「日本のハイジ」を通しスイスという国が受容されている──スイス国立博物館のハイジ展の本気度
9/20(金) 17:20配信
「日本のハイジ」は、観光大使さながらの活躍
2019年7月中旬から3ヶ月の予定で、スイスで、日本のアニメ「アルプスの少女ハイジ」(ズイヨー映像・作)の展覧会が開催中だ。場所はデパートやイベントスペースではなく、なんと、スイス国立博物館だ。ここはチューリヒ中央駅の目と鼻の先にあってアクセスは抜群、お洒落なレストラン・ビストロもあり、スイス人に親しまれている。原作が生まれたスイスで、本格的な「日本のハイジ」展は初めてだ。
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スイスでは、実写版テレビシリーズもヒット
45年前の1974年、毎週テレビ放映された本作(全52話)は、ヨーロッパやそのほかたくさんの国々でも放映されて、大ヒットした。ドイツなどでは、いまも放映されている。スイスのテレビ局では実は未放映だが、ドイツやイタリアやフランスのチャンネルがスイスで視聴できるので、見たことがある人は多いと言われている。
原作がスイス生まれだというのは、スイスでは、ほぼ誰でも知っている。ただ、日本のように、ハイジと聞いてズイヨー映像の「日本のハイジ」だと思うかといえば、必ずしもそうではない。「日本のハイジ」から数年後、1978年に週1回放映された実写版テレビシリーズ (スイス・ドイツ合作、全26話。筆者はDVDを持っている)は、「日本のハイジ」を意識したのかと感じさせられるほどの出来で、当時成功を収めたと聞くし、この前後に本や映画がいろいろ出ている。
筆者の周りでは、ある50代男性はその実写版テレビシリーズがとても思い出深いと言うし、40代女性は「日本のハイジ」も見たけれど、同じく実写版のテレビシリーズや実写版の映画も見て印象的だったと話していた。別の中年男性は、ハイジにはあまり興味がなかったが、日本でも上映された2015年の実写「ハイジ アルプスの物語」を映画館で3度も見たそうで、「ハイジ=この映画」だという。また、ある小学生女子にとっては「日本のハイジ」が1番好きなハイジだそうだ。スイスでは、人によって思い描くハイジ像が違う気がする。
「日本のハイジ」展は、引力大
国立博物館での展覧会は、本展特製のハイジのイラストで工作できる場を真ん中に取って(特製すごろくも持ち帰り可)、高畑勲氏、小田部羊一氏、宮崎駿氏、中島順三氏の4人の制作者がスイスでロケハンを行った思い出の写真の数々、スケッチ、セル画、ヘッドフォンを通して主題歌が聞けるコーナー、日本で昔販売されていたハイジグッズ(キャラクター商品)、レコードや日本語の絵本などがすっきりと配置されている。隣接のオーディオルームでは、本作が見られるようになっている。
国立博物館での開催だから結構規模が大きいのではと予想していたが、違った。オーディオルームを除けば、それほど大きいとは言えない。「スイスの歴史」などいくつかの常設展も示した館内全体図を見ると、ハイジ展は1番小さい。しかし、「日本のハイジ」のクオリティーの高さや愛らしさは、何といっても魅力的だ。スペースの大小は関係ない。同館広報部に問い合わせたところ、「訪問者はとても多いです」とのこと。年末に発表されるという正確な訪問者数が気になる。
何度か足を運ぶと、平日は大人の訪問者に混じって中学校の生徒たちがクラス単位で来ていたり、週末は親子連れでにぎわっていた。友だち同士で来ていた女子グループは、セルをじっくりと見たり、日本版、ドイツ版、イタリア版、アラブ版の主題歌を聞いたり、特製イラストで工作したりと、とても楽しんでいる様子だった。
同館スタッフが解説する1時間の無料ガイド(大人向けと60歳以上のシニア向けの2種類)も定期的にあり、親子向けにはハイジの紙芝居を見る日も用意されていて、受け入れ態勢は万全だ。
大学教授らによる「ハイジ」シンポジウムも開催
今回の展覧会は、チューリヒ大学との共同で実現に至った。「日本のハイジ」を本場スイスできちんと紹介したいというのは、同大東洋博物史学科のハンス・ビャーネ・トムセンス教授の切なる願いで、開催のために力を注いだ。教授は、本展パンフレット(有料)の中で次のように述べている。
私にとって、このプロジェクトの開始は1980年代に遡ります。当時、(日本人に限らず)外国の人たちが日本製アニメのフィルターを通してスイスという国を経験し、受容していることに気づいたのです。2007年にチューリヒ大学で教職を得たとき、スイスで教えるということをこの「ハイジ現象」に何とかして結びつけようと決心しました。(パンフレットから、一部引用)
今回、スイスで初めて「日本のハイジ」が取り上げられたのはやはり特別感があり、スイスのメディアもよく取り上げている。もう1つ、あまり目立たなかったが筆者が特別だと思ったのは、日本から大学教員(研究者)たちを招いて、ハイジについて語り合ったことだ。スイス、ドイツ、韓国の大学教員らも加わったこの公開・国際シンポジウムは、8月末の2日間(朝から夕方まで)行われた。日本側からの発表の内容も、下記のように、なかなかすごかった。
・『ハイジ』のドイツ語はスイス的なのかー親密さを示す方言的要素
・人道主義の教科書――『ハイジ』から世界名作劇場へ
・「ハイジ」の変容――シュピリの原作から日本のアニメへ など
なお、シンポジウムには、小田部氏と中島氏と高畑氏の妻も出席し、約1時間に渡って、ロケハンの思い出話が繰り広げられた。文学作品としてのハイジ、そして、スイスらしさの象徴ともいえるハイジが、スイスにとって、本当に大切であることを再認識させられた。筆者は参加できなかったが、同館広報部によると「興味を持った方たちがたくさん来てくださって、盛況でした」とのことだ
将来、ハイジのテーマパークが登場か?
「日本のハイジ」展が盛り上がりを見せている中、ハイジの舞台となったマイエンフェルト村の「ハイジ村と名付けたエリア」も、相変わらず人気だ。スイス国内の観光客も行くし、ハイジの世界を自分の目で見たいという日本からの観光客が絶えることはない。そして他国の観光客も、日本人観光客と同じ思いで訪れる。ハイジ村のショップでは、「日本のハイジ」グッズがたくさん売られている。トムセンス教授が言う「ハイジ現象」を経験した人にとって、まさにここで、そういったグッズに出合うことも嬉しいことなのだろう。数年前、ハイジ村のイベントで通訳した日本人によると、ハイジ村を経営する企業は、「将来、ハイジを世界的なブランドにしたい」と言っていたそうで、益々ハイジのPRに力を注ぐはずだ。
そしていま、それらのグッズが別の場所で買えるようになる可能性が出てきた。ハイジのテーマパークを作る計画があるのだ。開園想定場所はマイエンフェルト村ではなく、チューリヒからマイエンフェルト村へ向かう途中のフルムサーベルク(山岳・スキーリゾート)だ。テーマパークの完成イメージ画も出ている。2019年8月の報道によると、早ければ、およそ3年後に開館かもしれない。もし実現したら、「日本のハイジ」グッズを置かない理由はないだろう。「日本のハイジ」は、これからもスイスの観光大使として活躍しそうだ。
岩澤里美(スイス在住ジャーナリスト)
https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20190920-00010006-newsweek-int&p=3