そういえば、「The Melancholy of HARUHI SUZUMIYA」が到着してからの話、してなかたったですね~♪


感想はというと・・・




「最高です!!」



の一言♪



ハルヒの破天荒さもさることながら、なんというか、男子校でつまらない高校生活を過ごしたCopleyにとって、


共学の高校だったら、こんなに楽しいことがあったのか! と。


学園祭、体育祭、部活、そして・・・


部室でお茶を入れてもらったり、バニーガール姿のミクルちゃん、そしてハルヒ・・・



おっと、脱線してしまいました(笑)。


女子高生のバニーガール姿とか、そういうことがないのはわかっているんです。


そういうことじゃなくて、日常のお弁当を食べる時とか、授業中とか、部活とか・・・



そんな普通のことでも、私とは全然違う時間っていうか、経験っていうか、もっといえば、


男子校では得ることができない人生の厚みとか・・・。


掃除当番とか、そんなことでも、男子校とは全然違うんだろうな~。


ハルヒの中ではそんなシーンはありませんけど、そういう想像すらさせられる作品でした。



その人が、世界を創造する人とか、そんな大それた存在でなくてもいいし、


部活の人が、超能力者や未来人や宇宙人でなくてもいいから、


なんか、なんか、そういうほろ甘い(苦い?)経験が学生の時にできていたら、


Copleyの今も変わっていた、なんて思います。



つまらない時間を過ごしてきたCopleyですけど、


そんなつまらない時間軸を外れて、夢、というか、なんというか、素晴らしいっていうか、



なんか、なんか、うまくいえないけど、


このつまらない現実のディメンジョンを抜け出して、夢の世界に、


いえ、もちろんそれも現実なんですけど、それでも夢というか、


この現実とは全く違う世界に、


仕事での関係とか、そういうのとは全く違って、知り合った人みんな、何の利害関係もなくて、


だから、年とか性別とか違っても、みんな友達になれて、楽しい時間が過ぎて・・・


そんなBOSTONでの毎日を思い出させられました。



高校とか、大学とか、そういう時間って、やっぱり大切な時間なんです。


利害関係がないから、仲良くなれる。


ハルヒの世界でも、ハルヒを監視する、というおおまかな枠組みはあるけど、


みんなSOS団の仲間として仲良く高校生活を送る。



結局、人間の価値って、そんな大それたいいかたじゃなくて、


なんていったらいいんだろう、生きるものとして得ることの豊かさって、


どれだけ利害関係とかそういう価値観によって人を拘束する関係がない、


本当に心が許せて楽しめる仲間がいるか、ってことに集約されてくるものなのかな。


気づくのが遅かったのかな。



違う、遅すぎたんだよ・・・



私は、ずっと人見知りで・・・


小学校も中学校も高校も大学も・・・


それぞれで仲のいい友達はいたけど、少なかったし・・・



中学校は公立で共学。


Copleyのことを「かっこいい(当時w)」っていってくれる女の子もいて、


わざわざ同級生を介して、「●●ちゃんが、Copleyのことをかっこいいといってる」といってくれた子もいた


んです。


もしかして、それって、付き合おう、とかそんなことじゃないとしても、1回くらい、デートしようよ、とか、


そういうことだったんじゃ・・・


気づかなかった、わからなかったんだよ。


だって、知らない人は怖かったから。



それで高校は男子校。女の子との接点はないし。


大学で女の子はたくさんいるけど、もう、どう接していいのかわからない。


パニック。


笑い事ではなくて、本当に、どう話したりしていいのか全くわからない。全然話せない。


話しかけたら、自分が嫌われるんじゃないか。


そう思うから、余計に話しかけられない。



そして、同級生の女の子たちが、


「おはよう」


ってわざわざいってくれてるのに、返事ができない。


怖いから。


返事をするのが怖いから。女の子としゃべるのが怖いから。しゃべったら嫌われるから。



これを読んでるみなさん、こんなのおかしいでしょ? 笑っちゃうでしょ?



でも、怖いんだよ?



そうやって、おはよう、っていわれてるのに怖くて返事ができないから、だんだん1人になっていって・・・


せっかく「おはよう」っていってるのに、返事しないから、しゃべらないから嫌われる。


今思えば、当たり前のこと。


でも、怖い。



笑っていいよ、笑いたければ。


でも、それが真実。


そういう人、たくさんいると思うよ。Copleyの場合は、たぶん、幼少期の記憶がトラウマに・・・。


だから、そういう人がまわりにいたら、助けてあげてほしいんです。


人が怖くっても、本当は、みんなと仲良くなりたいと思っているから・・・。



遅かったよ、人見知りが解消されるのが・・・


豊かさ、って難なのか、っていう真実に気づくのが・・・



毎日会社で何10本も電話を受けて、知らない人としゃべって、交渉して、時にはクレームで怒られて


怒鳴られて。


そうやって無理やり強引に対人経験値を積むことで、人見知りはだんだんと溶けていって。


それでも全然積極的になれない性格で・・・


お金貯めてアメリカにいって、


知らない人としゃべって、ママと毎日2時間以上夕食後におしゃべりして・・・


できた友達の女の子が積極的な子で、道とか、わからないことは私に「早く聞いて!」って


私が人見知り、ってわかっているから、面白がって、わざと私に毎回きかせて・・・


何度、アメリカ人に道とか色々聞いたことか・・・



でも、それでわかったことがあるんです。



「相手も自分と同じ人なんだ」



ずっと知らなかったよ、わからなかったよ、そんな当たり前のこと。


ずっと、人って、怖いものだと思ってた。同級生も、みんな。


でも、違った。



道聞いても、店で場所をきいても、携帯ショップで色々質問しても、


野球場で3時間並んで、いつチケットを買えるのか聞いても、


みんな親切に答えてくれたよ。


Copley Praceで走って、信号を渡るときにガムを落とした時も、おいかけてきてガムを渡してくれたよ。


白人も、黒人も、中国人も。


そう、


「相手も自分と同じ」



その子は、それをCopleyに教えようとしてくれたのかもしれない。


だから、積極的にアメリカ人に話しかけるように私にいったんだね。

例えば、私がいくら人見知りだって、


道を聞かれれば教えるし、前の人が何か落とせば拾って渡すし、何か困ってる様子ならできるかぎりのことは


して助けるよ。



同じだった。



それに気づいたとき、それまで相手が怖い、話すのが怖い、って思ってた、


ずっと、私を縛っていた「人は怖いんだ、話すのは怖いんだ」という鎖が解けたんです。



怖いから、相手を避ける。しゃべるのが怖いから、何にも参加できない。


だから相手もCopleyを避ける。


そして1人ぼっち・・・


この連鎖。



会社の段階で人見知りが緩和され、知り合いがいないアメリカでの活動により、


そのギアス(制約)が解かれました。



だから、今は、かなり積極的に動けるようになりました。


人は誰でも同じ人間。


そんな当たり前のことがわかったから・・・



鈴宮ハルヒの憂鬱、アニメの感想ではなくて、なんか、ちょっとそれてしまいましたけど、


ハルヒをみていたら、なんか、こういうことを書きたい気持ちになってしまいました。



もし、人見知りな人がいたら、少しだけ、参考にしてください。



あなたが避けるから、相手もあなたを避ける。


あなたがしゃべれば、相手もしゃべる。



ただ、それだけのことなんですよね。


かわいいとか、かっこいいとか、そうでないとか、関係ないよ。





失われた時間はもう戻ってこないんだ。



もっと早く知りたかったな、このこと。



そうすればきっと・・・




ついに届きました!


「The Melancholy of HARUHI SUZUMIYA」


そう、「涼宮ハルヒの憂鬱」ですね♪


Copleyはライトノベル的なアニメはあまり見ないんですけど、職場の友人が面白いって薦めてくれたので、


思い切って購入してみました。



£15.83 が商品代金で、送料が£3.58、合計で£19.41


なんと¥2454!!


12月28日に注文して、着いたのが1月6日だからまあまあ早いほうかと。


レンタルの方が安いんですけど、やっぱりCopleyとしては、英語音声も気になるじゃありませんか!


もっとも、仕事から帰ってきたら届いていたので、まだあけていないんですけど・・・



いやあ、3連休、楽しみです♪