日本の歴史と日本人 | 我が国のかたち

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平成22年の尖閣事件で自虐史観から解放された私。気づけば日本は大変なことになっておりました。

「日本人は、みんながひとつ屋根の下に住む「家族」になろうよ、として2700年前に建国されたのが日本という国です。
日本人全員が「家族」なら、私たちの先人たちも、みんな身内です。家族です。
その家族の歴史を学ぶことは、私たち自身の心の系譜を学ぶことなのではないかと思うのです」


ねずきちのひとりごと



私は、


民主党政権も、

マスコミも、

左翼学者も、

自虐史観も、

先日の増元照明氏の訴えも、

馬鹿な人権主義がはびこるのも、

在日の嘘がまかり通ることも、

韓中に媚びるのも、

大臣が泣き言を言うのも、

菅のような男が総理大臣であることも、

孫のような売国商人が脚光を浴びるのも、

教科書がおかしくなってしまったのも、

唱歌を歌わなくなったのも、

教育勅語の精神を失ったのも、

先祖を敬わなくなったのも、

家から仏壇がなくなったのも、

祝日の意味を知らなくなったのも、

日本人が判断力を無くしたのも、

国家観を失ってしまったのも、


すべて個々の日本人が、歴史を学ぶことをおろそかにしたことが原因だと思っています。


日本史は学問ではありません。

わが国に生きた人たちが残した唯一無二の物語です。


その物語を知らずして国民になれるはずはありません。

それを知らない者が日本を非難するのです。


下記は、ねずききちさん のブログから抜粋・転載させていただきました。

左翼史観に毒された人には理解できない内容と思います。


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「歴史は学ぶためにある」というのがボクの持論です。
ありもしない史実で自らを辱める自虐史観や、すべてを階級闘争の産物としてとらえる共産主義史観などが「もってのほか」なのは、歴史を特定の思想によって「決めつけ」、「批判」します。
とんでもない話です。
ボクにいわせれば、いったいあなたは何様のつもりなのですか?と言いたくなる。


アッツ島で玉砕線を戦われた山崎保代大佐(没後中将)は、わずか2650名の守備隊で、圧倒的な火力を持つ1万2000人の米軍を迎え撃ちました。そして17日間の激しい戦いの末、全員が玉砕して果てた。

我が国のかたち ~デトックスジャパン~-山崎保代大佐

戦いの最後の日、山崎中将は、その時点で生き残った守備隊の生存者を司令部前に集めました。
わずか150名です。全員が傷だらけです。
その満身創痍となっていた生き残りの将兵全員を引き連れて、山崎中将は米軍陣地に最後の突撃を行った。

このとき、山崎中将は、右手に軍刀、左手に日の丸を持って攻撃部隊の先頭に立ったそうです。
そして山の斜面を駆け上り、猛烈果敢な攻撃で、米軍の哨戒線を突破する。
米軍からは、もう戦いは済んだのです。生きて投稿しなさいと、スピーカーで何度も投降の勧告が流された。

けれど山崎中将以下のアッツ島守備隊の将兵は、それでも果敢に突撃を敢行します。
そして米軍陣地で激しい白兵戦を展開し、突撃部隊は最後の一人が倒れるまで戦い、山崎司令官も戦死された。

戦後、遺骨収集が行われたとき、兵たちのいちばん先頭で遺品・遺骨が確認されたのが、山崎中将だったそうです。

それが何を意味しているか。
山崎中将は、最後の突撃部隊の先頭に立って敵弾の前に飛び出したということです。
当然、敵の砲火は、先頭の山崎中将に集中する。
撃たれます。
それでも立ち上がり、また撃たれ、また立ち上がり、最後は這ってでも敵陣に向かって突き進み、息が止まったときは、自軍の先頭にいた、ということです。

猛烈な敢闘精神です。
その敢闘精神がどこからきたのかといえば、祖国を守るという強い使命感と、守備隊の長としての猛烈な責任感だったのではないかと思うのです。

「戦争はよくないことだ」、もちろんそうでしょう。
「命は何よりも大切なものだ」、もちろんそうでしょう。

けれど、その大切な命を守るため、自らの命を顧みず、最後の最後まで勇敢に戦い、散っていかれた人が、私たちの国にいた。
そしてその人は、私たち日本人ひとりひとりの、若き日の家族の姿であった。
そのことを私たちは、決して忘れてはならないと思うし、その心は、私たちの家族の心として、学ばなければならないことなのではないか。そう思うのです。

アッツ島の戦いの戦法がどうだったのか、戦術がどうだったのか、そんなことは軍事の専門家にでも議論していただければいいことじゃないかと思うのです。
そういうことが好きな人達や、そういうことをしっかりと考えなければならない人達で、すきなだけ議論していただけば良い。

けれど、いまを生きる私たちにとって大切なことは、歴史に学び、現代に活かし、未来を拓くということです。
批判からは何も生まれない。生まれるのは破壊だけです。
謙虚に学び、そこから何かを得、今を生きるに活かし、未来を切り開く糧とする。
歴史はそのためにこそある、とボクは思うのです。

山崎中将は、昭和18年5月29日に亡くなられました。
けれど、山崎中将の勇気を、祖国への愛を、部下を思う気持ちを、私たちが謙虚に学ぶならば、山崎保代中将は、私たちの心の中に、永遠に生き続ける。
それが先人達への最大の感謝だし、山崎中将がいちばん望まれることなのだろうと思う。

歴史上に現れるさまざまな出来事について、それが是か非か、正か邪か、そんなことを百万遍議論したところで、何の役にもたちません。

最近、教科書問題であちこちしているときに、ある学者の先生が、「そもそも日本神話などは史実ではないのだから、歴史教科書でとりあげること自体が疑問である」と言いました。

ボクは「それは違う」と答えた。
なぜなら日本神話は、日本の歴史を学ぶ上でもっとも必要な日本人の心の源流をまずたどることだからです。
なぜそのとき歴史が動いたのか。
それを考えるに際して、歴史を動かした精神の源流がどこにあるのかを理解していなければ、なぜ、そのときその判断がなされ、その行動がなされたのかを理解することができない。
だから日本神話は、「史実でないから学ぶ必要がない」のではなくて、「史実を理解するために学ぶ必要がある」とお答えさせていただいた。

日本人は、みんながひとつ屋根の下に住む「家族」になろうよ、として2700年前に建国されたのが日本という国です。
日本人全員が「家族」なら、私たちの先人たちも、みんな身内です。家族です。
その家族の歴史を学ぶことは、私たち自身の心の系譜を学ぶことなのではないかと思うのです。


我が国のかたち ~デトックスジャパン~-Detox Japan