人生をパンに捧げる人が本気で選ぶ「究極5品」

11/12(火) 7:43配信

東洋経済オンライン

 

 

 

 

https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20191112-00311848-toyo-bus_all

 

 

 

 

 

何かに夢中になり、何かを究めている人がいる。時間もお金も労力も、好きなことにありったけ注ぎ込む人がいる。
たとえ変わり者と言われようともわが道を突き進む、マニアックな人たちの人生はいかにも楽しそうだ。
静かなる熱狂に突き動かされて生きる人の世界にはどんな魅力があるのか?  達人だけが知るとっておきの話を、凡人ライターがお届けする。

この記事の写真を見る

■食べたいパンを求め全国を駆け回る福地さん

 平成からはじまった空前のパンブームは令和も続き、パン人気は今やブームを超えて定着している。メロンパン、クリームパン、コッペパンなどワンアイテムショップも人気を集め、食パン専門店やパンフェスの行列も当たり前の光景となった。

 そのはるか昔から、1日3食パンを主食にしてきた筋金入りのパンマニアがいる。四半世紀にわたり、年間延べ200軒以上のパン屋を訪れ、年に1095食以上パンを食べ続けているパンコーディネーターの福地寧子さんだ。

 「今は独立して自由に食事ができますが、家族と暮らしていた頃も、和食を食べたあとにこっそりパンを1枚焼いて食べないと気が済まないほど」だったという。

 休日の楽しみは、もちろんパン屋巡り。食べたいパンがあれば東へ西へ、時には海外へ。高速や新幹線、時には飛行機に乗って出かけることもしばしば。パン代以上に往復の交通費がかかるのも珍しいことではないのだとか。

 人生とはパン巡りの旅。パンは命の糧。

 そんな福地さんが本当においしいと思うパンは、どんなパンなのか?  マニア厳選の「人生の最後に食べたい究極のパン ベスト5」についても話を聞いた。

 「いまいちばんお気に入りのパン屋さんで」

 そうお願いして福地さんに選んでもらった撮影場所は、問屋とオフィスビルと住宅が建ち並ぶ東京の東日本橋にある「ビーバーブレッド」。

 開店早々、常連客とおぼしき人たちがひっきりなしにパンを買いに来る町のパン屋さんだ。その前で待っていると、小柄でスリムな福地さんが現れた。表情はいくらか高揚しているように見える。

 

 

 

■冷凍庫や胃の空き具合と相談し、限界まで買いたい店

 「ビーバーさんに来る日はいつも、何か新しい驚きがあるという期待があってワクワクするんです。ここは、どのパンが好きというより、そのとき並んでいるパンをぜんぶ味わいたいお店。冷凍庫や自分の胃の空き具合と相談して、限界まで買いたい。だから、何を買うのがベストか真剣に考えはじめると、挙動不審になってしまうんです」

 福地さんがそこまでこのパン屋にほれ込んでいるのは、シェフの割田健一さんに対する絶大な信頼があるからだ。銀座の「ビゴの店」で修業した割田さんは、2007年に、パンの世界大会「モンディアル・デュ・パン」に日本代表として出場。人気店「ブーランジェリーレカン」のシェフを長らく務めたあと独立した人物。

 「割田さんがレカンにいた頃、レモンオイルとレモンの皮を使ったシトロンのチャパタがあまりにもおいしくて、特注で特大サイズを作ってもらったことがあるくらい好きだったんです。どんな素材も魔法のように使いこなして、ほかでは食べられない唯一無二のパンを焼き上げる。そしていちばんおいしく食べる方法も商品を通じて提案してくださるので、何を手にとっても間違いがありません」

 ビーバーブレッドは、クリームパン、メロンパンなど昔ながらの日本のパンも人気だが、有名レストランとのコラボパン、そして、割田さんオリジナルのサンドイッチが目当てで買いに来る人も多い。

 その時々で手に入った極上の素材を使って、サプライズで登場する商品もある。中でもこの日、値段の高さでも目を引いたのが、パストラミがたっぷり入ったかなり厚みのある「パストラミイサミビーフ」(1000円)のサンドイッチ。

 実際に食べてみると、肉のうま味とキャロットラペの酸味とカレー風味のザワークラウトの味わいが、しっとりした食パンの甘みで引き立って、ボリュームも味も値段に劣らぬ満足感だった。

 「いつも選びきれなくて、全部買って冷凍したい! と思うんですが、焼きたて作りたてをすぐ食べるのは格別なんですよね」と福地さんが笑うのもうなずける

 

 

 

もう1つ、福地さんが都内のおすすめのお店として挙げてくれたお店がある。「ドミニク・サブロン」でシェフを務め、「俺のBakery & Cafe」のプロデュースにも携わってきた榎本哲さん率いる、神楽坂の「パン・デ・フィロゾフ」だ。ここも、住宅街にある小ぢんまりとしたお店だが、開店と同時にお客が並び、売り切れと同時に閉店する人気店だ。

 「榎本さんは、ご自身のお店では自分が作りたいパンだけしか作りません。日本で初めて低温長時間発酵のパンを作った志賀勝栄さんの下で培った技術と知識、そして榎本さん自身のセンスが光るパンはどれも絶品です。榎本さんが自然体でパン作りを楽しんでいるからこそ、食べ手も楽しめるのかもしれませんね」

 福地さんがこのお店で必ず買うパンは、天然酵母とオーガニックワインで仕込んだ「ル・ヴィニュロン」の「ブラン」と「ルージュ」(共に1/2で1500円)。「ブラン」にはリンゴとレーズンとクルミが、「ルージュ」にはレーズンとドライイチジクとクルミとピーカンナッツが入っている。「そのままでもいけますが、1/4で購入したときはバターを塗って完食してしまいます」という福地さんの、病みつきパンの1つだ。

■死ぬ前に食べたい究極のパン ベスト5

 全国各地のパンを食べ歩いている福地さんお気に入りのパンは、もちろん、ほかにもたくさんある。そこで今回、ここまで紹介した2つのお店のパンに匹敵する 「死ぬ前に食べたい究極のパン ベスト5」を選んでもらった。

 5、「東京フロインドリーブ」(東京都)のアップルパイ

 「独特の世界観のある建物、昭和懐かしい雰囲気漂う店内、パンとスイーツを取り巻く空気がより味わいを深める老舗の隠れた逸品です。

 一番人気はサクほろ食感のクッキーで、東京土産としてよく紹介されています。その陰に隠れてひそかにファンが多いのが、いぶし銀的な魅力がある手作り感あふれるアップルパイです」

 

 

 

 4、ニコラ(茨城県・閉店)のクロワッサン

 「ニコラのクロワッサンは、何層もある皮のサックサクの食感が感動もので、“クロワッサンといえばニコラ”と今でも思っているほど、いちばん記憶に残っています。

 10年以上前に閉店したのが惜しまれる幻のクロワッサンですね」

 3、「ベーカリーフェーブ」(千葉県)のクリームパン

 「2019年は、訳あってクリームパンを集中的に食べていました、全部で200はくだりません。その私の人生で3本の指に入るのが、フェーブのクリームパン。

 オーソドックスなクリームパンなのですが、しっかりと炊き上げられた自家製カスタードは、卵感とミルク感が絶妙なバランスで、焼き立てでもナイフで半分に切れるほどよい固さ。それが薄くて口溶けのいい生地とシンクロして、口の中でとろける瞬間は至福です」

 2、「食パン専門店 利(とし)」(栃木県)の食パン

 「利は、元幼稚園の先生だった女性店主が営むパン屋さんで、パン屋専業となった今でも土曜のみが営業日という食パン専門店なんです。食パンはちょうどよく発酵して焼き上がると、その印として丸みを帯びた角に“ホワイトライン”という白いラインが出るのですが、利の食パンは、こんなに綺麗なホワイトライン見たことない! っていうぐらい完璧で、感動したんですね。

 使う材料も、北海道産の質の高い小麦粉と天然水、甜菜糖、沖縄県産塩、発酵バター、といったこだわりようで、それでもホワイトラインが出ないときは販売しないというほど、店主さんの思いが込められた最高においしい食パンです」

■今は作っていない幻の逸品

 1、カトウパン(千葉県)のルスティック

 「人生の最後に1つだけ選ぶなら、カトウパンのルスティックですね。失礼ながら店名と外観があまりイマドキではないので、名店の多いエリアでもあり、あえてこの店に入らなくてもいいかなとスルーしてしまっていたんです。

 

 

 

初めて店の前を通ってから3年くらい経った頃に1回くらい入ってみるかと扉を開けてビックリ!  どのパンも成形がキレイで、丁寧な仕事が一目でわかりました。これほどまでにいい意味で裏切られたことは後にも先にもこれきりです。

 中でも、成形しないで焼くフランスパンのリュスティックにあたる“ルスティック”が忘れられません。きらきらと艶めく気泡がクリーム色の生地にぼこぼこと存在する断面、深みのある味わいに心をわしづかみにされました。今は作っていない幻の逸品です」

 福地さんに選んでいただいた究極のパンに共通しているのは、作り手の顔が見えること。パンはシンプルな材料で誰でも作れるからこそ、その味の違いは作り手の思いの深さと比例するのかもしれない。

 5つとも関東近県に偏ってしまったため、番外編として地方の”究極パン”も2つ紹介してもらった。

 1つは、「ちゃっと(静岡)」の食パン。「跳ね返るような弾力がありながら、口の中でとろける、ギャップが最大の魅力。四角い型に収まりきらない、魅力あふれる角食パンです」。

 もう1つは、「THE ROOT(福岡)」のカンパーニュ。「バリっとしたクラスト(外皮)の香ばしさとしっとりもちもちのクラム(内身)の口どけ、そのコントラストが楽しいカンパーニュ。とくにクラストの軽妙な食感は絶品です」とのこと。

■令和はもっとパンが面白くなる

 最後に、パンが好きでもパン屋巡りをする時間とお金がない人が、少しでもおいしくパンを食べるコツを福地さんに聞いてみた。

 「誰でも使えて便利なのは、マーナのトーストスチーマーですね。買いだめして冷凍庫で保存していたパンも、このスチーマーを入れてトースターで焼くと、かなり焼き上がりに近い食感になります。

 私はトースターを大小2台持っていて、大きさも種類も違うパンを同時に焼き戻しすることがありますけど、このスチーマーがあるとまず失敗しません」

 パン人気がブームを超えて定着した状況について、「令和はもっとパンが面白くなる時代になると思います」と語る福地さん。本格的にパンにハマり出した人は、定番ものやお店に与えられるパンだけでは物足りなくなるため、自分でアレンジして食べる人が増えていくだろうと予想しているのだ。

 食は時代を写す鏡。パンの食べ方1つで喜びを感じられる人が増えるなら、とても素敵なことだと思う。

樺山 美夏 :ライター・エディター