生まれてからこれまで、長いようで短い人生という時間を過ごしてきた。


つもりだった。

しかし、最近気付いたこと、いや感じることは、随分長い時間が過ぎたようだけれど、実際は同じ所で、時間の経過などということもなく、ただただのたうち回っていただけだと。


こういった考えにはこれだ!という正解が無いことと、逆に言えば、全てが正しいということにもなるために、常に感じ、考え試行錯誤を繰り返している。


 これまで目に入った本や、インターネットなどの情報を漁り続けてきた。


確かに、その時その時は、そうだなーとか、そういうことか、などと納得したような気になっていても、結局、腹の中に落ちることはほとんど無かった。


 私が思うに、例えば、そういった精神世界の本を書いている著者や、あるいはネットで配信している本人自身も、結局は、のたうち回ってその時分かったような気になった事を書き連ねていても、やっぱり腹の中に落とし込むことはできず、振り出しに戻って、のたうち回っているのではないか?と。


 ただ、私は、子供の頃から身体が全てではなく、本来の私や周りにいる人々、あるいは動物に至るまで、全てが意識が具現化したものだとずっと思っていた。


だから、どんな美人であろうと、どんなカッコいい人であろうと、元は中身、そう意識が全てであり、どれだけ輝いているかだと思っていた。


 しかし、今思えば小学校から中学高校と学んできたことは、いかに従順な人間にさせるか、反抗せず、自由意志を捨てて、素直に言うことを聞く人間にさせるかと言うことだったと思う。


学校を卒業し、世の中に出た時に、社会という大きな規制だらけの枠の中に、反抗もせず、素直に黙って言うことを聞く、搾取されることが当たり前だと思わせる、そう言う人間を作るための教育という名の奴隷製造機関だったと。


自由などという言葉は、この社会には無い。


 ただし、こう書いてこうだ!と決めつけることは、意識が現実を創っているとしたら、私の現実はそういう世界になってしまうだろう。


だから、苦しくなる。