師走。

「師走」の由来は、僧侶のような普段落ちついている人でも、この月は多忙で走り回るようになるという意味から名付けられたという説があります。

らしい。ウェザーニュースより。


師走が忙しいと思うのは珍しい経験だと思う。今までは、9月までが生きるのに必死なくらい忙しかった。一方、10月からは人生のオアシスを(言い過ぎ)楽しんでいた。


予定が特段増えたわけでもないのに、毎日焦っている。やらなきゃいけないことがたまればたまるほど、先延ばしにしたくなる。結果、何もしていないくせに、焦りだけはどんどん増していく。焦れば焦るほど何もやりたくなくて、虚無になる。朝起きられない。昼も起きられない。結局無意味な夜更かしをしてしまう。


自分は「やらなければいけない」と束縛されることがとても嫌なのだと思う。何を戯言をほざいているんだ。人生、「やらなければいけない」ことがない人なんていない。必要不可欠で存在しているものだから。頭では分かっている。が、この状況を抜け出せない。


文字通り「ダメ人間」だと思う。


自分の嫌いなところを挙げたらキリがない。容姿、体型、怠惰な性格、臆病者、特技:見た見ぬふり&人の顔色を伺う。など。こんなに嫌いなところだらけなのに、総合的に見たら自分のことが好きだ。(どれくらい嫌いか)×(嫌いな箇所の個数)<(どれくらい好きか)×(好きな箇所の個数)だったらもちろん疑問はない。「自分のことが好き」なことを数量的に矛盾なく示せるている。しかし、自分の場合、「自分の好きなところ」が具体的に思いつかない。

それなのに総合的に自分のことが好きだなんて、(-1)+(-1)=8と言っているようなものだ。なぜ8かって?末広がりではないか。

「生きててえらいポイント10点」があるのか、それとも「総合的に自分のこと好きポイントが正の値をとるような関数(今回であれば、f(x)=x^2+4)(本当はf(x)=|x^3|にしたかったが、その場合f(0)=0となり正の値をとらない場合が生まれてしまう。)」があるのかは分からない。しょうもない関数を考えていたら楽しくなってしまった。とにかく、自分のことが好きだ。そして、なんだかんだ人生は楽しい。


直前の数文、結論への論理の飛躍が激しかった。自分はもっともっと分かりやすく喋らなければいけないと思う。いや、今の二文も論理の飛躍が激しい。「論理の飛躍」と「分かりやすく喋る」ことは直接繋がっていない。

正そう。自分は、会話の中で、結論に飛躍することが多い。周りの人を取り残して。自分の中では「セルフ行間を読む作業」を行っているつもりなのだと思う。ただ、非常に甘い。本当に行間を読めているのか、自分でも怪しい。もっと一つ一つ整理して考えなければいけないのだと思う。なにより、自分の頭の中以上に、自分の言葉は論理の飛躍が激しい。説明を飛ばして、当たり前のように結論を述べてしまう。このブログを書き、自分の思考を言語化するという作業に挑戦したい。そして、もっと分かりやすく説明できる自分になりたいと思う。


序盤は良さげな文章を書けた気がした。しかし、「論理の飛躍」論の説明が恐ろしく分かりづらい。自分の嫌いなところ:説明が下手なところ、も追加したいと思う。


余談だが、自分は教育系バイトをやっている。定期的に、講師の講師力がスコア化&ランキング化される。そして、明日か明々後日にそれ、の結果が返ってくる。はっきり言って、今から憂鬱だ。今日なんて、夢にまで出てきた。喉から出るほど、スコアが欲しい。実力不足なりに頑張ってきたとは思う。改善の余地しかないが。努力不足ではあるが。とりあえず、結果は真正面から受け止めたいと思う。


この話をしていたら一気に鬱になった。しかし、今、良いことが分かった。自分は、ブログを書いている自分が好きだ。これからも、記録として、自己研鑽として、ブログに挑戦していきたい。先述の通り、自分はprocrastinatorなので、いつ更新するか全く分からないが。もはや、1日坊主になる可能性もある。そういえば、procrastinatorが人生でいかに損をしているか、という英文を読んだことがある。鬱だ。ああ、すぐに落ち込んでしまう。まあ、自分らしく楽しく生きていきたい。


2023/12/17