2017年10月。20代女性の間でSNSのトップ利用率はinstagramであろう。その世界観はいかに優れたビジュアルを掲載できるか、に影響される。そのため、そこで競われる指標は分かりやすい。美しい自分、ブランド品、最先端スポット、人気の海外。これらを所有・リーチアウトできる自分。これが競われる。
一方で、instagdamにSNS覇者の地位をとってかわられたブログ。ブログは文章がメインとなるが、そこで競われる指標は分かりにくい。instagramの写真では伝えることができない出自・家柄・学歴・夫の職業・・・様々な事柄が競われうる対象となるからだ。
美しい容姿、ブランド品、海外旅行・・・instagramerのように分かりやすい自慢の種を持たないブロガーたちは、今日も自己承認欲求を満たすべく競って記事をアップする。
これは、そんな女性ブロガーたちに焦点を当てた物語である。
優花の一日は夫のお弁当作りから始まる。必死の婚活が実り、念願の寿退社をしたのは半年前。退職した当初は制約のない日々が楽しく、専業主婦生活を楽しんでいた。だが、彼女はまだ26歳。もともと体力勝負・力仕事のCAをしていたから体力が有り余って仕方がない。そこで夫のお弁当作りを始めたのだった。
昨今、お弁当を手作りし、それを写真に収め、記事にするブロガーも多い。特に専業主婦にその傾向は顕著だが、優花は滅多にお弁当は写さない。
どんなにいいお弁当箱もせいぜい高くて3000円。高級感を醸し出すことはできないから。
夫が起きてきた。多忙な夫は朝食を食べない。珈琲のみ。30秒ほどで飲み切られてしまう珈琲をWedgewoodに入れ、飲み干される前に写真に収める。
渋々弁当を持った夫を見送っても、まだ朝8時。一日24時間のはずだが、専業主婦になってからより一層一日が長く感じる。
朝の記事はWedgewoodにしよう、と思い立ち、優花は先ほど撮った写真を添えて記事をアップした。
父が顧問を務めておりますオフィスの近くに行ったので、松屋へまいりました♡そのときに一目ぼれいたしましたWedgewoodです♡
昼は近所に住む母とランチ。
恵比寿のmode cafe gaminは夫と以前階上のフレンチに行ったときに見つけた雰囲気のいいカフェ。手の形のハンバーガーはフォトジェニックでブログに打ってつけだ。食べる前にスマホで一枚撮り、あとでブログにアップすることにした。
母と恵比寿でランチ♡こちらのかわいらしいハンバーガーを頂きました♡このあとは三越へお買い物。担当の外商さんがいるのですが、どうしても早く欲しくなり、店舗へ伺ってしまいました♡PRADAのキーケースです♡
夜。ブログに書くことがない。最近巷では、東大出身女性の婚活ブログや、慶応出身女性の華やかな日常ブログなど、高学歴女性のブロガーがぐっと増えた。優花は自分の学歴についても書いてみたくて仕方がなかったが、自然に自分の学歴を紹介する機会がなかった。散々考えて、夫と比較して書くことにした。
週末は父と主人のゴルフ練習にお付き合い♡すっかりふたりが仲良くなってくれて嬉しいです♡
実は当初、慶応出身でない彼との結婚には反対されていたんです。私の一族は両親も私も皆ほとんど幼稚舎から慶応で・・・私ももちろん下から慶応の方と結婚してほしかったようで・・・
でも、私はそういった価値観に違和感を持っておりましたため、少しずつですが、彼を一族に理解してもらい、いまはすっかり彼も一族の一員です♡
・・・ここまで読んで、お分かり頂けただろうか。優花がブログを書き続ける理由・・・
昨今人気に陰りが出てきたというものの、これまではCAとしてちやほやされ、そこにアイデンティティを見出していた優花。しかし、専業主婦となり、子供もまだいない彼女。もともと力仕事をしていただけあって、エネルギーが有り余って仕方がない。夫も不在がちで、26歳といえば友人も働き盛り。話し相手も母親以外ほとんどなく、最近自分の存在意義が分からなくなっていた。そんな優花にとって、今自分を特徴づけてくれ、誇れるのは「育ち」だけなのだ・・・
「さすが優花さま♡憧れます」
数か月前、初めてブログで育ちをアピールをしたとき、優花のようなバックグラウンドに憧れる、という女性からコメントが付いた。
ちやほやされるのが当たり前だった優花にとって、自分を褒め称えてくれる存在は貴重で、専業主婦の淡々とした日々に潤いが戻ったような感覚があった。
そして今や優花にとってブログでのコメント欄は大切な自己肯定の機会となっているのだ。
「もっと私を認めてほしい」そういった思いから、文章の流れが多少強引でも、どうしても自分の育ちをアピールしたい。そのため上記のような不自然な流れで父や出身大学などの話を書いてしまうのだ・・・
最近は自分のブログだけでのアピールだけにとどまらず、他者のブログにもそのアピールの場を増やしているところだ。
たまたまグリーン車で移動している女性のブログを読めば、
「グリーン車でのご旅行だったのですね♡わたくしもグリーン車が大好きなので共感です♡」
秘書OLのブログを読めば、
「わたくしの父も執行役員でした♡なんだか秘書さんって親近感があって嬉しいです♡」
しかし、優花がコメントするようなブログは、優花のブログの読者もほとんど読んでいる。私学出身女性が私学出身女性とつるみがちなように、ブロガーも自分と似たバックグラウンドのブロガー同士で交流する傾向があるためだ。
優花のブログ上だけでなく、他者のブログでも目にする育ちアピール。そのアピールの多さに違和感を感じ始めた読者多数・・・
アメブロでは「読者登録ボタン」という機能があり、これからもこのブログを読みたいと思う者が登録をする仕組みだ。
優花のブログから、「読者登録」の解除をした者がまた一人・・・
憧れます♡とコメントしていた読者であっても、あまりにもアピールが多いとうんざりしてしまうのだ。自らのコメントが、憧れていたはずの優花を暴走に導いてしまったというのは皮肉なものだ・・・・・。
優花のアイデンティティである「読者さま」がまた一人、一人、と減っていく。だが優花はその原因が思い当たらず、今日も今日とてお育ちアピールに執心するのだ・・・