多発して失礼なことになってしまいます。それは長い目で見てファンを作ることにはなりません」

photサンヨネ社長の三浦和雄さん(中央)。左は農業流通アドバイザーの新村均さん、右はぶどう農家の長男でサンヨネにて修業中の宮川大輝さん。三浦さんの人脈は幅広くて深い

 ここで120年以上の歴史を持つサンヨネの強みが見えてくる。長期的な視点に立った経営ができていることだ。もしも短期的なもうけだけを考えるのであれば、人件費を極限まで下げてオープンセールなどで売り上げを最大化することを考えるだろう。しかし、それでは優秀な人材が安心して働き続けることはできず、商品も「安かろう悪かろう」が基準になり、ファンができるはずがない。サンヨネはこの逆を走って成功しているのだ。

 ファンは無理を言わない。むしろ応援してくれる。例えば、上述した営業時間。会社勤めの共働き夫婦であれば、「もう少し遅くまで店を開けてほしい」が本音だろう。しかし、「従業員も自宅で家族と夕食を取れるように早めに閉める」という理由であれば地域住民は納得する。

 サンヨネは商品を国内外から集めているが、働く人たちの多くは地域の住民である。客の親や子どもが働いているのだ。その家庭生活を軽視した経営ではファンを獲得できるはずがない。

 小売店では定番のポイントカードもサンヨネには存在しない。ファンがいるので不要なのだ。こうした常識破りのコストカットによって利益を確保し、その半分は社員に還元される。社員のコスト意識は自然と高まるだろう。

phot明るくて広々とした従業員休憩室。掘りごたつ式のテーブルの奥にあるのは男女別の仮眠室

 
 
 

サンヨネの長期的な視点は商品開発でも貫かれている。基本となるのは、取引先とのwin-winの関係。決して買い叩いたりはしない。それどころか生産者がもっと豊かに生活できる買い取り価格をこちらから提示している。

 例えば、ある農家が年間出荷額で3500万円のイチゴを生産していたとする。農協などを通していた場合、流通コストとして3割ほど引かれるのが普通だ。すると、農家に残るのはおよそ2500万円になる。十分な年収だと思われるかもしれないが、資材や燃料などのコストを引くと半額程度まで減ってしまい、家族4人で農作業をしていたとすると1人分の年収は低いのが現実だ。

 サンヨネは基本的に契約運送会社のトラックで買い付けに行き、そのまま3500万円で購入する。優秀な農家が経済的に潤い、次世代も引き継いでくれたら、おいしいイチゴを安定的に仕入れられることになる。サンヨネにとってもメリットがあるのだ。

 「私はずっと前から言っていることですが、農家はサラリーマンの3倍以上もうけるべきなのです。サラリーマンが700万円なら農家は2100万円、ですね。なぜなら、農家のほとんどは奥さんやおじいさんおばあさんの力を借りているので1人分の年収では割に合わないからです。天候不順などのリスクが常にあるので備えも必要でしょう」

 三浦さんは農家の状況を見ながら農法まで一緒に考える。長野県のある果樹農家では、三浦さんが勧めた農法によって果物の質と量が格段に上がり、それを全てサンヨネが買い取ることによって農業収入が4倍に増えた。そのため、大企業に勤めていた息子が会社を辞めて家業に入り、さらにその息子も農業高校を卒業。来年からは親子三代の専業農家が誕生する。それだけの収入と見通しがあるからこその朗報だ。

phot酒・雑貨部の主任、春日谷さん。ソムリエの資格を持ち、ワインには絶対の自信がある

 
 
 
 
 

なお、サンヨネのプライベートブランドは青果だけではない。酒や調味料、精肉、お菓子など、多様な食品分野に及んでいる。そのほとんど全てを担当しているのが社長の三浦さんだ。自ら選んだ生産者は、個人経営の農家から有力企業に至るまで国内外の600社に及ぶ。三浦さんはどのようにしてそのネットワークを築いたのだろうか。

 「私も35年前に家業であるサンヨネに入社したときは何をどうすればいいのかまったく分かりませんでした。秘策はないのです。1つの縁を、時間をかけて徹底的に大事にするしかありません。お互いにハッピーになるように努力して、信頼してもらえたら、そのつながりで優秀な方を紹介してもらえることがあります」

 三浦さんはオーナー社長だからこそ長期的な視点に立った経営ができる側面もあるだろう。しかし、長い目で見てみんなが幸せになる状況を実は誰もが願っていて、その実現のために自分の力を発揮したいと感じているのが現代ではないだろうか。それが社会という共同体で働くことの本来的な意義なのだから。

 株主や金融機関、コンサル会社、経営陣などの一部だけが利益を貪る時代は終わった。いま、サンヨネのような「まっとうな経営」が強く求められている。

photニュージーランド産のクッキーを直輸入するための会議の様子。「地産地消」ではなく、良いものを国内外の幅広い生産者から買い入れるのがサンヨネ流だ

著者プロフィール

大宮冬洋(おおみや とうよう)

1976年埼玉県所沢市生まれ、東京都東村山市育ち。一橋大学法学部卒業後、ファーストリテイリング(ユニクロ)に入社するがわずか1年で退社。編集プロダクション勤務を経て、2002年よりフリーライター。2012年、再婚を機に愛知県蒲郡市に移住。自主企画のフリーペーパー『蒲郡偏愛地図』を年1回発行しつつ、8万人の人口が徐々に減っている黄昏の町での生活を満喫中。月に10日間ほどは門前仲町に滞在し、東京原住民カルチャーを体験しつつ取材活動を行っている。個人のいまを美しいモノクロ写真と文章で保存する新サービス「ポートレート大宮」を東京・神楽坂で毎月実施中。著書に、『私たち「ユニクロ154番店」で働いていました』(ぱる出版)、『人は死ぬまで結婚できる~晩婚時代の幸せのつかみ方~』(講談社+α新書)などがある。 公式ホームページ https://omiyatoyo.com

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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